第24話 養蜂開始 ― 黄金が息づく場所
第24話 養蜂開始 ― 黄金が息づく場所
その土地は、正式にユウ・ヴァルロードに与えられた。
領主である父オルグレインから直接、特別な管理権とともに。
「この地はお前に預ける。
ヴァルロード領の一部ではあるが、運用はすべて……お前の判断に任せよう」
静かだが、重みのある言葉だった。
八歳の少年に土地を託すなど、前例はない。だが誰ひとりとして異を唱えなかった。
今までの実績が、物語っていた。
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丘の上。
森と草原の狭間、小川のせせらぎが静かに流れ、白や淡紫の花々が風に揺れている。
ユウはゆっくりと一歩踏み出し、風の流れを確かめるように目を細めた。
「……いいですね」
穏やかな声だったが、その瞳は、明らかに“研究者”のものだった。
「風はやさしいし、北からの冷気も木が遮ってる。
朝はちゃんと日が差すし、昼は木陰ができる……過ごしやすい」
膝をつき、草に触れる。
「湿りすぎてもいない。水も近い。
この辺り一帯、蜜の花が途切れません」
顔を上げ、遠くの花畑に視線を向けた。
「蜂は、無理をしない環境じゃないと落ち着けないんです。
ここなら……安心して働けると思います」
ほんの少し、楽しそうに口元が緩む。
「巣は東南向きで並べましょう。間隔はこのくらいで……
人の通りも少ないし、悪くなる理由が見当たりません」
その様子を見つめながら、職人たちは言葉を失っていた。
まるで蜂の気持ちを代弁しているかのような少年の姿に。
視界の端には、淡く浮かぶ文字。
《異世界ダイナリー》
【養蜂適地:最上位評価】
【特殊副産物候補:王族用滋養物 ― ロイヤルゼリー】
(……やっぱり、ここだ)
蜜だけでは終わらない。
この地は、いずれ王族すら渇望する“極致”を生む。
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「ここに養蜂地を設けます」
ユウの声に集められた者たちが背筋を正した。
選び抜かれた職人たち――今日から彼らは“養蜂団”となる。
「蜂は、ただの野生ではありません。
管理する家畜です。 巣も、蜜も、環境も……すべて我々の手で整えます」
ざわめきが走る。
「ですから、この地は最高機密です。
許可なき立ち入り、持ち出し、情報の口外……すべて厳禁とします」
柵が築かれ、巡回兵が配置され、夜は魔導灯が灯る。
やがてこの場所は、誰ともなく**“ヴァルロードの聖域”**と呼ばれるようになった。
「ここまでやるとはな……」
オルグレインが苦笑する。
「価値のあるものほど、最初が肝心です。父上」
落ち着いた声。しかし、その中に揺るぎはなかった。
⸻
巣箱が設置される。
均一な規格の木箱――この世界では見たことのない構造。
間隔も高さも方向も、すべてユウの指示どおり。
香草を敷き詰め、静かに待つ。
やがて――
ぶうん……
羽音が風に溶けて響く。
黄金の小さな影が花から花へと舞い、迷うことなく巣箱へと吸い寄せられていく。
「……来た」
誰かが呟いた。
ただユウだけが、じっとその光景を見つめていた。
(ここからだ。王族が渇望する“滋養の極致”が生まれる)
⸻
数日後。
最初の蜜が、ゆっくりと巣から滴り落ちた。
琥珀色。
艶やかで、澄んだ光。
指先にすくい、そっと口に運ぶ。
甘い。だが軽くない。
花の命が、静かにほどけていく。
「……成功です。
皆、よくやってくれました」
短い言葉に、養蜂団から安堵の息が漏れた。
オルグレインもそれを味わい、目を見開く。
「これは……私の知る蜂蜜ではない。
まるで花園そのものだ」
だが――
ユウの視線は、さらに先を見ていた。
ダイナリーに浮かぶ文字。
【未生成:ロイヤルゼリー】
条件:女王個体安定・循環経路確立
(まだ先。でも、確実に生まれる)
蜜の奥に眠る、“女王の糧”。
肌も、血も、精神すらも若返らせる奇跡の滋養。
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夕暮れ。
橙色の光の中、蜂たちが静かに舞う。
黄金の庭のように輝く巣箱を眺めながら、ユウは小さく息を吐いた。
「……守り抜こう」
それは静かな誓いだった。
やがて王都は知ることになるだろう。
ヴァルロード領には、
ただ甘いだけでは終わらない“奇跡”が息づいているということを。
それは、王族すら頭を垂れるほどの価値へと――
静かに、確実に育ち始めていた。




