3章 18話―城塞都市ヴァルトニアへ
3章 18話―城塞都市ヴァルトニアへ
夏季休暇。
学園が二ヶ月の長い休みに入ると同時に、ユウは新しい領地――ヴァルトニアへ向かう準備を整えた。
馬車は王都を離れ、舗装の甘い街道を進みながら、北西の丘陵地帯を大きく迂回しつつ進む。
どれだけ地図を見ても、実際の距離感は歩いてみなければ掴めない。
王都から三日、伯爵領の境を越えて半日。
ついに、新領地の象徴が視界に現れた。
灰色の石を積み上げた、質実剛健な城壁。
周囲を取り囲む湿地と川に対抗するためか、高い位置に築かれた城塞都市。
それが――ヴァルトニアの中心。
(……やはり、この土地は“守ってきた”のではなく、“耐えてきた”のだな)
ユウは馬車の窓から風に揺れる草原と湿地の境目を眺め、小さく息を吸った。
岸辺ぎりぎりに張りつくように建てられた城塞都市は、どこか寂しげで、しかし力強い。
やがて馬車が大きく減速し、門の前で止まった。
迎えに出ていたのは、ヴァルトニア城塞都市を預かる代官――初老の男、マルケス。
「ユウ様。ヴァルトニアへようこそいらっしゃいました」
深い礼が、長い年月の苦労を物語っていた。
「こちらこそ。今日からしばらく、この地を見させてもらいます」
ユウが丁寧に返すと、マルケスは安堵したように微笑んだ。
「存じております。……この地は、改善すべき点が多い領でございます。
まずは城内にて、ご報告を」
城壁の中に足を踏み入れた瞬間、ユウは言葉を失った。
石畳はところどころ欠け、雨季には水が溜まるだろう跡がいくつもある。
街路の両脇に建てられた建物も、修繕が追いついていない。
人々の表情は暗くないが、余裕がない。
(……公衆衛生が不十分な状態だ。下水路も浅い。汚水の流れが滞っている)
ユウは視線の端々に“改善点”が浮かび続けていく感覚を覚えた。
城の小広間で、マルケスは詳細を語り始める。
「まず、南の山脈から北へ向かって流れる二本の川ですが……
ご覧の通り、橋が作れず、集落との往来は極めて不便です」
「そうですね。川幅と流速……どちらも簡単ではない」
「はい。そして、湿地帯。
東半分は季節によって水量が変わり、踏み込めば足を取られます。
村は三つのみ。いずれも西の乾燥地帯ですが……生活は厳しい状況です」
「食糧事情は?」
「小麦は何とか。しかし……連作で土地が痩せております。
本来なら輪作が必要なのですが、方法を知らず……」
ユウは頷き、地図を広げて指を置く。
「では、中央の城塞都市を拠点として、まずは“公衆衛生”の改善から始めます」
マルケスが驚いた顔をした。
「衛生、でございますか?」
「はい。下水路の浄化と、排水の流れを整える。
湿地に近い街ほど、病が広がりやすい。
まずこれを整えなければ、この地は息を吹き返しません」
(スライムを使った浄化施設……実験すれば可能性は高い)
ユウの脳裏には異世界ダイナリーの知識が静かに浮かび上がる。
歴史上、多くの都市は“衛生管理”から繁栄したのだ。
「次に、西側三村の状況を確認します。
畑の状態、家畜の数、収穫量。
村ごとに何が必要で、何が余っているのかを知りたい」
「すぐに案内を手配いたします。
……ユウ様、正直申し上げて、この地にここまで踏み込むお方が来るとは思っていませんでした」
「この領地は、僕に任された土地です。
守るだけではなく、変えなければならない。
そのために来ました」
マルケスは胸に手を当て、深く頭を下げた。
「……心より感謝申し上げます」
新たな領、ヴァルトニア。
荒れた街並みも、沈む湿地も、途絶えた村々も。
そこには確かに未来を描く余地がある。
ユウは初めて訪れた自らの領地を見渡し、静かに決意した。
(ここからだ。
この土地を――生まれ変わらせる)




