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『異世界ダイナリー〜創造神に選ばれた僕は、婚約破棄された公爵令嬢リリスを全力で幸せにします〜』  作者: ゆう
第二章 秩序の学園と崩れゆく誓約

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第二章 秩序の学園と崩れゆく誓約 第二十話 揺れる心と、静かな夜の鼓動

第二章 秩序の学園と崩れゆく誓約 第二十話 揺れる心と、静かな夜の鼓動


 グレイハルト公爵邸の夜は、王城とはまったく違う空気をまとっていた。


 舞踏会の喧騒が嘘のように静かで、広い玄関ホールには灯火がいくつも揺れている。

 その光の中で、リリスは深く息を吸い、胸元をそっと押さえた。


 ――好きな人が、あんなふうに踏みにじられるのは、見ていて気持ちのいいものではありません。


 夕刻、王城の回廊。

 ユウがそう口にした声は、まだ耳の奥に残っていた。


 あれは比喩ではない。

 曖昧な慰めでもない。


 はっきりと、“好きな人”と言った。


「……どうして、あの時にそんな言葉を」


 呟きは、誰にも届かないほど小さい。


 胸が苦しく、息が整わないのに、心の奥が温かくて落ち着かない。

 その矛盾した感覚が、今も身体の中心で渦を巻いていた。


「リリス様、こちらへ」


 控えめな赤毛の従者――ティアが、落ち着いた声で案内する。

 舞踏会のあとの混乱を避けるため、公爵夫妻より先に帰宅させられたリリスのために、ティアはずっと寄り添っていた。


 普段よりも表情が固いリリスを見て、ティアは心配そうに眉を寄せる。


「……お身体は大丈夫ですか?」


「ええ。少し、考えたいだけです」


 リリスは微笑を作る。

 それでもティアは、彼女が“作っている笑顔”であることを見抜いているようだった。


「舞踏会でのこと……私には、かける言葉がありません。ですが――」


「いいのよ、ティア。あなたのせいではないわ」


 即座に首を振る。そのとき、胸の奥がまた波打った。


(あの時……本当に、泣いてしまったのね、私)


 王太子からの婚約破棄。

 皆の前で与えられた屈辱。

 そして、その直後に――ユウが差し伸べた手。


 泣きたくなかったのに。

 王太子妃としての姿を守りたかったのに。


(……でも。)


 あの腕の中では、もうどうしようもなかった。


 彼がかけてくれた言葉――

 ひとつひとつが胸に刺さって、誤魔化せなかった。


 ユウ様は、私を……好き、と……


 改めてその事実を思うだけで、頬に熱がこもる。


「リリス様?」


 ティアがそっと覗き込む。

 慌てて表情を戻し、リリスは小さく首を振った。


「……なんでもないわ」


「本当に……?」


 ティアの声が震える。

 それが心配から来ているものだと分かった瞬間、胸の痛みとは違う温度が広がった。


「ええ、本当に。あなたこそ、気に病まないでね」


 優しく言うと、ティアは目を潤ませて頷いた。


 リリスは自室へ戻り、侍女にドレスを脱がせてもらうと、深紅の室内着に着替えた。

 暖炉の火が揺らめき、静かな明かりが壁に淡い影を落としている。


 ひとりになると、押し込めていた感情が一気に溢れそうになった。


「……ユウ様のせい、ですね」


 呟く。


「こんな夜に……“好き”なんて、言うから」


 言いながら、胸の奥がじんと熱くなる。

 泣きそうになるのとは違う。

 苦しいけれど、同時に心地よい余韻。


(どうして……あんなふうに支えてくださるの?)


 王太子妃という“役目”を失った直後、

 ユウはリリスを“ひとりの女の子”として扱ってくれた。


 あの廊下で言われた最後の言葉が、焼きついて離れない。


 ――勝手に手放された宝物を、ちゃんと見ている人間もいた


「……そんなふうに言われたら……」


 火の揺れを見つめながら、そっと目を伏せる。


「忘れられるはずが……ありません」


 胸の奥で、何かが静かに脈打つ。


 アルベルトへの想いは、もう残っていない。

 そもそも恋ではなく、義務と教育によって与えられた関係だった。


 でも――ユウに向けて感じているこれは、違う。


 思い出すのも、言葉を受け取るのも、心が震えるのも。


(私……)


 声にならない思いが胸に広がる。


 好き、なのだと。


 しかし同時に、怖さも湧いてきた。


 ユウは貴族の嫡男で、優秀で、真っ直ぐで……

 そのうえリリスを気遣い、傷ついた心に寄り添ってくれた。


(……私が、あの人に相応しいの?)


 婚約破棄された令嬢。

 公の場で恥をかかされた娘。

 明日からはきっと、王都中に噂が流れる。


 そんな自分が、彼の隣に立っていいのだろうか。


 胸の奥の温かさと、自分への不安が入り交じり、リリスは複雑な吐息を漏らした。


「……ユウ様は、本当に……」


 “ずるい”と言いたかった。


 でも、その言葉にはもう少しだけ、別の意味も混ざっている。


「……困った方、です」


 思わず微笑む。

 涙ではなく、自然に浮かんだ微笑みだった。


 暖炉の火が静かに揺れ、夜は深まっていく。


 舞踏会で失ったものは大きい。

 けれど、そこにひとつだけ、誰にも知られていない形で置かれたものがあった。


 ――新しい始まり。


 その中心に立つ少年の姿を思い浮かべながら、リリスは目を閉じた。


「……おやすみなさい、ユウ様」


 その囁きは、静かな部屋にそっと溶けていった。


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