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『異世界ダイナリー〜創造神に選ばれた僕は、婚約破棄された公爵令嬢リリスを全力で幸せにします〜』  作者: ゆう
第一章 異世界ダイナリー ― 黄金が静かに根を張る

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第23話 家族会議編 ― 美が“個人”から“領地”へ変わる日

第23話 家族会議編 ― 美が“個人”から“領地”へ変わる日


 応接間の窓からは、穏やかな午後の陽が差し込んでいた。

 だがテーブルの上に積み上げられた封書の山は、その静けさとは裏腹に、社交界の生々しい欲望の「熱」を確かに帯びている。


「……これで、今日だけで十五通です」


 エレノアは苦笑しながら、封蝋を外した手紙へと視線を落とした。


「どれも、『どのような手入れをしているのか』『ぜひ分けてほしい』……ふふ、まるで私が不老の秘薬でも隠し持っているみたいですわ」


 対するオルグレインは、腕を組みながら静かに唸る。


「笑い事ではないな、エレノア。これはすでに噂では済まん。王都の貴族全体が、好奇心という名の視線を向け始めている」


 その言葉とともに、視線は自然と向かいに座るユウへと移った。


「ユウ。お前の知識が原因なのは理解している。だが――このまま個人の秘法として囲い込むのは、あまりにも危うい。どう考えている」


 室内に、わずかな緊張が降りる。


 ユウは一度だけ深く息を吸い、静かに、しかし確かな声で答えた。


「危険なのは、秘匿することです」


 即答だった。

 子供の言葉ではなく、領を背負う者の判断だった。


「情報は必ず漏れます。そして隠せば隠すほど、それは『得体の知れない禁忌』になり、憶測と欲望を煽ります。

盗難、模倣、強要――その先は争いです」


 オルグレインの眉が、わずかに動く。


「ならば、どうする」


「我々の手で、管理し、広げます」


 ユウの声音は揺れない。


「個人の秘術ではなく、ヴァルロード家が責任を持つ『産業』として確立するべきです。

配分も、流通も、品質も、すべて我々の管理下に置く。その方が秩序を守れます」


 エレノアは静かに頷いた。


「……民のためにも?」


「はい。母上だけの美で終わらせるべきではありません。

安全で正しい形で、領地の価値として育てるべきです」


 その言葉に、彼女の目がやわらかく揺れる。


「あなたは……いつも私のことを、まるで最高級の素材のように扱いますね」


 冗談めいた調子だったが、そこに責める響きはない。


「ですが、悪い気はしません」


 エレノアは小さく微笑み、再び積まれた手紙の山に視線を戻す。


「では、どう分けるのですか? この無秩序な問い合わせすべてに応えるわけにはいかないでしょう」


 ユウは少し考え、はっきりと告げた。


「二系統に分けます」


「二系統……?」


「領民向けの普及品と、貴族向けの特級品。この階層を明確にします」


 オルグレインがゆっくりとうなずく。


「価値と秩序を守るため、か……」


「はい。ただし、貴族向けは条件付きにします」


 ユウの視線が、母へと向く。


「母上、あなたの紹介がある者のみ、貴族版の購入を許可します」


「私の紹介を?」


「信頼の証です。誰にでも渡るものではないと明確に示せます。そして同時に、母上の社交界における影響力を正しく可視化できます」


 一瞬の驚きの後、エレノアはゆっくりと微笑んだ。


「……責任重大ですわね。まるで、美の保証人」


「ですが、それが最も安全で、最も品位ある形です」


「ふふ……ええ、受けましょう」


 その言葉に、オルグレインは静かに続けた。


「産業化するなら、工房、職人、流通網、すべてを整えねばならん。その覚悟はあるのだな、ユウ」


「あります」


 迷いはなかった。


 そして、ユウは最後にこう結んだ。


「これは、一過性の流行ではありません。

未来永劫、ヴァルロード領の富の源泉となる、揺るがぬ『柱』を築く――その礎を、今ここに置きます」


 空気が変わった。

 それは確かに「決断の瞬間」だった。


 エレノアの美は、

 もはや個人のものではなく、

 ヴァルロード領そのものの象徴へと姿を変えようとしていた。



 オルグレインが深くうなずく。


「よかろう」


 そして、静かに、しかし重く宣言した。


「ヴァルロード家は――美を、領地の礎とし、正式な産業とする!」


 その一言は、

 一つの家の方針であり、

 やがて王都すら動かす、大きな潮流の始まりだった。

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