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『異世界ダイナリー〜創造神に選ばれた僕は、婚約破棄された公爵令嬢リリスを全力で幸せにします〜』  作者: ゆう
第三章 揺らぎ出す王都と、ひとつの恋心

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第34話「来訪前夜、静かに満ちる灯り」

第34話「来訪前夜、静かに満ちる灯り」


 リリス来訪まで、残り一日となった。


 ヴァルトニアの空には薄い雲がかかり、日の光が柔らかく地表を照らしていた。

 湿地の干上がりはさらに進み、排水路を流れる水の透明度も上がっていく。

 輪作区画のある畑には薄い緑が混じりはじめ、村の家々には乾いた風が心地よく通り抜けていった。


 そんな中、城塞都市の領主館では、来訪に向けた最終準備が進められていた。

 ユウは書庫の机に広げた書類を見つめ、ペンを止めずに手を動かしている。


「リリスには、村の様子をきちんと見てもらいたい。

 とくにラディスとモルティ、そしてベイルの白炭……それぞれ改革の手がかりを、順番に案内する必要がある」


 ユウはつぶやくように言い、視線を地図に移す。


 その横でマリアが控えめに頷いた。


「リリス様がご覧になる順路につきましては、こちらで案をまとめておきました。

 人の動線、馬車の通りやすさ、視界の開け方などを考慮しております」


 マリアが差し出した紙には、細かい矢印と注意点が記されている。

 まるで、彼女がすでに何度もその道を歩いたかのような正確さだ。


「ありがとう、マリア。

 君が準備してくれたおかげで、迎える側の心構えが整っていく気がする」


 マリアは、ふっと小さく微笑んだ。


「ユウ様。

 明日お迎えするのは、未来の正妻となる方でございます。

 ……その方に、ユウ様がどれほど努力してこられたか、誠実に向き合っているかを、きちんと伝えたいのです」


 その声音はあくまで穏やかで、嫉妬や焦りを表に出すことはない。

 だが、胸の奥に沈めている複雑な感情だけは、微かな揺らぎとして滲んでいた。


(私は従者として支えるだけ。

 その役目に、誇りを持ち続ければいい。それで十分のはずなのに……)


 彼女はその想いを自分の内に押し込み、姿勢を正した。


「迎え入れの準備は、この都市の皆が協力してくださっています。

 家々の前の通りは清掃が進み、衛生施設の案内も整えました。

 リリス様が歩かれる道には、危険がないよう確認済みです」


「……本当に、よくここまで。

 この領地は君に助けられてばかりだ」


 そう言うユウの声には感謝が深く滲んでいたが、マリアは首を横に振った。


「助けているのではございません。

 ユウ様が生きやすい領地を築けるよう、お仕えしているだけです。

 そして……それが私の役目です」


 その言葉には、隠すように込められた決意があった。


 


 午後になると、都市の外で兵士たちが集まり、城塞都市の正門前で整列訓練をしていた。

 風が甲冑に触れ、金属の音が軽やかに響く。


 統率を取る隊長が、ユウに深々と頭を下げた。


「ユウ様。明日の警備は万全でございます。

 公爵家の護衛が同行されるとのことですが、我々も全力で支援いたします」


「ありがとう。

 ここはまだ整備途中の土地だ。リリスが安心して歩けるように、警備も環境も丁寧に整えていきたい」


 その言葉が兵士たちに伝わると、隊列がわずかに引き締まった。


「ユウ様は、“誰かを迎える”ということすら、領地の未来に繋げてしまわれるのですね」


 隣に立ったマリアが、感嘆というよりも、納得したように言った。


「迎える人が誰であれ、ここが信頼される場所でありたいからね。

 領地は人の暮らしだけじゃなく、訪れる者の記憶によっても形を変える」


「……そのお言葉、リリス様はきっと喜ばれるでしょうね」


 マリアはそう言いながら、胸の奥に薄い痛みを覚えた。

 だが、それを表には見せない。

 従者として、ただユウの言葉に誇りを感じるだけだ。


 


 夕暮れが近づくと、ユウとマリアは都市の一望できる丘に立った。


 輪作区画の村では、村人たちが木杭を片付け、

 ベイルの炭焼き場からは規則的な煙が立ち、

 城塞都市では子どもたちの笑い声が響く。


 ユウは腕を組み、ゆっくりと息を吐いた。


「ようやく……彼女に見せられる状態になってきた」


「はい。ユウ様が積み重ねてきた道のりを、きっとリリス様は感じ取られます」


 マリアの声は淡く温かい。

 しかし、言葉の奥には、彼女自身の気持ちがごくわずかに揺らいでいた。


(ユウ様の隣に立つのは、私ではない。

 そのことは受け止めている……。

 でも、心のどこかで――少しだけ、寂しさがある)


 マリアは一歩下がり、主の背中を静かに見守った。


「マリア。

 明日、リリスが来たら……領地の案内を一緒にしてくれるか?」


「もちろんでございます。

 ユウ様の歩く道に、お供できるのは私の務めです」


 その声は揺れもなく、凛としていた。


 夕陽が二人の影を長く伸ばす。

 都市の灯りがひとつ、またひとつと点り、その光が領地の息吹を静かに伝えてくる。


「明日が……楽しみだ」


 ユウが呟いたその言葉は、どこか少年のような素直さを含んでいた。


 マリアはその横顔を見つめ、ほんの少しだけまぶたを伏せる。


「ユウ様が思い描く未来に、歩み出す日ですね」


「うん。

 ようやく――リリスと一緒に、この領地の始まりを見られる」


 その声に、マリアは微笑みを返す。


(この人の未来が幸せで満たされるなら……

 私はその道の傍らにいるだけでいい)


 心に浮かんだその言葉を飲み込んで、彼女は静かに頭を下げた。


「明日の準備はすべて整えてあります。

 あとは、ユウ様が胸を張ってお迎えになるだけです」


「ありがとう、マリア。

 本当に……君のおかげで僕はここまで来られた」


 夕風が二人の衣を揺らし、ヴァルトニアの大地はゆっくりと夜へ沈んでいく。


 そして――

リリス来訪まで、あと数時間。


 領地は息を潜めるように静まり、その瞬間を待っていた。

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