表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界ダイナリー〜創造神に選ばれた僕は、婚約破棄された公爵令嬢リリスを全力で幸せにします〜』  作者: ゆう
第三章 揺らぎ出す王都と、ひとつの恋心

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/101

27話 「村に灯る、小さな光」

27話 「村に灯る、小さな光」


 ユウがヴァルトニア領へ来て十日が過ぎていた。


 城塞都市の外壁から外を眺めると、干上がりはじめた湿地の一角に、人々の影が点々と動いているのが見える。

 排水路が本格的に流れはじめ、泥に覆われていた土地が、わずかにだが表情を変えつつあった。


 その変化を、ユウは無言で見つめていた。背後に控えるマリアは、主の思考を邪魔しないよう、静かに距離を保っている。


「……ここまで、進むものなんですね」


 少し風が弱まったとき、マリアが小さく言った。


「ひとつの流れが整うと、他も繋がる。

 この湿地は何十年も放置されてきたけれど、皆が手を貸せば、必ず形を変えられる」


 ユウの声は穏やかだが、その奥に確かな決意があった。


「では、今日は村の視察へ向かわれるのですね?」


「ああ。城塞都市から北西に点在する三つの村。その現状を、目で確かめたい」


 マリアは深く頷いた。

 身なりを整え、手帳を抱え、いつものように一歩後ろで従う。


 二人が城門を出ると、乾いた風が草の匂いを運んでくる。

 大河へ向かう南からの二本の川のうち、東側の川を少し離れた位置で眺めると、流れの強さと深さがよくわかる。


「この川……本当に、“渡れない”のですね」


「そうだ。橋がなければ、領民は対岸へ行くことすらできない。

 だから村はすべて西側に作られてきた」


 マリアは真剣な眼差しで川面を見つめた。


「この地に暮らす方々は……どれだけ不便を抱えてきたのでしょう」


「多いよ。だが、負けていない。

 村に入ればわかる。皆、自分たちの生活を守るために、手を止めていない」


 ユウが歩を進めると、やがて最初の村が見えてきた。


 家屋は質素だが、乾いた風が通り抜ける道筋には、子どもたちの笑い声が響いていた。

 井戸の周りでは女性たちが洗濯をし、老人は編み物をしている。

 生活は決して豊かではないが、荒廃とは無縁の空気が漂っている。


 村長が慌てたように駆け寄ってきた。


「ぼ、ぼぼ、ぼユウ様っ……! ようこそ、お越しくださいました!」


「突然押しかけてすまない。村の現状を見ておきたくてね」


「と、とんでもございません!

 ユウ様が領主として来られると聞いて……村の者は皆、光が差したようだと申しておりました!」


 ユウはその言葉に僅かに眉を動かすが、それ以上の反応は見せず、淡々と歩き出す。


 村の中心を回ると、畑に向けて開いた土地が目に入る。

 しかし、土は痩せ、表面は乾燥してひび割れていた。


「……やはり、現状では穀物を育てるのは難しいな」


 ユウはしゃがみ込み、指先で土をすくい上げた。

 粒子が手のひらで崩れ、風にさらわれる。


「ユウ様……この土では、何も?」


「今のままでは、ね。でも“今のまま”を続けるつもりはないから」


 マリアの瞳がぱっと開かれる。


「クローバーからだ。土を耕し、空気を入れ、根が土を育てる。

 輪作を始めれば、この土地は必ず応えてくれる」


 説明を受けた村長は、唇を震わせた。


「そんな……我々が何年やっても、土地は変わらなかったのに……!」


「変わらなかったのは、やり方を知らなかっただけだよ。

 変える方法を知らなければ、誰だって同じ結果になる」


 村長が目に涙を浮かべるのを見て、マリアは胸を押さえた。

 ユウの声は威圧でも誇示でもなく、ただ希望を植えるためのものだった。


 視察を終えて村の端に立つと、マリアがそっと口を開く。


「ユウ様……今日、あなたのお言葉を聞いた村の方々は、きっと胸を張って歩けるようになります」


「そうだといいけれど、希望を語るだけでは意味がない。

 実際に成果を見せるまでは、何も始まらない」


 マリアはその言葉を噛みしめるように目を閉じ、そして優しく問いかけた。


「ユウ様は……領地を、どうしたいのですか?」


 ユウは空を仰いだ。

 雲一つない空が、真っ直ぐに広がっている。


「ただ“豊かにしたい”わけじゃない。

 誰かが困っていたら、手を差し伸べられる場所にしたい。

 ここで生まれた子どもが、自分の人生を選べる領地にしたい」


 その声は、未来を語るというより、未来そのものを掴もうとしているようだった。


 マリアは、その横顔を見つめながら静かに微笑んだ。


「……ユウ様らしいお考えです」


 帰り道、風がふたりの間をそっと通り抜ける。

 マリアが歩幅を合わせながら話す。


「村の方々があなたを慕う理由……今日、よくわかりました。

 ユウ様は、誰よりも先に“誰かのために動く方”だからです」


「そんなに立派なものじゃないよ。僕は、ただ……」


 言いかけて、ユウは言葉を飲み込んだ。


(僕は――この領地の未来に、マリアの姿を入れて考えてしまっている)


 だが口にはしない。

 従者と主という線がある以上、心にしまっておくべきだと理解していた。


 マリアは気付かぬふりをして、柔らかく笑う。


「本日の視察記録は、戻り次第すぐまとめておきますね」


「ああ。ありがとう、マリア」


「ユウ様のお役に立てることが……私は、とても嬉しいのです」


 その言葉は、夏の光よりも温かく、優しく、まっすぐだった。


 輪中の形が浮かび上がり、湿地が干上がり、畑が息を吹き返す――

 ヴァルトニア領は確かに動き始めている。


 その隣には、必ずマリアがいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ