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『異世界ダイナリー〜創造神に選ばれた僕は、婚約破棄された公爵令嬢リリスを全力で幸せにします〜』  作者: ゆう
第三章 揺らぎ出す王都と、ひとつの恋心

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第3章・30話 「都市の呼吸が変わる日」

第3章・30話 「都市の呼吸が変わる日」



 朝日が城壁の上から差し込み、城塞都市ヴァルトニアの石畳を金色に染めはじめたころ、ユウは会議後初となる市場地区の視察へ向かっていた。

 昨日の会議で示した方針が、ほんの一日で街の空気を変えている。そんな予感が胸の奥にある。


 マリアが歩調を合わせながら言葉をそっと重ねた。


「……ユウ様。市場の皆様が“男爵様が本当に来てくださるのか”と、昨晩ずっと話していたようです」


「来るよ。僕は机の上だけで領地を動かすつもりはない。街の中心が市場なら、まずはそこを見なきゃ意味がない」


 マリアは静かに微笑んだ。その横顔は、ユウが歩む道を自然に照らしてくれる灯のようだった。


 市場の入り口に差し掛かると、昨日の騒がしさとは違う緊張感が満ちていた。

 露店の主人たちが慌てて姿勢を正し、荷車を片付け、通りの端へ退いていく。


「お、おはようございます、男爵様!」


「昨日の会議、聞きました……本当に、通路を整えてくださるんですか?」


 ユウは歩みを止めず、ひとりひとりの顔を見ていく。


「もちろん。市場を“歩ける場所”にするところから始める。人も荷車もぶつからない市場を作るんだ」


 その言葉に、周囲の表情が柔らかく変わる。

 期待の光が、少しずつ、人々の瞳に映り始めていた。


 市場の奥へ進むと、荷車の車輪の跡が地面に深く刻まれている場所がある。

 そこは最も人の往来が激しく、道幅がいびつに削られている区域だった。


「ここが、昨日いちばん声が上がっていた場所ですね」


 マリアが手帳を開き、視線を走らせる。


「ああ。まずはここから整理しようと思う」


 ユウは地面にしゃがみ込み、石畳の継ぎ目や傾斜を確認する。

 車輪が引っかかる箇所、露店の並びで道が塞がれる場所、風の通りやすさ。

 一つの通りを見るだけで、市場全体の“息づかい”まで感じ取ることができる。


「――市場の中心となる道を一本作る。この道の幅を基準にして、他の通路も整えていこう」


「中心の道、ですか?」


「人の流れには中心が必要なんだ。大きな川が流れを作り、小さな川がそこへ合流していくみたいに。市場にも“流れの核”を作れば、動きが自然に整う」


 マリアは頷きながら、ユウの視線の先を見た。


「確かに……今は道自体がどこへ続いているのかわかりにくいのですね」


「そう。今は“道らしきもの”があるだけ。だから迷うし、ぶつかる。中心の通りを作れば、それぞれの区画も整理できる」


 ちょうどそのとき、露店の主人の一人が恐る恐る声をかけてきた。


「ほ、本当に……店を追い出したりは、しないんですか?」


 ユウは振り返り、穏やかに答えた。


「追い出す必要はないよ。並べ方を少し変えるだけだ。誰も不利益にならないようにする」


 その瞬間、安堵の息があちこちから漏れた。

 不安を抱えていた人々が、ようやく胸に抱えていたものを降ろすように肩を落とした。


 市場から住宅地区に移ると、建物の劣化がはっきり見えてきた。

 壁の亀裂、沈んだ石畳、傾いた屋根。

 住民たちは「仕方がない」と口々に言うが、ユウはそれを当然とは見なさない。


「この路地は雨水が溜まりやすい。地面の傾きが原因だね」


「危険なのはわかっているのですが、誰にも直せず……」


「直せるよ。地形を測って、溝を作ればいい。下水に流れるように整えるだけだ」


 そんな簡単に……と驚く声が漏れる。

 だがユウの表情は揺るがない。


「街は生きている。傷んだ場所には手当てをすれば回復する。僕たちはその“手”になるだけだ」


 その言葉は、疲れた人々の胸に静かに染み込んでいく。


 さらに進むと、下水路につながる排水溝が詰まって水が溜まっている場所があった。

 悪臭こそ少ないが、放置すれば確実に衛生問題を引き起こす。


「スライムを使うのは、この区域からにしましょうか?」


 マリアの提案に、ユウは頷いた。


「そうだね。まずは安全に使える場所から始めて、効果を実感してもらう。都市全体に広げるのはそのあとだ」


「承知しました。準備は私が整えておきます」


 ユウが街を歩けば歩くほど、改善できる場所が次々と見えてくる。

 それは重荷ではなく、むしろ未来が広がっていく感覚だった。


 夕刻、城塞都市の塔から眺める街は、昨日までとはまったく違う様子に見えた。

 露店の主人が道を開けるために店の位置を微調整していたり、荷車の通り道を確認して歩く姿があったり、路地では住民同士が石畳のゆがみを調べはじめている。


 街が動き始めていた。


「ユウ様……今日の視察、とても良い一日でしたね」


 マリアが隣に立ち、静かに風を感じている。


「うん。街の人たちが、自分たちの場所を変えようとしている。あれは僕の力じゃない。彼ら自身の力だ」


「ですが、ユウ様が火を灯したからこそ……皆様が動けたのです」


 その声に、ユウは視線をマリアへ向けた。


「マリアは……僕にとって、領地を作る上で欠けてはいけない人だよ。君がいなければ、今日の動きだって形にならなかった」


「お褒めいただき光栄です。……でも私はただ、ユウ様の隣で支えているだけです」


「その“支え”が一番大事なんだ」


 マリアは言葉を返さず、ただ静かに頬を赤らめた。


 城塞都市の夕暮れはゆっくりと深まり、

 石畳に落ちる影が長く伸び、街が静かに夜を迎える準備を始める。


 その光景は確かに変わり始めていた。

 ユウが訪れて20日。

 ヴァルトニア領は、確かに息を吹き返しつつあった。

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