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『異世界ダイナリー〜創造神に選ばれた僕は、婚約破棄された公爵令嬢リリスを全力で幸せにします〜』  作者: ゆう
第三章 揺らぎ出す王都と、ひとつの恋心

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第31話 — 村に息づく、小さな希望 —

第31話 — 村に息づく、小さな希望 —


 日が傾きはじめたヴァルトニアの空は、麦色と藍色がゆっくり混ざりあい、長い影を地面に落としていた。

 干拓が進みつつある湿地の上を吹き抜ける風は、以前よりも軽く、土の匂いをほのかに含んでいる。


 ユウは村の入口で足を止め、ひとつ深く呼吸をした。


「……この村も、変わりはじめているね」


 背後から歩み寄ったマリアは、主の横に静かに立つ。

 その横顔にかすかに柔らかい感情がにじんでいるのを、ユウは気づかぬふりをした。


「はい。数日前まで湿っていた地面が、今日はしっかりと足を受け止めてくれます。

 ユウ様がお考えになった排水路……村の方々も、とても驚いておりました」


「驚かせるためにやったわけじゃないけれど……喜んでもらえるなら、それで充分かな」


 マリアはゆるく瞬きをした。

 ユウの声には派手な誇張もなく、ただ村の未来を想っている響きがあった。


 それがマリアの胸に、ひどく静かに沁みていく。


「……こちらの畑もご覧になりますか?」


「ああ。今日は成長の変化を見ておきたい」


 二人が畑に入ると、夕日が照らし、土の粒が金色に光った。

 クローバーが根を広げ、乾いた土地に少しずつ湿り気と柔らかさを戻している。


 ユウは土を手に取り、そっと指で崩した。


「ようやく……生きている土の手応えになってきたね」


 マリアはその言葉を聞きながら、ユウの手元に視線を落とした。


「……ユウ様は、本当に土の変化を感じ取られるのですね。

 領主でありながら、誰よりも手触りで確かめておられる」


「見ないとわからないから。

 村人たちが、どんな土地で暮らしてきたか……その続きを、僕が知らずに進めるわけにはいかない」


 その言葉の意味を噛みしめるように、マリアは静かに息を吸った。


「村の方々が、あなたを慕う理由が……よくわかります」


「そんなに大したことはしてないよ」


「いいえ。

 誰かの暮らしに手を伸ばせる人間が、どれほど少ないか……私は知っています」


 マリアの声には、かすかに熱がこもっていた。

 それはただの称賛ではなく、ユウという人間を知る者の言葉だった。


「……ありがとう、マリア。

 その言葉を、簡単には忘れられない気がする」


「忘れなくて結構です」


 マリアはくすりと微笑んだ。

 風が二人の間をそっと抜けていき、ユウはその笑みを胸の奥で静かに受け止めた。


 村をひと回りし、最後に炭窯の近くに立つ。

 煙が細く立ちのぼり、白炭の完成を告げる香りが漂っている。


「村長さんたちが言っていたね。

 “この炭で冬を越せる”って」


「はい。皆様、とても誇らしげでした。

 ……ユウ様の導きがなければ、きっと諦めたままの土地だったのでしょうね」


「導いたというより……背中を押しただけだよ。

 動いたのは村の人たちだ」


 マリアは首を振った。


「それでも、誰かが最初の火を灯さなければ、暗闇のままなのです。

 ……ユウ様は、最初の明かりを置いていかれたのだと思います」


 ユウは少しだけ目を伏せた。

 照れではない。

 胸に灯るものの重さを、そっと受け止めるような沈黙だった。


 マリアはそれ以上言わず、ただ隣に立つ。


 村の家々には、ひとつずつ灯りがともり始めていた。

 遠くで子どもの声が響き、家族の影が窓越しに揺れる。


「……いい光だね」


「はい。

 これが、“守りたいもの”の形なのかもしれません」


 ユウはマリアの横顔を見る。

 夕暮れの光が彼女の瞳の奥で揺れ、深い温度を映していた。


「マリア」


「はい、ユウ様」


「……この領地を、君と一緒に良くしていきたい」


 淡く、しかし確かな言葉だった。


 マリアはわずかに目を見開き、そしてゆっくりと微笑む。


「私は、最初からそのつもりでお仕えしております」


 柔らかな声だった。

 しかしその奥にある感情は、優しさだけではない。

 信頼と、誇りと、それから――言葉にはしない何かが静かに息づいている。


「……ありがとう」


「ユウ様。帰りましょう。

 今日の記録をまとめて、明日の準備をいたします」


「うん。よろしく頼む」


 二人は並んで歩き出す。


 村に灯る光が背中を照らし、

 その光が、これから広がっていく未来を静かに示していた。

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