第十二話 献上の間 ― 王妃への謁見
第十二話 献上の間 ― 王妃への謁見
王城の奥、白亜の回廊を進むにつれ、空気は静かに張りつめていった。
煌びやかな装飾は控えめになり、代わりに厳格な雰囲気が満ちていく。
ここから先は、王家の者にしか許されぬ“私的領域”――その空気の変化だけで、それが分かる。
ユウは深く息を吸い、歩みを整えた。
「……マリア」
献上の間の扉が見えてきたところで、ユウは振り返る。
マリア・ベルモンドは、控えめに頭を垂れていた。
「ここから先は、私一人で入ります。
あなたはここで待っていてください」
「……はい、ユウ様。
どうか、お気をつけて」
それだけを告げ、マリアは静かに一歩引く。
その瞳には不安と誇りが入り混じっていた。
扉の前で、王城の侍従が恭しく告げる。
「ヴァルロード伯爵家嫡男、ユウ様――献上の間へ」
重厚な扉がゆっくりと開く。
眩い光が差し込むわけではない。
むしろ、落ち着いた金と白の静謐な空間だ。
だが、その中央に立つ“ひとりの女性”の存在が、すべてを照らしていた。
「……よく参りましたね、ユウ・ヴァルロード」
柔らかく、それでいて揺るぎない声。
王妃 アメリア・ルクレイン
王国随一の気品を備える女性であり、国王を支える賢妃として名高い。
ユウは恭しく礼を取る。
「ヴァルロード伯爵家嫡男、ユウ・ヴァルロードにございます。
本日は献上の機会を賜り、心より感謝申し上げます」
侍従が献上品の箱を開く。
そこに収められていたのは――
貴族用特別調合の美容液と蜜蝋クリームのセット。
王家献上用として調整された、ヴァルロード領最高級の品。
王妃はそっと手に取り、光にかざした。
「……綺麗な色。香りも穏やかで品がありますね。
これほどの品質のものを、あなたの年齢で仕上げたというのは驚きです」
「領地の恵みと、支えてくださる方々のお陰でございます。
私はただ、その“形”を整える役目を担っただけです」
王妃は微笑む。
「謙遜だけでは隠しきれませんね。
あなたが示したのは――新しい産業の形です。
蜜蝋、蜂蜜、美容産業……そのどれもが王国に利益をもたらすでしょう」
また一歩、王妃は近づいた。
「そして……あの夜のことも、忘れてはおりません」
ユウの瞳がわずかに揺れる。
「あの場でのあなたの振る舞いは、じつに立派でした。
王太子の軽率な判断により、グレイハルト公爵家の令嬢が晒された場を――
一人の少年が、礼節と覚悟で支えてみせた」
王妃の声音は静かだが、どこまでも真っ直ぐだった。
「あなたは、誰かの“誇り”を守ることのできる人なのですね」
「……あの時、私はただ……リリス様が傷つけられるのが、耐えられなかっただけです」
素直な言葉に、王妃は柔らかく目を細める。
「ええ、それで十分です。
高位の者の心を守る行為が、どれほど難しいか……あなたは理解していたのでしょう」
静かな沈黙が流れた。
やがて王妃は表情を改め、言葉を続ける。
「ユウ・ヴァルロード。
あなたの行いは、王家としても高く評価しています。
ゆえに――王家より、正式に功績を認めることとなりました」
「……功績、でございますか?」
「ええ。
あなたの領地改革、産業育成、そしてあの夜の立ち振る舞い。
その全てが、王国の将来にとって価値があると判断されました」
王妃は侍従に視線を送り、文書を受け取る。
封蝋には王家の紋章――二頭の獅子。
「これは、陛下からの言伝です。
“ユウ・ヴァルロードを、男爵位に叙する”
――その準備が、正式に始まりました」
ユウは驚きに息を飲んだ。
「身に余るお言葉にございます……本当に私で良いのでしょうか」
「功績がある者には、それに見合った地位が与えられるべきです。
あなたはまだ十一歳ですが――年齢は言い訳になりませんよ。
国を支える者は、早く芽が出れば早く抜きん出るものです」
王妃の言葉には、揺るぎない王家の意志が宿っていた。
ユウは深く、深く頭を下げる。
「……ありがたく、受け止めさせていただきます」
王妃はうなずき、そっと柔らかな声を添える。
「どうか、そのまま真っ直ぐに進みなさい。
あなたという少年が、この王国に何をもたらすのか……私は楽しみにしています」
「はい。必ず、恥じぬよう努めます」
献上の間に、静かな敬意が満ちた。
ユウは礼をとり、ゆっくりと後ずさりして退出する。
扉が閉じる直前――王妃の穏やかな声が届いた。
「……リリスのこと、大切になさってくださいね」
ユウは一瞬だけ立ち止まり、深く頭を垂れる。
「この命に代えても」
扉が静かに閉まった。
⸻
扉の外で待つマリアは、ユウを見て、胸を撫で下ろしながら微笑んだ。
「お帰りなさいませ、ユウ様。
……とても、誇らしげなお顔をしておられますね」
「少し、緊張しましたが……無事に務めを果たせました」
「はい。よく頑張られました」
廊下の空気は、献上の間の厳粛さとは打って変わり、どこか温かかった。
ユウは静かに歩き出す。
――男爵位の話。
――王妃からの信頼。
そして何より。
“リリスのことを大切に”
あの言葉が、胸の奥で強く響き続けていた。




