第十三話 王妃陛下からの通達 ― 思わぬ勅命
第十三話 王妃陛下からの通達 ― 思わぬ勅命
王城から伯爵家の王都邸に戻った時、空はまだ夕暮れ色を残していた。
広い玄関ホールに足を踏み入れると、すぐに父オグレインと母エレノアが姿を見せた。今日は公務が終わっている時間ではあったが、二人とも明らかにユウを待っていたのだと分かる。
「――お帰りなさい、ユウ」
母の声は、普段よりも少し張り詰めていた。
「ただいま戻りました。先ほど献上の儀が終わりましたので……その報告を」
「うむ。入れ。話は中で聞こう」
父の促しで三人は応接室へ移動した。扉が閉じると同時に、室内に置かれた茶器から香りが立つ。母エレノアが自ら用意していたようだ。
席に着くと、父が静かに切り出す。
「まずは献上の儀、無事に終えたようで何よりだ。王妃陛下のご様子はどうであった?」
ユウは息を整え、言葉を選んだ。
「……想定以上のご評価をいただきました。
今回の化粧品は“これまでにない出来栄え”と王妃陛下から直接褒めていただきました」
母がわずかに口元を押さえる。誇りと驚きが入り混じった表情だった。
「まあ……王妃陛下直々に? それは名誉なことですわ、ユウ」
「続けて、王妃陛下より――」
言いながらも、ユウはまだ自分の胸の高鳴りを抑えられなかった。
謁見の場で王妃が告げた言葉は、少年の想定を超えていたからだ。
「――“王国として、わたしへの新たな称号授与を決定し準備段階” と知らされました」
その瞬間、室内の空気がわずかに揺れた。
「決定……していた?」
父が低く呟く。
「はい。正式な発表はまだですが、判断そのものは既に終わっていたとのことです」
「王妃陛下がお前に直接?」
「ええ。“これはあなた自身に伝えたかった知らせですから” と……」
言葉を思い出すたび、胸の奥が温かくなる。
父は腕を組み、しばし沈黙した後で、重々しく頷いた。
「……理由は理解できる。
舞踏会でのあの一件、そして先日の献上――二度の功績が決して偶然ではないと、王家が判断したのだろう」
母も深く息をつく。
「本来でしたら、まず国王陛下から我が家へ文書が届き、そこから正式に通達されるはず。
それを王妃陛下が直に伝えられるというのは……あなたへの信頼の証でもあるわ」
「……ただ、僕はその……爵位を望んではいませんでしたので」
「望んで得る者だけが爵位に値するわけではない。
“相応しいから与えられる”のだ」
父の言葉は厳しくも温かかった。
「ユウ、お前は今回の件で伯爵家だけでなく、王家と公爵家の信頼も得た。
王太子殿下の暴挙に際し、一番冷静に社交界の秩序を守ったのは……お前だった」
母エレノアが続ける。
「王妃陛下はあの場を誰よりもよく見ておられました。
あの子――リリス嬢を恥をかかせまいと気を配り、
周囲の混乱を静かに収めたあなたの振る舞いも……正しく評価されたのでしょう」
ユウは視線を落とす。
(あれは……ただ、リリス様を一人にしたくなかっただけなのに)
そう思う自分が、少しこそばゆい。
父が言葉を続ける。
「爵位授与の候補として名前が挙がるのは、王国でもそう多くはない。
ましてや十一歳で――これは破格の待遇だ」
「……伯爵位を超えるわけではないのですから、父上の立場を奪うことはありません」
「当たり前だ。爵位は家を分断するものではない。
これは“ヴァルロード家が王国から信頼された”という証だ」
母がそっとユウの手に触れた。
「あなたが努力で掴んだものよ。胸を張りなさい」
その言葉は、王妃陛下からの評価よりも強く響いた。
しばらくして、父が表情を引き締める。
「正式な宣下は、恐らく近いうちに行われる。
爵位授与の儀式となれば、王家だけでなく公爵家も立ち会おう。
……ユウ、お前の覚悟はできているか?」
ユウはまっすぐ父を見た。
「もちろんです。
僕が得たものが家のためになり、領地のためになり……
そして、リリス様のためにもなるのなら」
言った瞬間、母が柔らかく微笑み、父は深く頷いた。
「よかろう。では正式な通達が届き次第、準備に入る」
そのときだった。
部屋の扉がノックされ、使用人が入室する。
「旦那様、奥様……公爵家より“至急の書簡”が到着しました」
「……公爵家から?」
父が受け取り、封蝋を見る。
そこにはグレイハルト公爵家の紋章。
手紙を開いた父の表情が、一瞬だけ変わった。
「……ユウ、お前にも関係のある内容だ」
「僕に?」
「近く、公爵家当主より“直接会談を申し込みたい”とのことだ。
――リリス嬢の将来の件について、とある」
静まり返る室内。
ユウは拳を握る。
(ついに……避けられない時が来る)
爵位授与。
王家の評価。
公爵家との正式な話し合い。
少年が歩む道は、もはや一領地の発展だけではない。
王国の中心へと、確かに繋がり始めていた。




