第七話 一年の静寂と評価
第七話 一年の静寂と評価
離れの使用を許可されてから、一年が経過していた。
木々は四度色を変え、風の温度も幾度となく巡った。そしてその間、ユウ・ヴァルロード自身もまた、確実に“変わっていた”。
五歳を目前にした現在。
身体はまだ幼いが、その内側には明確な積み上げが存在している。
◇
朝の剣の鍛錬を終え、警護とともに離れへ向かう。
かつては古びたままの建物だったそこは、いまや快適な静養と学習の場へと姿を変えていた。
床板は補強され、滑り止め処理も施されている。
壁は再塗装され、ひび割れは完全に埋められた。
湯殿も配管が調整され、温度管理が容易になっている。
安全柵、滑り止め、扉の固定具――
全てが「四歳の子供が安心して使える空間」として最適化されていた。
(悪くない……いや、かなり快適だな)
机に腰を下ろし、小さく息を吐く。
◇
この一年での成果は、数字にも現れていた。
視界の隅で、静かに文字が浮かび上がる。
《異世界ダイナリー:現在評価》
・身体状態:年齢比極めて良好
・筋力成長:標準比+120%
・魔力容量:同年代の平均の約三倍
・循環安定度:極・安定
・集中持続時間:成人換算 約3時間相当
・剣術:基礎型完全習得
・魔力制御:収束・拡散・薄化が自在
・計算能力:異常(体系外知識)
さらに、次の行が追加される。
《知識特性》
・四則演算:完全理解
・割合・分配の概念:理解済
・大学水準の基礎理論:保持
・物理:力学基礎、作用反作用、運動法則
・化学:元素・反応・酸化還元の基礎
(……やっぱり異質か)
この世界では足し算と引き算が限界。それでも商取引は成り立つが、掛け算・割り算の概念は存在すらしていない。
そんな中で、大卒レベルの数学知識を保持している自分は、明らかに浮いている。
(表に出すのは、まだ早い)
それは強みであり、同時に危険でもある。だからこそ、今はまだ“沈めておく”。
◇
剣の型を確認する。
一振り。
二振り。
呼吸と動作が完全に同期している。
老騎士が隣で呟いた。
「もはや型ではありませんな……動作そのものがさまになっています」
ユウは反応しない。ただ正確に、動きを重ねる。
◇
魔力制御も、以前とは次元が違っていた。
指先に淡く集め、霧のように拡散し、紙のように薄く広げる。
それを再び一点に戻し、脈動を安定させる。
(完全に制御できている)
“使える”のではない。
“支配している”に近い感覚だった。
◇
学習面では、すでに教師の指導を大きく超えている。
黒板に並ぶ簡素な数字。
それを見ながら、頭の中ではまったく別の計算が行われていた。
(この数を四倍し、三で割り……)
誰にも見せるつもりはない。ただ静かに、未来のために蓄える。
◇
夕方、本殿へ戻ったユウは父に呼ばれた。
「一年だな」
「はい」
「離れの使用、成果、安全性。すべて問題なしだ」
そして、少しだけ言葉を変える。
「そこでだ――お前にも専属のメイドをつける」
静かに響いた言葉。
「専属……ですか」
「ああ。生活、学習、身の回りの管理を一任する存在だ」
ユウは小さく頷く。
「明日、紹介しよう。すでに選定は終わっている」
「わかりました」
◇
夜、寝台に横たわりながら考える。
一年でここまで来た。
だがまだこれは序盤にすぎない。
専属メイド。
それは新たな生活段階への移行を意味していた。
(どんな人だろうな……)
そう思いながら、ユウは静かに目を閉じる。
そして彼は知らない。
その人物が、彼の人生に深く関わっていく存在になることを。




