第十九話 異世界ダイナリーと、八歳の現在地
第十九話 異世界ダイナリーと、八歳の現在地
ユウ・ヴァルロードは、八歳になった。
離れの窓から差し込む朝の光が、静かに床を照らしている。
鳥の声すら控えめに感じられるほど、空気は澄んでいた。
いつも通り呼吸を整え、ユウは異世界ダイナリーを開く。
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《異世界ダイナリー 起動》
【個体名:ユウ・ヴァルロード】
【年齢:8】
身体状態:良好
精神状態:安定
成長速度:極めて高い
【身体能力】
筋力:同年代比 約三十倍
持久力:極めて高い
反射速度:非常に高い
体幹:完成域に近い
【魔力評価】
総魔力量:宮廷魔術師平均の約三倍
循環効率:極めて良好
魔力純度:非常に高い
浪費率:極小
【総合判定】
既存教育体系から逸脱
推奨:隠蔽・調整の継続
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「……想定通り、か」
短く息を吐き、ダイナリーを閉じる。
数値はすでに驚くものではない。それは、時間と努力の積み重ねに過ぎない。
だが同時に、その積み重ねが確かな「差」となっているのも事実だった。
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◆ 剣の鍛錬 ◆
庭では、老騎士レオグランが静かに待っていた。
年齢を重ねながらも、剣への信念を失わぬ男。
「若様。参りましょう」
木剣を手に、ユウは構える。
踏み出し。
斬撃。
流れ。
止め。
一連の動作は、もはや“練習”という言葉を超えつつあった。
鍛錬が終わり、レオグランは深く息を吐く。
そして静かに、だが確かな敬意を込めて言葉を紡いだ。
「……若様。
まさかこれほど純粋で、雑味のない剣を……そのお歳で体得なされているとは」
視線には、剣士としての誇りと感嘆が宿っていた。
「踏み込みに一切の迷いがなく、力の奔流を御する術もあまりに巧み。
老骨ながら、言葉を失いました」
一度、ほんの僅かに頭を下げる。
「不足しているのは、実戦の重みのみ。ですが、それは時が解決いたしましょう。
剣士として……まこと、末恐ろしいほどの御成長でございます」
その言葉は賞賛ではない。
確かな評価だった。
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◆ 魔術の授業 ◆
午後、魔法家庭教師セリオスが訪れる。
彼が教えるのはあくまで初級魔術のみ。それ以上は各家の秘伝である。
「若様、本日は基礎詠唱の復唱をお願いいたします」
ユウは静かに詠唱を行う。
炎が生じる。
揺らぎなく、過不足もない。
セリオスは小さく頷いた。
「……大変よろしいです。
発音も整っており、詠唱も極めて丁寧でございます」
一拍置いて、静かに続ける。
「これ以上、私からお教えできることはございません。
今後はヴァルロード家の方針に従い、御研鑽なさるのがよろしいでしょう」
それは「到達」を意味する言葉だった。
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◆ 再確認 ◆
夜、静かな離れで再び異世界ダイナリーを開く。
【外部評価記録】
剣:老騎士レオグランより
「末恐ろしい御成長」
魔術:初級詠唱 習得完了
次段階:家系秘伝領域
【将来予測】
剣術・魔術 両立高位型
王都での注目度 上昇傾向
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「……やはり、周囲の目が変わり始めているか」
その事実に気づいてもなお、少年の瞳に迷いはなかった。
むしろ静かに、確信が深まっていく。
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夕闇が迫る空を見上げ、ユウは静かに自らの胸に問いかける。
守るべきものがあり、
決して譲れぬ矜持がある。
そして何より――
この奇跡のような「二度目の生」を、誰よりも自由に、貪欲に遊び尽くしたいという渇望があった。
それは傲慢ではない。
かつてを知る者だけが抱く、純粋な探求心から来る衝動だった。
過去を知るからこそ、今を無駄にはできない。
この世界を、徹底的に味わい尽くしたい。
剣も、魔法も、生き方も。
すべてを、自分自身の意思で選び取りたい。
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その視界の隅に、淡い光が差す。
静かに浮かび上がる文字列。
《異世界ダイナリー》
それは祝福でもあり、枷でもあり、導きでもある存在。
だが今はただ、彼の歩みを見守る記録だった。
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【評価更新】
段階:基礎完成
次フェーズ:実戦準備
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ユウ・ヴァルロード、八歳。
剣も、魔法も、精神も。
すでに彼は――
“未来を選ぶ側の人間”となりつつあった。




