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『異世界ダイナリー〜創造神に選ばれた僕は、婚約破棄された公爵令嬢リリスを全力で幸せにします〜』  作者: ゆう
第三章 揺らぎ出す王都と、ひとつの恋心

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第三章 第八話 マリアの胸にひっそり宿る痛みと、微笑み

第三章 第八話 マリアの胸にひっそり宿る痛みと、微笑み


 春の午後は、学園の中庭に柔らかな光を落としていた。


 授業を終えた生徒たちが帰り支度を始めるなか、

 マリア・ベルモンドは静かにユウのカバンを受け取り、そのまま彼の歩調に合わせて歩いていた。


「ユウ様、本日はこのままお帰りの流れでよろしいでしょうか?」


「ええ。特に寄るところもありませんから」


 その声はいつも通り穏やかだった。

 だが、マリアの耳にはどこか、ほんのわずかな高揚が混じっているように聞こえた。


(……リリス様と、お話されたあと、ですね)


 今日の放課後、

 ユウとリリスは少しだけ席を外し、人気の少ない中庭へ向かった。


 帰ってきたユウの表情がやさしく緩んでいることに気づかないほど、

 マリアは鈍感ではない。


(あの方と話していらっしゃる時のユウ様は……本当に綺麗な顔をなさる)


 胸の奥がきゅっと痛む。


 けれど、その痛みは嫌なものではなかった。


 むしろ……誇らしさに近い。


 自分が仕える人が、誰かを大切に想えるほど成長している。

 それが、嬉しかった。


 ふと、リリスとティアが並んで歩いてくるのが見えた。


 リリスは、以前より少し柔らかい表情をしている。

 ティアは隣でそわそわと落ち着かず、リリスを見上げては顔を赤くしている。


「マリア様……こ、こんにちは……!」


「ええ、ティアちゃん。元気そうね」


 マリアが微笑むと、ティアはぱっと顔を輝かせた。


「り、リリス様に……“似合っています”って言っていただいたので……!」


「まあ、それはよかったですね」


 おそらく、ティアの新しいリボンのことだろう。

 そんな小さな変化を丁寧に拾い上げるリリスの優しさに、マリアは内心で頷いた。


(本当に……素敵な方)


 リリスはユウの存在に気づくと、小さく会釈した。


「ユウ様、先ほどは……ありがとうございました」


「いえ。僕の方こそ、お話できてよかったです」


 その一瞬だけ、リリスの耳がほんのり赤く染まった。


 その様子を見て、ティアが視線を泳がせている。

 “きゃーっ”と叫びたいのを必死で抑えている顔だ。


(……ああ、本当に。可愛らしい組み合わせですね)


 胸がきゅ、と鳴った。


 けれど、マリアは笑った。


 だって――この光景はとても美しかったから。


 並んで歩くふたりを見ていると、

 どうしてか涙が出そうになるほど、心があたたかく満たされた。


「マリア」


 ユウが振り返って呼ぶ。


「帰りは三人で並びましょう」


「……はい、ユウ様」


 マリアは静かに返事をした。


 


 少し前まで、

 ユウの隣に立つ女性は自分だけだった。


 幼い頃からずっと仕えてきて、

 朝も夜も一番近くにいて、

 何より――彼の秘密を知る唯一の存在だった。


 今は、その場所にリリスがいる。


 ティアもいる。


 ユウは世界を広げ、隣に立つ人を選んでいく。


(……それで、いいのです)


 本当にそう思っていた。


 それでも。


 ほんの少しだけ――ほんの少しだけ、胸が痛かった。


     ◆


 帰り道。

 ティアがリリスの袖を引き、小さな声で囁いた。


「り、リリス様……!すごかったです……!

 さっき、ユウ様と……すごく、楽しそうで……!」


「ち、違います。

 私は別に……その、普通にお話していただいただけで……」


 リリスは頬を赤らめ、目をそらした。


 その様子を見て、ユウは小さく笑う。


「リリス様。そんなに慌てなくても……誰も誤解しませんよ」


「そ、そういう言い方は……ずるいです……!」


 可愛い。


 マリアは歩きながら、そっと視線を落とした。


(……ユウ様。

 リリス様といると、とてもいい表情をなされるわ)


 胸の奥がじんわりと熱くなる。


 でも、その熱は苦しいだけではない。

 どこか、心地よい温かさを孕んでいた。


 


 ティアが後ろからマリアの袖を引いた。


「マリア様……あの……ユウ様、幸せになりますよね……?」


 その問いは、まるでマリアの胸の奥を読み取ったかのようだった。


 マリアは柔らかく微笑んだ。


「ええ。

 ユウ様は、きっと幸せになります。

 そして……リリス様もね」


「……はいっ!」


 ティアの弾んだ返事に、マリアはそっと息をついた。


 


(――この気持ちは、胸の奥にしまっておけばいい)


(私は専属メイド。

 あの方の未来が晴れやかであれば、それで十分)


 そう思える自分が、少しだけ誇らしかった。


 


 この日、マリアは初めて“恋を胸にしまう痛み”を知った。

 そして同時に、その痛みを抱えたまま微笑む強さも知った。


 それは――

 彼女自身が静かに成長し始めた証だった。


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