第三章 第十話 園遊会の余韻と、それぞれの視線
第三章 第十話 園遊会の余韻と、それぞれの視線
春の園遊会から数日が経ったが、学院の空気はまだ冷めていなかった。
各領地が持ち寄った産品の展示。
その中で、ヴァルロード領の平民向け化粧品は特に注目を集め、帰宅後の貴族邸では「本当にあの領地の少年が監修しているのか?」という話題が飛び交った。
学院内でも当然その余波は続いている。
「……これがヴァルロード家の品か。確かに噂になるのも分かる」
「王都で買える“特別品”とは違うが、平民用とは思えない品質だな」
「二年であれは異常だ。伯爵家とはいえ、あの少年の手腕か?」
学生たちの囁きが、ユウを見るたびに生まれる。
当の本人はといえば、いつも通り落ち着いた様子で、必要以上に話題に乗ることはしない。
だがその静けさが、かえって周囲の注目を強めていた。
◇
一方、王太子アルベルトもまた、別の意味で注目を集めていた。
二年生への進級とともに、彼は A クラスへ昇格した。
そこに至るまでの努力も評価も、確かに“本物”だ。
園遊会での振る舞いもまた、「王太子としての威厳を取り戻した」と一部の貴族は好意的に受け取っている。
「殿下の演説は素晴らしかった。以前より格が増している」
「あれほど堂々と振る舞われるなら、次代の王として相応しい」
もちろん、その裏にある不穏な影――
婚約破棄の強硬や、セレスティアの影響――などは知らないまま。
アルベルトは、その称賛に気持ちよさそうに頷いていた。
「当然だ。俺は最初から王位に相応しい。ようやく周りが追いついてきただけだ」
その姿を遠目に見ながら、ユウは静かに視線を逸らした。
(……成長はしている。努力もしている。
ただ、それを導く声が問題なのだろう)
アルベルトの隣には常にセレスティアがいる。
彼女はさりげない微笑みで、王太子の誇りと虚栄心を巧妙に支えていた。
そして何より――
その二人の周囲に、以前はなかった数人の貴族子弟が集まり始めていた。
「殿下、今度我が家の行事にもぜひ……」
「アークロイド嬢も、ぜひご一緒に」
水面下で、縁談や派閥の形が変わり始めていた。
◇
学院の中庭。春の風がシーツのようにさらりと流れる午後。
ユウはリリスと並んで歩いていた。もちろんティアも後ろに控えている。
リリスは学園内では以前と変わらぬ品格を保っているが――
ユウの視線を感じると、ときどきほんの少し表情が緩む。
「……ユウ様、今日はその……いつもより視線が多くありませんか?」
「園遊会の影響でしょう。領地産業の話が広まりましたから」
「まあ……ユウ様は本当にすごい方ですね」
人前らしく控えめに言っているが、
声音はどうしようもなく甘い。
ティアは後ろで、小さくため息を落とす。
(……リリス様、完全にユウ様の前だと素が出ます……かわいいけど……)
公爵家の令嬢らしい威厳はある。
だがユウの隣だけは、少し年相応の少女に戻る。
「リリス様、視線が気になるなら位置を変えましょうか?」
「い、いえ! このままで結構です!」
慌てて否定するその反応が、また可愛い。
(ああ……好きなんだな、この人は)
ユウは胸の内でそう思った。
舞踏会の夜に伝えた気持ちは、彼の中でより確かなものとなっている。
◇
だが、平穏な時間は長くは続かない。
彼らが学園棟へ戻る途中、A クラスの一団が近づいてきた。
中心にいるのは――王太子アルベルト。
彼はリリスと目が合っても、以前のような敵意も無視も示さず、“興味がない”という顔で軽く視線を外す。
リリスもまた、堂々と微笑み返すだけだった。
もはや二人の間には、婚約者としての気配も、感情の波も残っていない。
セレスティアが少し小首を傾げてアルベルトに寄る。
「殿下、今日の講義の続きは……」
「ああ、あれは――」
談笑しながら通り過ぎていく二人。
そしてその周囲には、いつの間にか取り巻くように A クラスの貴族子弟たち。
その姿に、リリスは一瞬だけ瞳を細めた。
怒りでも嫉妬でもない。
ただ、かつての婚約者として知っていた“本来の王太子”との差に、ほんの少しの痛みが混ざっただけだ。
ユウはその変化を見逃さない。
「気にする必要はありませんよ」
「……していません。
ただ、殿下が本当に“ああいう道”を選ぶのだと実感しただけです」
「道は選べます。変えることもできる。
ただ――あなたがそこに戻る理由は、もうどこにもありません」
静かだが、揺るぎのない声。
リリスはふっと微笑む。
「……ユウ様は、時々ずるいことをおっしゃいます」
「そうでしょうか」
「ええ。そんなふうに言われると……
やっぱり、私はユウ様の隣にいたいと思ってしまいます」
他に人がいれば決して口にしない言葉。
ユウに向ける甘さは、彼だけのもの。
ティアは後ろでまたため息をついた。
(……いっそ微笑ましいですけどね……)
◇
一方その頃、学院の外では。
グレイハルト公爵家とヴァルロード伯爵家の間で、
“正式発表に向けた準備”が密かに進みつつあった。
まだ誰も知らない。
この春から始まる学院生活が、
やがて王国の未来を大きく揺らす序章になることを。




