第3章 第九話 園遊会 ― 若き才能が並ぶ春の庭
第3章 第九話 園遊会 ― 若き才能が並ぶ春の庭
学園の中庭は、年に一度だけ華やかな市へと姿を変える。
春の園遊会。
貴族子弟が自領を紹介し、平民の学生が未来の雇い主を探し、商会が新商品を披露する――
上級学年になればなるほど、この日がどれほど重要かを誰もが理解していた。
ユウ・ヴァルロードは、マリアと共に並ぶ簡易ブースの布を整えていた。
「……こうして見ると、立派に見えるものですね」
マリアが蜜蝋クリームの瓶をそっと並べながら言った。
「平民向けの商品だから、貴族用より簡素だけど……品質は領地で徹底してもらっているから、悪いものではないと思います」
ユウは控えめに返したが、並んだ瓶の質感は、明らかに“平民品としては不自然なほど高品質”だった。
蜜蝋は黄金色に輝き、クリームは淡い花の香りを帯びている。
材料はすべて領地で採れた蜂蜜と蜜蝋、植物油。
異世界ダイナリーで調べた「品質安定の温度管理」を、領地の職人が真面目に守った結果だ。
「ユウ様、そろそろ始まります」
マリアがひとつ結んだ赤毛を揺らし、整えた手袋で布を軽く払う。
ユウは頷き、ブース前に立った。
周囲には、各家の従者たちがずらりと並ぶ。
ブースはすべて学生の領地を示すもので、武具や木工品、焼き菓子などが整然と並んでいる。
(さて、どんな反応が来るかな)
その時だった。
さらり、と銀色の髪が陽光を受けて輝いた。
リリス・フォン・グレイハルトが、ティアを伴って会場に現れたのだ。
深い紅のドレスが春風に揺れ、気品を失わないままに周囲の視線をさらう。
王太子との婚約破棄から二ヶ月――
彼女はむしろ以前より落ち着きと輝きを纏っていた。
そしてユウの姿を見つけると――
ほんの一瞬だけ、誰にも気づかれないほど小さく微笑んだ。
(……かわいいな)
舞踏会以来、自分でも驚くほど彼女を見るだけで胸が温かくなる。
しかし、リリスはすぐに“公爵令嬢の顔”へ戻り、各ブースの視察へ向かった。
人前では甘くならない。
そのけじめが、むしろユウの胸を強くする。
◇
開会の合図が響き、人々のざわめきが一気に高まる。
「この蜜蝋、質が良いわね……」
「香りが柔らかい……平民向けでこのレベル?」
「蜂蜜の加工品、珍しいな」
ユウのブースにはすぐに令嬢や商人の子が集まり始めた。
特に反応が大きかったのは、若い貴族令嬢たちだ。
「これ……お肌がしっとりしますね!」
「どこで買えるんですか? 王都の店にはまだ並んでいませんよね」
「この香り……自然で上品……」
マリアが丁寧に説明するたびに、少女たちの目が輝いていく。
(母上――エレノア様の“化粧品の女王”としての影響もあるな)
王都の社交界では、エレノアが推奨した商品は必ず売れる。
その彼女が「ヴァルロード領の化粧品は信頼できる」と言ったのだ。
熱気が出るのも当然だった。
「ユウ様、こちらの方が試供品を……」
「はい、ありがとうございます」
マリアが滑らかな手つきで来客をさばく横で、ユウは控えめに笑みを返し続ける。
その光景を――遠くからリリスが見つめていた。
ティアがそっと囁く。
「お嬢様、先ほどからずっとユウ様を……」
「み、見ていませんわ。視察をしているだけで……」
リリスは頬を染めて否定するが、その視線は明らかにユウへ吸い寄せられていた。
(ユウ様……とても素敵……)
自分以外の令嬢と話す姿を見ると胸がざわつく。
でも、あの誠実な笑顔を誇りにも感じる。
(こんなにも誠実で、領地の人々に愛されて……
わたくしの、未来の……)
思考の続きを自覚し、リリスは小さく肩を震わせた。
◇
一方その頃。
「は、はじめまして……」
とても頼りない声が、ユウの背後から聞こえた。
振り返ると、小柄な平民少年――ルカが立っていた。
緊張のせいで全身がぎこちなく、手も少し震えている。
「えっと……その……ぼ、僕、この前の舞踏……じゃなくて……園遊会の、その……」
「落ち着いて話してかまいませんよ」
「……すみません……緊張すると、言葉が……」
ルカは情けないほど赤くなりながら、ぽつりぽつりと言葉を続けた。
「ゆ、ユウ様の……この商品……すごくて……
原価と売価の差が……きちんと計算されてて……
き、経費の内訳見たら……領地の収益が……」
急に数字の話になったかと思えば、また萎れる。
「い、いえ……その……僕……誰とも話せなくて……
でも……ユウ様に……お礼を言いたくて……
この前、助けてもらって……」
(ああ……このタイプか)
貴族が最も苦手とする“愛嬌がなく・貧相で・実務だけ優秀なタイプ”。
だが、この世界で“数字が読める平民”は極めて貴重だ。
「ルカ。君が困っていた時、少し声をかけただけですよ」
「ち、違います……あれが、僕にはすごく……」
泣きそうな目で俯く少年。
マリアが控えめに囁く。
「ユウ様、この子……悪い子ではありません。ただ、不器用すぎるだけで」
(うん、見れば分かるよ)
ユウは微笑み、言った。
「ルカ。もしよければ、このブースの手伝いをしませんか。
数字が得意なら、在庫管理を任せたいのですが」
「え……!? ぼ、僕が……?」
「無理にとは言いません。でも、君には向いていると思います」
するとルカは――子犬のように顔を輝かせた。
「……や、やります!! お願いします!!」
まるで生涯の夢が叶ったかのように。
(本当に分かりやすいな……)
ただし、こういう少年は“本物”だ。
◇
その瞬間、広場にざわめきが起こった。
「殿下がお越しだ!」
アルベルト王太子が、堂々とAクラス生の中心に姿を現した。
以前の傲慢さは影を潜め、背筋は伸び、歩みは威厳すら帯びている。
周囲にはセレスティアと複数の貴族子弟が付き従い、
彼はまさに「次代の王太子」としての風格を取り戻していた。
「殿下、こちらの領地は……」
「殿下、うちの家も学園祭での協力を――」
貴族たちが次々に取り入ろうと集まる。
アルベルトは堂々と返答しつつ、時折リリスの方へ視線を向けていた。
だがリリスは一切そちらを見ない。
公爵令嬢としての矜持が、それを許さない。
(ちょっと……胸が痛いのだけれど)
リリスは自分の胸の奥の感情に気づきながら、そっと視線をユウへ戻した。
ユウは相変わらず、蜜蝋を手にして来客へ丁寧に説明している。
(ああ……やっぱり……わたくしは……)
舞踏会での涙、廊下での告白。
ユウのその言葉と温もりが、今もずっと胸に残っている。
だから――
誰よりも誇らしげに、ユウを見つめることができた。
◇
園遊会は終日続く。
ユウのブースは“品切れ”寸前になり、教師も貴族も集まり、予想以上の成果となった。
そして――
リリスの視線が“幸せそうに揺れていた”ことに気づいていたのは、誰でもないティアだけだった。
(お嬢様……本当に、ユウ様がお好きなんだなぁ)
赤毛の従者は、小さく笑った。




