第三章 第十一話 園遊会後の波紋と、王都へ届く噂
第三章 第十一話 園遊会後の波紋と、王都へ届く噂
園遊会から一週間が経ち、学院にはまだその余韻が漂っていた。
特に、ヴァルロード領の平民用化粧品が「想像以上の品質だ」と話題になり、貴族子女の間では密かな交換会まで行われている。
「これ、ただの平民用じゃないわよね……?」
「香りも使い心地も、王都の品より上かもしれない」
そんな声を聞くたび、ユウは表情を変えず歩きながら内心で苦笑した。
(……あくまで領地向けの一般品なのに、ここまで話題になるとは)
その横で歩くリリスは、控えめに口元を押さえて笑っていた。
「ユウ様、最近また視線が増えましたね」
「気にする必要はありませんよ」
「……気にします。私の婚約者ですから」
小さく、しかし甘やかに。
以前なら絶対に口にしない言葉だが、今は違う。
彼女はもう、ユウの隣でだけは心を隠さない。
ティアはその後ろで、ぱちぱちと瞬きをしながらため息を飲み込む。
(……本当に仲が良すぎる……)
◇
園遊会で注目されたのは、化粧品だけではなかった。
領地の産業改革と治水の成果はすでに文書として王都へ提出されていたが――
「これ、本当に少年が考えたのか?」
「治水も産業も……あの年齢で?」
王都の役人たちは信じられないという顔で書面を広げていた。
中でも、女官たちの関心を強く引いたのが、ユウが出した 蜜蝋製品と平民用化粧品 の評価だ。
「王妃様にぜひ献上すべきです」
「肌荒れに悩まれておられたから……これは救いになるかもしれません」
王妃付きの侍女の間で、自然とそんな声が上がった。
まだユウの耳には届いていないが、王城では静かに騒ぎが広がりつつあった。
◇
学院。昼休み。
リリスは中庭のベンチでティアと共に座っていた。
ユウが担当教師と話しているあいだの、わずかな休憩時間だ。
「……ユウ様の領地、本当にすごいのですね」
ティアがぽつりと呟く。
園遊会で見た光景を思い出しているのだろう。
「はい。あの方は……少しだけ、努力の仕方が私たちと違うのだと思います」
リリスの声には柔らかな確信があった。
「殿下が婚約を破棄された時……私は、ただの“責務を果たすための令嬢”でしかありませんでした。でも……」
胸に手を当て、小さく息を吸う。
「今は違います。ユウ様が見てくださったおかげで……私はようやく、誰かに選ばれた自分を信じられるようになりました」
ティアは驚いて目を見開いたあと、微笑んだ。
「……リリス様。ユウ様の前だと本当に……可愛い方ですね」
「わ、私が? そんなこと……」
「はい。ずっと気づいていましたよ」
リリスは耳元まで赤くなり、反論しようとして――やめた。
その表情は、誰から見ても“恋する少女”のものだった。
◇
一方そのころ、王太子アルベルトは A クラスの仲間たちに囲まれ、陽気に談笑していた。
「殿下、園遊会の評判は素晴らしいものでしたよ」
「次期王としての風格が、ようやく形になられた」
彼は満足げに笑う。
ただ――周囲の称賛に混じって、別の噂も流れ始めている。
「グレイハルト公爵家は……すでに別の縁談を水面下で調整しているらしい」
「リリス嬢は、次期王妃の座からは外れることが確実だと……」
アルベルトはそれを耳にしても、もう気に留めない。
婚約破棄という“決断”が彼に歪んだ自信を与えてしまっていた。
(リリスのような堅苦しい女より……セレスティアの方が、俺にはふさわしい)
そんな思考は、日ごとに強まっていく。
◇
午後の授業が終わり、学院門を出る頃。
「ユウ様、今日のご予定は?」
「少し執務室へ寄って書類を確認します。その後は寮へ戻りますが……」
「でしたら……ご一緒してもよろしいでしょうか?」
ほんの少し目を伏せ、頬を染めて尋ねる。
人前では清楚で威厳ある公爵令嬢。
ユウの前では、どうしても本性が出てしまう。
「ええ、もちろん。リリス様と歩く時間は、僕にとっても嬉しいものです」
「……そういうところです。ずるいんです、ユウ様は」
甘い声で言いながら、彼の隣に立つ。
ティアはその後ろで、肩をすくめた。
(……本当に、早く公式に婚約発表した方がいい気がします)
◇
その夜。
王城の奥にある、王妃付き侍女たちの控え室では、ひとつの決定が下されていた。
「――王妃陛下に献上する“新しい化粧品”を、ヴァルロード伯爵家より取り寄せます」
最年長の侍女長が静かに言う。
「肌に悩まれている妃陛下には、最適かと。あの品質は、ただの平民用とは思えません」
「王妃様がお気に召されれば……王家として正式な評価を下すこともできますね」
「ええ。学院の園遊会で、あれほどの評判になった以上……放っておく理由がありません」
ユウの知らぬところで、ひとつの扉が開こうとしていた。
それは――
少年が初めて「王国から認められる瞬間」へ繋がる、静かな序章だった。




