第十二話 濁り水と、静かな知恵
第十二話 濁り水と、静かな知恵
朝から空は重く、午後には細かな雨が降りはじめた。
屋敷の敷地を流れる雨水は、やがて薄い泥を含み、井戸の水もどこか濁って見える。
「……やっぱり、こうなるか」
ユウは窓辺から水桶を見つめ、小さく息をついた。
見た目の問題ではない。濁った水は腹を壊す。肌にもよくない。
(なら、濾せばいい)
異世界ダイナリーに刻まれた知識が、静かに浮かび上がる。
自然の地層を再現し、段階的に汚れを取り除く方法。
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「マリア、木枠と布、それから小石と砂、砕いた炭を用意してもらえますか」
「炭まで、ですか?」
「水をきれいにするための道具を作ります」
不思議そうにしながらも、マリアはすぐに用意してくれた。
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離れの作業台に、深さのある木枠を置く。
底には小さな穴をいくつも開け、水がゆっくり落ちるように加工してある。
ユウは順に素材を重ねていった。
最上部に、清潔な布。
その下に小石。
さらに細かい砂。
そして――底に近いところへ、砕いた炭を厚めに敷き詰める。
最後に、炭の下へ薄い布を一枚。
布 → 小石 → 砂 → 炭 → 布
「……ここを通れば、汚れはほとんど残らないはずだ」
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「どういう仕組みなのですか……?」
マリアが横で小声で尋ねる。
「上で大きな汚れを止めて、下へ行くほど細かいものを取ります」
「最後に炭を通すと、臭いや濁りも吸い取られます」
「炭が……?」
「ええ。水を通すと、余分なものを抱え込む性質があります」
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濁った雨水を桶ですくい、ゆっくりと装置の上から注いだ。
布に染み込み、小石を通り、砂で細かな濁りが止まる。
さらに炭をくぐった水は、ぽたり、と下の器に落ちた。
先ほどの水とは比べものにならないほど、澄んでいる。
「……透明になっています……」
マリアは思わず声を漏らした。
「こんなふうに変わるなんて……」
ユウは器を持ち上げ、光にかざす。
(これなら、雨の日でも安心して使える)
完璧ではないが、確実に質は上がった。
飲み水にも、清拭にも、生活全体に役立つ。
「この装置は、雨の多い時に使います。場合によっては井戸水にも応用できます」
「覚えておきます」
マリアは真剣な眼差しで頷いた。
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外ではまだ雨が降っている。
だが離れの中は、静かで、穏やかだった。
濁った水も、工夫ひとつで澄む。
それは力ではなく、知恵による変化だった。
ユウ・ヴァルロードは、そっと器の水に指を触れた。
冷たく、清らかな感触が、確かにそこにあった。




