第39話「並んで立つということ」
第39話「並んで立つということ」
朝の城塞都市は、前日よりも少しだけ騒がしかった。
城門前には荷馬車が並び、村から届いた作物や木材が次々と運び込まれている。
作業を指示する声、笑い声、叱咤。
まだ発展途上だが、街としての輪郭は確実に濃くなりつつあった。
ユウはその様子を城壁の上から見下ろしていた。
「……落ち着いてきたな」
独り言のような呟き。
「はい。指示系統がはっきりしたからだと思います」
隣に立つのはリリスだった。
今日は視察ではなく、城塞都市内での打ち合わせが中心だ。
そのため、彼女は完全に“領主の婚約者”として隣にいる。
「最初は、皆……ユウ様だけを見ていました」
「今は?」
「今は、役割を見るようになっています。
誰に聞けばいいのか、誰が決めるのか。
それが分かれば、人は迷わなくなりますから」
その言葉に、ユウは小さく頷いた。
「……よく見てるね」
「見なければ、務まりませんので」
淡々とした返答。
だが、その視線は街の一人ひとりを丁寧に追っている。
(この人は……本当に、立つ場所を選べるようになったな)
学園にいた頃は、どこか“決められた位置”に立っていた。
今は違う。
自分で立ち、周囲を見渡している。
◇
執務室での会議は、想像以上にスムーズに進んだ。
各村の代表が交代で報告し、問題点を挙げる。
ユウはすぐに答えを出さない。
まず全員の意見を聞き、整理する。
その間、リリスは黙って話を聞いていた。
だが、ある場面で口を開く。
「その件ですが……村同士で資材を融通するのは、難しいでしょうか」
一斉に視線が集まる。
「互いに不足しているのは承知しています。
ですが、同時に余っているものもあるはずです。
一度、一覧にしてみてはいかがでしょう」
村人たちは顔を見合わせ、やがて頷き始めた。
「……確かに」
「倉に眠っているものはあるな」
「それなら、すぐに調べられる」
場が動き出す。
ユウは、口を挟まない。
ただ、その流れを見守っていた。
会議が終わり、人が引いた後。
「……助かったよ」
ユウがそう言うと、リリスは首を横に振る。
「私は、補足しただけです。
決めたのは、皆ですから」
「それでも、あの一言がなければ進まなかった」
「……そうでしょうか」
少しだけ困ったように視線を逸らす。
「ユウ様が築いてきた土台があるからです。
私は、その上で声を出しただけ」
その言葉は謙遜だが、的確だった。
◇
昼下がり、短い休憩時間。
二人は中庭の木陰に腰を下ろしていた。
風が、城塞都市の中を通り抜ける。
「……不思議です」
リリスがぽつりと呟く。
「何が?」
「ここでは……私、呼吸が楽です」
ユウはすぐに返さず、続きを待つ。
「公爵家にいた頃は、常に“期待”の中にいました。
婚約者として、令嬢として、正しくあることを求められて……」
「ここでは違う?」
「はい」
リリスは静かに笑った。
「必要とされているのは、“役割”です。
完璧な姿ではなく、考え、補い、判断する人として」
「それが向いているんだと思う」
「……ありがとうございます」
短い沈黙。
リリスは、ほんの少しだけ声を落とす。
「ユウ様の隣に立つのは、緊張します。
ですが……嫌ではありません」
「それなら、十分だ」
それ以上の言葉は要らなかった。
◇
夕方、城壁の上。
街に灯りが入り始めるのを、二人は並んで見ていた。
「……ここは、まだ未完成です」
リリスが言う。
「だからこそ、見ていたいと思います。
最初から最後まで」
「最後、って?」
「……完成したあとも、です」
言い終えたあと、少し照れたように視線を逸らす。
ユウは、それを咎めない。
「その頃には、ここはもっと騒がしいだろうね」
「でしたら……静かな場所も、用意しないといけませんね」
「一緒に?」
「……はい。一緒に、です」
その答えは、迷いのないものだった。
公の場では婚約者として。
私の場では、静かに心を寄せる相手として。
二人はまだ、急がない。
だが、同じ速度で歩いている。
ヴァルトニアの夕暮れは、今日も変わらず訪れる。
その中で、確かに――二人の居場所は、並んで存在していた。




