第十四話・月光の花の、その先へ
第十四話・月光の花の、その先へ
本邸の水場には、静かな緊張が満ちていた。
ユウが設置した濾過装置の前で、父オルグレインは腕を組み、その様子をじっと見つめている。
濁った水が木枠の上から流され、何層もの素材を通って落ちていく。
やがて器に溜まった水は、誰の目にもはっきりと「きれいだ」とわかる状態になっていた。
「……見事だな」
低く、それでいて確かな声だった。
「雨の日でも、このくらいになります」
ユウは落ち着いて答える。
「屋敷の水場で使おう。必要なら数を増やす」
「承知しました」
それだけで十分だった。
無駄な言葉は要らない。だが互いに納得していることは伝わっていた。
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ただ、その場にいた母エレノアの視線は、水ではなく、別のものを追っていた。
「ユウ、少しだけこちらへ」
そう言って、廊下の方へと歩き出す。
人の気配が薄くなる場所まで来て、エレノアは静かに口を開いた。
「……あの子の髪、とてもきれいになりましたね」
「マリアのことですか」
「ええ。あの艶、あのまとまり。
あれは、ただ整えただけでは出ません」
少しだけ笑う。
「昔の私の髪を思い出しました」
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その言葉に、ユウはふと顔を上げる。
「母上は、昔、社交会でとても有名だったと聞いています」
「まあ……どこでそんな話を」
「侍女たちです。“社交界の花”と呼ばれていたと」
その瞬間、エレノアの表情がわずかに揺れた。
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「……懐かしい呼び名ですね」
視線を落とし、静かに続ける。
「若い頃は、舞踏会や茶会の中心にいました。
皆が言葉をかけて、手を引いて……」
「でも、今はもう」
そう言いかけて、少しだけ言葉を止める。
「私はもう、あの場所から離れた人間です」
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「そうは思いません」
ユウははっきりと言った。
エレノアは少し驚いたように、息子を見返す。
「ユウ?」
「母上は、今でもとてもきれいです。
それに、社交の場に立っても、きっと変わらないと思います」
その言葉は飾りではなく、まっすぐだった。
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「私は……」
ユウは一度だけ視線を下げ、そして続ける。
「母上に、もう一度あの場所へ戻ってほしいと思っています」
「それは……あなたの願いですの?」
「はい」
「どうして?」
「母上は、あの場所にいるときが一番、輝いていると思うからです」
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沈黙が流れた。
けれどそれは、居心地の悪いものではなかった。
「……あなたは不思議な子ですね」
柔らかい笑みが浮かぶ。
「私が昔の話をすることなど、ほとんどなかったのに」
「でも、忘れているようには見えませんでした」
「……そうですね」
エレノアは窓の外を見つめる。
「正直に言うと、あの場所へ戻ることを考えない日はありませんでした」
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「でも、今はもう若くもありませんし……」
「それでも、母上は母上です」
そう言って、ユウは静かに目を上げる。
「私は、母上が社交の場に戻る姿を見たいです」
それは、ただの憧れではない。
確かな意志だった。
⸻
そして、ユウは心の中でひそかに思う。
(そのための準備は、すでに始めている)
まだ渡していない、特別なもの。
母のために調整した、香りつきのシャンプーやリンス、化粧水、乳液。
どれも、母が社交の場へ戻る日にふさわしいものになるように。
⸻
そのことは、まだ口にしない。
今はただ、決意だけでいい。
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「母上が望むなら、そのような場に戻ってください」
「……あなたが、そこまで言うなら」
エレノアは小さく微笑む。
「少し、考えてみましょうか」
それは拒否ではなかった。
むしろ、長く閉じていた扉が、きしみながら開きはじめた音だった。
⸻
廊下に戻ると、夕日が差し込んでいた。
オレンジ色の光が、エレノアの髪をやわらかく照らす。
その姿は、かつて“月光の花”と呼ばれた女性の面影を、確かに残していた。
ユウは静かに思う。
(必ず、戻してみせる)
それは誓いにも近い想いだった。
「悪役になるつもりが、なぜか国宝扱いされていますの件」
ごきげんよう、読者の皆さま。
気高く孤高で――
本来ならば“嫌われ役専門”の悪役令嬢、
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツでございますわ。
まず最初に申し上げます。
わたくしは――
悪役になりたいだけですの。
好かれたくない。
褒められたくない。
尊敬されたくない。
ついでに人生相談も受け付けておりません。
にもかかわらず。
嫌味「その程度で満足? 可哀想ですわね」
→「なんてストイックな向上心……!」
冷笑「努力が足りませんわ」
→「導いてくださるなんて……女神……」
高圧「跪きなさい」
→「はい喜んで!!!」
……どうしてですの???
道を歩けば
「エリザベート様!」
「お言葉をください!」
「人生変わりました!」
ちがいますわ!!
その辺の草より好感度が育っております!!
⸻
本作の見どころですって?
・悪役ムーブ成功率:0%
・尊敬獲得率:300%
・黒薔薇の会:なぜか心のオアシス化
・王太子:情緒崩壊芸人枠
・エリザベート:常時ツッコミ役
悪役として生きたいのに
日に日に“理想の令嬢像”として祭り上げられる地獄。
朝起きたら
「今日こそ嫌われますわ!」
と決意し、
夜には
「国家の宝」扱いですの。
どんな呪いですの……?
⸻
読者に警告いたしますわ
この物語――
油断して読むと笑います。
気づけば吹きます。
深夜に読むと腹筋が死にます。
寝落ちすると夢に出ます。
しかも主役は
高慢で上品で完璧におかしい悪役令嬢。
はい、わたくしですわ。
⸻
最後に
わたくしは
ヒロインではございません。
聖女でもありません。
救世主でもありません。
ただ――
“悪役に憧れた結果、人生がバグっただけの女”ですの。
それを眺めて
笑って、呆れて、ちょっぴり応援していただければ
それで十分ですわ。
……読まずに逃げた場合は
悪役令嬢として軽蔑いたします。
それでは皆さま。
物語の中でお待ちしておりますわ。
全力で失敗し続ける
史上最高に不憫な悪役令嬢より
――エリザベート・フォン・ローゼンクロイツ




