第十三話・父への報告と、母の追及
第十三話・父への報告と、母の追及
離れで作った木枠を見つめながら、ユウは静かに頷いた。
(これは、父に見せた方がいい)
自分の部屋だけで使うものではない。
屋敷全体に関わることになる。
「マリア、これを父のところへ持っていきます」
「承知しました」
二人で慎重に木枠を運び、本邸へ向かう。
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伯爵の執務室の前でノックすると、低く落ち着いた声が返ってきた。
「入れ」
中にいたのは、父と――母だった。
「ユウ、その木枠は何ですか」
エレノアの視線はすでに興味を持っている。
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「父上、こちらを見てください」
「ほう……」
「離れで作った、水をきれいにする道具です。
雨が降ると井戸の水が濁るので、それを通すと澄んだ水になります」
「自分で考えたのか」
「はい。濁った水を通してみましたが、ちゃんときれいな水が出てきました」
余計な言葉はない。
だが内容は十分に伝わる。
父は少しだけ目を細めた。
「……なるほど。実物を水場で見せてもらおう」
「分かりました」
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だがその流れを止めたのは、母だった。
「その前に、ひとつよろしいかしら?」
やわらかい声だが、拒否は許さない雰囲気だった。
「何でしょうか」
エレノアの視線が、すっとマリアへ移る。
「マリア、こちらへ来なさい」
「は、はい……」
少し緊張しながら近づくマリアの髪を、エレノアはじっと見つめた。
「……ずいぶん髪がきれいになりましたね」
「え……?」
「艶もありますし、指通りも違います」
そう言って、軽く髪に触れる。
「これは……」
視線がユウへ向き直った。
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「ユウ、何をしたの?」
「マリアには、離れで使っているシャンプーとリンスを使ってもらっています。
きちんと洗ってから、最後にリンスで整えています」
「それだけで、ここまで変わるのですか?」
「毎日続けています」
簡潔だが、はっきりとした答えだった。
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「……なるほど」
エレノアの表情が、完全に興味に染まる。
「ユウ、そのシャンプーとリンスを、私も見せてください」
「後ほどでよろしいでしょうか」
「いいえ、今日です」
即答だった。
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父は小さく息をつく。
「エレノア、その話は水場の確認が終わってからにしろ」
「分かっておりますわ。でも、これは放っておけません」
「……相変わらずだな」
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マリアは顔を赤らめながら、静かに頭を下げていた。
(若様が用意してくださったものを……そんなふうに言っていただけるなんて)
その表情には、わずかな誇らしさが滲んでいる。
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「では、濾過装置は水場で確認する。その後、ユウの説明を聞こう」
「承知しました」
「逃がしませんからね」
母の声音は穏やかだが、本気だった。
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こうしてユウは、
濾過装置の報告と同時に、
“美容に詳しい息子”としても正式に注目されることになった。
本人はただ、少しだけ疲れていた。
(母には、逆らわない方がいいな……)
それはこの日、確信へと変わった。




