第二章 秩序の学園と崩れゆく誓約 第二話 筆記試験 ― 理性と記憶の差
第二章 秩序の学園と崩れゆく誓約 第二話 筆記試験 ― 理性と記憶の差
王立高等学園、第一講義棟三階。
静まり返った教室に、紙をなぞる音だけが流れていた。
誰かが息を大きく吸い、誰かが小さく唸る。
緊張で固くなった指が、何度もペンを持ち替える音さえ、妙に大きく響く。
ユウは目の前の問題用紙を淡々と追いながら、ひとつずつ解答を書き進めていた。
「王国歴三百六十二年に制定された貴族法において――」
そんな文章を目でなぞりながら、過去に学んだ知識を整理する。
(これは……施政権の分割に関する条文だな。答えは三番)
王国史は単なる暗記では済まない。
年号と事象だけでなく、その背景にある意図まで理解していなければ、正確には答えられない設問が並んでいる。
だがユウにとって、それは難題ではなかった。
視線を上げ、周囲の様子をそれとなく観察する。
手が止まっている者。
眉を寄せている者。
逆に、焦るようにペンを走らせる者もいる。
速さと正確さは別だ。
焦りは、たいてい文字に現れる。
ユウは再び問題に視線を戻した。
そして、最後の設問に差しかかる。
⸻
【設問】
王国経済を揺るがす資源について答えよ。
その価値、用途、流通への影響を踏まえ、最も危険性の高い資源を一つ挙げ、その理由を述べよ。
⸻
(王国経済……資源、か)
ユウはすぐにはペンを動かさなかった。
一度、視線を問題文から外し、天井を見上げる。
鉄か。
穀物か。
それとも宝石か。
どれも国家にとっては重要だ。だが「最も危険」となると意味合いが変わる。
(軍備か、生活か……だが“揺るがす”というのは、即時性と広域性の両方を指している)
鉄が止まれば剣は減る。だがそれは段階的だ。
穀物も重要だが、代替は存在する。
しかし――
(保存と流通、その両方を同時に支えているものは……)
思い浮かんだのは、塩だった。
肉を腐らせないための塩。
魚を遠くへ運ぶための塩。
冬を越すための塩。
そして何より、貴族も平民も等しく口にするもの。
(これが滞れば都市は立ちゆかない。軍も動かない。しかも気づいたときには、すでに遅い)
静かにペンを握る。
「最も危険性の高い資源は塩である。
塩は食料保存に不可欠であり、肉・魚・野菜の長期流通を可能にする基盤資源である。
供給が途絶えた場合、都市の食料供給は即座に不安定化し、軍の補給能力も著しく低下する。
また、塩は日常消費に直結しており、その価格変動は即座に民の生活へ影響する。
ゆえに流通の支配は、国家の安定を左右する行為に等しい。
塩は静かだが、確実に王国の命脈を握る資源である」
書き終え、ユウは視線を落としたまま小さく息を吐いた。
(派手ではないが、本質的な支配力を持つ。それに気づけるかどうか……そこを見ているんだな)
⸻
ふと、斜め後ろに目を向けると、汗をにじませながら必死に文字を綴る少年の姿があった。
平民らしい服装。だが、その目は真剣そのものだった。
(ここに来るまで、相当な覚悟だったんだろうな)
貴族は与えられている。
だが、それ以外の者は、奪い取らなければならない。
その事実を、ユウは静かに受け止めた。
《異世界ダイナリー》
【答案完成率:92%】
【評価傾向:上位確定】
(あとは、実技だな)
机を軽く見つめる。
試験という名の選別は、まだ終わっていない。
だがユウの中には確かな感触があった。
ここは、結果だけで決まる場所だ。
言葉でも血筋でもなく、「積み重ね」で決まる場所だと。




