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『異世界ダイナリー〜創造神に選ばれた僕は、婚約破棄された公爵令嬢リリスを全力で幸せにします〜』  作者: ゆう
第三章 揺らぎ出す王都と、ひとつの恋心

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第21話 マリア不在の一週間と、ユウが初めて知る“日常の支え”

第21話 マリア不在の一週間と、ユウが初めて知る“日常の支え”


 ヴァルトニアに入ってから、一週間が過ぎた。


 治水工事は順調に進んでいる。

 異世界ダイナリーで得た知識によって、排水路の幅も深さも、土地ごとの最適な角度もすでに割り出していた。

 工法さえ伝えれば村人たちは動き、作業速度は当初の想定より早い。

 湿地は少しずつ乾き始め、川沿いの地面は踏み固められ、未来の輪作地も形になりつつある。


 ――だが。


 ユウの机の上には、乱れた書類の束が横倒しになっていた。


「……また机が埋まってきた」


 今日だけではない。

 この一週間、同じことが何度も起こっている。


 食事は時間がずれ、夜の片付けは後回しになり、洗面台には前日の水滴がそのまま残る。

 手をつけようと思えばできるはずなのに、気づけば別の仕事の途中で忘れてしまう。


 領地の改革は進んでいるのに、自分の生活のほうが追いつかない。


 ユウは椅子にもたれ、ため息をついた。


「……マリアがいなかった頃って、どうやって生活していたんだろう」


 意図していない独り言だった。

 だが、言葉にした途端、胸の奥にひどく重い空白が生まれた。


 朝起きれば、整えられた服が用意されていた。

 食事の時間を伝えれば、その少し前に紅茶が運ばれてきた。

 書類に集中している時には、必要以上に声をかけず、しかし周囲の整理だけはきちんとしてくれた。


 今は――何もない。


 いや、自分がやればいいのだ。

 大したことではない。

 実際、やろうと思えばできる。

 けれど、どこかで必ず抜け落ちる。


 その度に思うのだ。


(マリアは……本当に何でも受け止めてくれていたんだな)


 気づかれないように動き、当たり前のように支えていた。

 彼女が隣にいた時間が長すぎて、その存在がどれほど大きかったのか、いなくなってようやく理解した。


 静かな部屋で、ユウは目を閉じる。


(……マリアがいない生活って、こんなに過ごしにくかったんだ)


 胸の奥が、じんと熱くなる。

 寂しい、と言うべきなのか。

 不便だ、と言うべきなのか。

 ただひとつ確かなのは――


(今の僕には、マリアが必要だ)


 仕事のためではない。

 表向きの理由でもない。

 彼女がいる環境の中で、自分は最も自然に動けるのだと、ようやく理解した。


 その瞬間、迷いは霧のように消えた。


「……呼ぼう」


 ユウは立ち上がり、机の上の紙束を整理し、筆記具を取る。


 書きたい内容は、すでに決まっていた。



◆ マリアへの手紙


 ペンを走らせ始めた時、胸の内にある感情は不思議なほど静かだった。

 誰に遠慮をする必要もない。

 ただ、自分の言葉で伝えればいい。



「マリアへ」


「ヴァルトニアに来て七日が経った。

 治水工事は順調に進み、作業の目処も立っている。

 だけど、生活のほうは驚くほど上手くいかなくなっている」


「食事の時間をずらし、書類を積み上げ、片付けを後回しにし……

 そのたびに、君がどれほど多くのことを支えてくれていたか思い知らされた」


「仕事の補助だけではない。

 僕の日常そのものを支えていたのは、間違いなく君だ。

 君がいない今の生活は、思った以上に乱れやすくて落ち着かない」


「だから正直に言う。

 今の僕には、君が必要だ。

 これは従者としてではなく、ひとりの人間としてのお願いだ」


「早めにヴァルトニアへ来てほしい。

 君がいてくれる場所で、僕はようやく自分の力を十分に使える。

 頼りすぎているのは自覚しているけれど、それでも来てほしい」


「返事を待っている。

 ユウ」



 書き終えた瞬間、胸の奥がわずかに軽くなった。


 手紙を封じる指先が震えたのは、緊張ではない。

 ようやく自分の気持ちを形にした安堵にも似た感覚だった。


「……マリア。早く来てほしいな」


 誰にも聞かれないように呟き、ユウは封筒に封蝋を押した。


 窓の外には、夕焼けに染まるヴァルトニアの空。

 その下で広がる新たな領地は、彼の改革を待ち続けている。


 だが――

 その隣に立つべき人の姿が今はなく、

 それがこの一週間で“最も堪えたこと”であると、ユウはようやく理解した。

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