第三章第四十二話「波紋は、静かに広がる」
第三章第四十二話「波紋は、静かに広がる」
演習場に張りつめた空気は、開始の合図とともに一気に動き出した。
予選は複数同時進行。
中央の主舞台ではなく、周囲に設けられた小規模な闘技区画で、次々と対戦が行われていく。
剣の衝突音。
魔力が弾ける乾いた音。
歓声よりも、息を詰めた沈黙の方が多い。
「……思った以上に、全体の水準が高いですね」
観客席の一角で、リリスが静かに言った。
「うん。休暇の間に、皆なりに準備してきたんだろう」
ユウは、対戦表を一瞥しながら答える。
この段階では、まだ直接ぶつかることはない。
だが――誰が、どういう戦い方をするかは、はっきり見えてくる。
最初に注目を集めたのは、王太子アルベルトだった。
相手はAクラスの上位生。
剣を主体とする、堅実な戦い方をする相手だ。
「……来るぞ」
アルベルトは剣を構え、無駄のない姿勢で間合いを測る。
かつてのような焦りや、見栄を張る動きはない。
踏み込みは速く、しかし深追いしない。
打ち合いになれば一歩引き、相手の重心が崩れた瞬間だけを狙う。
「っ……!」
数合の後、相手の剣が弾かれ、勝敗が決した。
派手さはない。
だが、確実だった。
「……以前より、ずっと安定しています」
リリスの評価は冷静だった。
「無理をしなくなった。自分の限界を把握している」
「それができるだけで、戦いは変わるからね」
アルベルトは一礼し、静かに退く。
観客席から、わずかなざわめきが起こった。
「王太子、思ったより……」
「いや、かなり仕上げてきている」
評価は、確実に変わりつつあった。
次に名を呼ばれたのは、セレスティアだった。
細身の体躯。
手にするのは、魔法媒体としても使える軽剣。
対戦が始まると、彼女は一切前に出ない。
距離を保ち、相手の動きを観察する。
「……誘ってる」
ユウが、低く言った。
相手が痺れを切らして踏み込んだ瞬間、
セレスティアは半歩ずれ、足元へ魔力を走らせる。
――転倒。
剣を突きつけられ、勝敗が決まる。
「……戦い方が、完全に“評価を意識しています”」
リリスの視線は厳しい。
「勝つだけではなく、“無駄を見せない”戦い方です」
「うん。順位戦向きだ」
観客の反応も二分していた。
「堅実だが、冷たい」
「いや、実戦ならあれが正解だ」
セレスティアは何も言わず、一礼して下がる。
その表情は、穏やかに整えられていた。
そして――
「次、ルカ・アインハルト」
その名が呼ばれた瞬間、空気がわずかに変わる。
目立たない服装。
装飾もない剣。
相手は、貴族の三男で、力押しを得意とする剣士だった。
開始と同時に、相手が突進する。
だが、ルカは下がらない。
一歩。
ほんの半歩だけ、角度をずらす。
剣と剣が触れ合う前に、勝敗は決していた。
「……今の、何が起きた?」
誰かが呟く。
相手の剣は空を切り、
ルカの剣は、すでに喉元にあった。
「勝者、ルカ・アインハルト」
ざわめきが、明確な驚きへと変わる。
「速い、というより……」
「無駄が、ない?」
ユウは、はっきりと理解した。
(……この少年、最初から“勝ち筋”しか通らない)
力を誇示しない。
技も見せない。
だが、相手の選択肢をすべて潰している。
「……面白いですね」
リリスの声には、純粋な興味があった。
「ええ。静かな実力者、というやつです」
予選は、淡々と進んでいく。
脱落する者。
次へ進む者。
そして、はっきりしてきたことが一つあった。
――今期のランキング戦は、
「名前」では決まらない。
力。
判断。
そして、場を読む能力。
ユウは、演習場を見渡しながら、静かに息を整えた。
(……楽になりそうには、ないな)
だが、その口元は、わずかに上がっていた。
この戦いは、退屈ではない。
むしろ――楽しめる。
予選の波紋は、確実に広がっていた。




