第二十一話 触れてはいけない距離
第二十一話 触れてはいけない距離
華やかな楽の音が満ちる王宮の広間で、笑い声が波のように広がっていく。
祝福の中心であるはずの少女は、その喧騒から切り離されたように、壁際に静かに佇んでいた。
王太子の婚約者であり、この夜の主役の一人でありながら――
誰の輪にも属さず、ただそこに「存在」している。
銀糸のような髪がやわらかく肩に流れ、灯りを受けて淡く光る。
その横顔は息を呑むほどに整っているのに、どこか不安げで、あまりに儚い。
(……ひどい扱いだ)
少し離れた場所から、その姿を見つめるユウの胸に、静かな怒りが滲んだ。
王太子は、祝われるべき夜だというのに、
彼女の隣にいることすらせず、別の貴族子弟と無邪気に騒いでいる。
(リリス様を『つまらない女』だと評した、あの傲慢な言葉が脳裏をよぎる)
そんな言葉が、本当に似合う相手なのだろうか。
(違う……絶対に、違う)
彼女はただ、静寂を纏っているだけだ。
まっすぐで、誠実で、無理に場に合わせないだけだ。
そして――
美しい。
それは単なる外見の話ではなかった。
控えめで、けれどどこか芯がある佇まい。
誰にも寄りかからず、ただその場に存在している姿。
(……見惚れるなという方が無理だ)
**思考が命令するよりも早く、**ユウの足は動き出していた。
転生者として築き上げてきた理性の防波堤が、目の前の衝動によって一瞬で突き破られた瞬間だった。
――触れてはいけない。
――近づきすぎてはいけない。
そう理解していながらも、止まらない。
⸻
「リリス様」
穏やかに、だが確かに届く距離で声をかける。
リリスは小さく驚いたように顔を上げた。
「ユウ……様」
互いの立場を理解しているからこそ、その距離は保たれている。
けれど視線は、自然と重なった。
「お加減は……よろしいですか」
問いは控えめで、押しつけはない。
「……はい。ありがとうございます」
微笑はあるが、その奥にかすかな疲れが見える。
(やはり……この方も、無理をしている)
そう伝えたい衝動を、ユウは飲み込んだ。
それは越えてはいけない一線だと、強く理解している。
⸻
「ユウ様は、とても落ち着いていらっしゃいますね」
「そう見えるだけです。内側は、案外騒がしいものですよ」
それは、半分だけ真実だった。
――あなたの前では、特に。
リリスは少しだけ微笑んだ。
「不思議です……あなたと話していると、少し、呼吸が楽になります」
その言葉に、胸の奥がわずかに熱を帯びる。
だが、それを表に出すことはない。
互いに、分かっている。
立場が、距離を許さないことを。
⸻
遠くで王太子の声が響く。
「リリスー、何してんだよ」
視線が一瞬そちらへ向く。
「……すぐ戻ります」
「はい。どうぞ」
名残惜しさを、言葉にはしない。
それが、この関係の“正しさ”だった。
⸻
リリスが去ったあとも、ユウはしばらくその場所に立ち尽くしていた。
(……もう、抗えないな)
この衝動を「恋」と呼ぶのは容易い。
だが、それはもっと重い。
王太子の婚約者であれ、この運命からは、もう逃げられない。
だからただ、守ると決めた。
彼女の立場も、尊厳も、笑顔も。
その覚悟だけが、心を支えていた。
⸻
一方、リリスもまた。
(どうして……こんなにも気になるのでしょう)
それは恋ではない。
けれど確かに、忘れられない距離感だった。
王太子の隣に戻りながらも、視線は無意識に一度だけ振り返っていた。
⸻
近づけないと知りながらも、惹かれてしまう。
その矛盾こそが、
この物語の始まりだった。
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツによる優雅なる番宣
ごきげんよう。
この物語世界に咲き誇る、気高き悪役令嬢――
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツでございますわ。
本日は特別に、
わたくし自らが「今、読むべき作品」をご紹介いたしますの。
その名も――
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『異世界ダイナリー〜創造神に選ばれた僕は、婚約破棄された公爵令嬢リリスを全力で幸せにします〜』
⸻
過労死という不憫な最期を迎えながらも、
創造神に見初められ、異世界へと導かれた青年……ユウ。
彼が授かったのは、
あらゆる異世界知識と未来の可能性を内包する
とんでもなく反則級な神器――
《異世界ダイナリー》。
ですが本作の本質は、
知識や能力だけではございませんの。
婚約者である王太子に冷遇され、
やがて婚約破棄される運命にある
可憐なる白百合――
公爵令嬢リリス・フォン・グレイハルト。
その彼女に、
“触れてはいけないはずの想い”を抱いてしまったユウ。
理性で抗い、立場を理解し、それでもなお――
守ると決めた少年の覚悟。
ふふ……
これはもう、ただの恋ではございませんわ。
「運命ですの。」
禁断で、美しく、そして切ない――
けれど確かに、温かい。
そんな関係が、ゆっくりと、確実に育っていくのです。
⸻
ちなみに、この作者様……
わたくしエリザベートが主役の
『悪役令嬢になりたいのに、全部善行扱いされてしまうんですが!?』
という、
気品・知略・カリスマすべてを兼ね備えた
完璧令嬢の活躍譚も手がけておりますのよ?
当然、どちらも読まないという選択肢は
存在いたしませんわよね?
⸻
さあ、皆さま。
剣と魔法の世界で紡がれる
“選ばれし少年”と“傷ついた令嬢”の物語。
どうかその行く末を、
見届けてあげてくださいませ。
そして――
誇り高き悪役令嬢の物語も、お忘れなく。
ごきげんよう
また物語の中で、お会いいたしましょう。




