第四十三話「静かに制する者」
第四十三話「静かに制する者」
石畳の闘技場に、低いざわめきが満ちていた。
学園主催の剣と魔法のランキング戦。
リリス・フォン・グレイハルトは、静かに中央へ歩み出た。
深く息を吸い、剣を構える。
刃先は下げすぎず、上げすぎず。
踏み込みを想定した間合いを、正確に保っている。
対する相手は、剣を主とする男子生徒。
体格に恵まれ、魔法よりも近接戦闘を得意とするタイプだ。
開始の合図が鳴った。
相手は迷わなかった。
一気に距離を詰め、突きを放つ。
速い。
だが、リリスは慌てない。
剣を振らず、刃を当てる。
真正面から受けるのではなく、軌道だけをずらす。
金属が擦れる音が響き、突きは空を切った。
その瞬間、リリスの唇が動く。
「――風よ、道を作れ」
短い詠唱。
だが、魔力はすでに整っている。
足元の空気が弾け、衝撃が走った。
相手の体勢がわずかに崩れる。
倒れはしないが、踏み込みが止まる。
その隙を、リリスは詰めない。
距離を保ち、剣で牽制する。
再び、相手が踏み込む。
横薙ぎ。
リリスは半歩下がり、刃を合わせる。
受け止めるのではなく、流す。
剣と剣がぶつかる間、彼女は詠唱を重ねた。
「――風よ、重さを奪え」
相手の動きが鈍る。
剣を振る速度が、ほんのわずかに落ちた。
だが、その「わずか」を、リリスは見逃さない。
攻めない。
焦らせる。
距離を保ち、詠唱の間を剣で埋める。
相手が苛立ち、無理に前へ出た瞬間。
「――風よ、押し返せ」
正面から衝撃が叩きつけられた。
剣で受けきれず、相手の体が後方へ転がる。
地面に手をつき、体勢を立て直そうとする。
その間も、リリスは詠唱を止めない。
「――風よ、視界を奪え」
空気が揺らぎ、視界が歪む。
相手の動きが止まった。
それで、十分だった。
審判の声が響く。
「勝者――リリス・フォン・グレイハルト!」
リリスは剣を下ろし、深く一礼する。
息は乱れていない。
観客席が、遅れてざわめいた。
「……全部詠唱してたよな?」
「近づけなかった……」
「剣で守って、魔法で縛ってる……」
誰かが呟く。
「冷静すぎる……」
リリスは振り返らない。
勝利を誇る様子もなく、静かに闘技場を後にする。
通路へ戻る途中、彼女は一度だけ深く息を吐いた。
それは安堵でも、疲労でもない。
ただ、自分の戦い方を最後まで貫けたという、確かな感触だった。
――遠距離で縛り、近接では捌く。
――焦らせ、判断を奪い、崩す。
力で押す戦いではない。
だが、負ける気もしなかった。
その背中を、観客席の最前列で見つめる人物がいた。
ユウ・ヴァルロードは、何も言わずに頷いた。
(……やっぱり強いな)
それは評価ではなく、確信だった。
リリスはもう、守られるだけの存在ではない。
並んで立つに足る、確かな実力を持っている。
次の試合の呼び出しが響く。
ランキング戦は、まだ続く。
だがこの日、多くの者がはっきりと理解した。
リリス・フォン・グレイハルトは、
ただの公爵令嬢ではない。
静かに、確実に、勝ち続ける者なのだと。




