幕間 微熱の夜と、静かなぬくもり
幕間 微熱の夜と、静かなぬくもり
夕暮れの離れは、いつもより静かだった。
机に向かっていたユウは、何度か瞬きをしてから小さく息を吐く。
視界がわずかに揺れていて、頭の奥がぼんやりと熱を持っているのが分かった。
(……少し、熱がある)
昼間の詠唱訓練では集中できていたものの、終わった途端に身体の重さがはっきりと意識に浮かんできた。
「ユウ様……お顔が赤いです」
マリアが心配そうに近づき、そっと額に手を当てる。
「少し熱があります。無理をなさらないでください」
「大丈夫です。ただ、なんとなく身体が重いだけです」
そう言ったものの、立ち上がった瞬間、足元が少しふらついた。
マリアは慌てて支える。
「今日はもう、訓練は中止にしましょう。お休みください」
「……分かりました」
素直にそう答えたのは、自分でも少し意外だった。
⸻
夜。
布団に入っても、なかなか眠れなかった。
身体は熱を持ち、意識だけがぼんやりと浮いたまま。
普段ならすぐに眠れるはずなのに、今日はどうにも落ち着かない。
(……眠れないな)
小さく身をよじったとき、扉の向こうで足音がした。
「ユウ様……お加減はいかがですか?」
マリアの声が、いつもより柔らかい。
「少し、眠れなくて……」
「お側にいてもよろしいですか?」
ユウはほんの少しだけ考え、それから小さく頷いた。
「……お願いします」
⸻
マリアは静かに近づき、枕元に膝をつく。
「大丈夫ですよ。ここにいます」
その声は、とても穏やかだった。
「寒くはありませんか?」
「少しだけ……」
そう答えると、マリアはそっと布団を整え、躊躇いながらも小さく身体を寄せた。
あくまで、看病としての距離。
けれどそこには確かな温もりがあった。
⸻
「……あたたかいですね」
「それはよかったです」
マリアは小さく笑う。
「お熱がある時は、眠れなくなるものです。ですので、ここにいさせてください」
「迷惑ではありませんか?」
「迷惑だなんて……そんなこと、思ったことはありません」
その言葉には、飾り気のない本心が滲んでいた。
⸻
ユウはぼんやりと天井を見つめながら、ぽつりと呟く。
「……少しだけ、安心します」
「そう言っていただけるなら、嬉しいです」
マリアの声は、静かで柔らかくて、どこか落ち着く。
その温もりと声に包まれているうちに、身体の力がゆっくりと抜けていった。
⸻
「ユウ様、眠れそうですか?」
「……はい。もう、大丈夫です」
「よかったです」
そう言って、マリアはそっと頭を撫でる。
その仕草が、ひどく自然で、優しかった。
⸻
やがてユウの呼吸は穏やかになり、規則正しく寝息が聞こえ始める。
マリアはその様子を確認し、小さく息を吐いた。
(熱はありますけれど……苦しそうではありませんね)
そっと布団を整え、静かに身を引く。
だがしばらくは、その場を離れなかった。
⸻
翌朝。
目を覚ましたユウは、少しだけ身体が軽くなっているのを感じた。
「……マリア?」
視線を向けると、椅子に座ったまま、うとうとしているマリアの姿があった。
「……ずっと、いてくれたんですね」
小さくそう呟く。
昨日の夜の温もりを思い出しながら、ユウはほんの少しだけ、柔らかい表情を見せた。
⸻
誰かに甘えるという感覚。
それは彼にとって、まだ慣れないものだった。
けれど不思議と、悪くはなかった。




