表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界ダイナリー〜創造神に選ばれた僕は、婚約破棄された公爵令嬢リリスを全力で幸せにします〜』  作者: ゆう
第一章 異世界ダイナリー ― 黄金が静かに根を張る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/53

第九話 離れに流れ始めた新しい日常

第九話 離れに流れ始めた新しい日常


「――離れでの生活を正式に許可する」


 静かな執務室で告げられたひと言は、思っていた以上に重みを持ってユウの胸に落ちた。


「今後の生活は、あの離れを中心に行え。学習も、休息も、日常もすべてだ。マリア・ベルモンドも引き続き付き従う」


「……ありがとうございます」


 深く頭を下げながら、ユウは小さく息を吐いた。

 ようやく、自分の居場所が“仮の場”ではなく“認められた場所”になったのだと、はっきり理解できた。


 隣でマリアも静かに礼をする。


「引き続き、務めさせていただきます」


 その声音は落ち着いていたが、わずかに緊張が混じっている。

 同じ建物で暮らすというのは、使用人にとっても特別な意味を持つのだろう。


     ◇


 離れに生活を移してから数日。


 朝の光が差し込む部屋は、以前よりもどこか柔らかく感じられた。

 空気が澄み、木の香りがほのかに漂う。


「……ここで生活するのですね」


 マリアは部屋を見回しながら、小さく呟いた。


「落ち着かないですか?」


「いいえ。不思議と、居心地は悪くありません」


 形式的な言葉ではない。だが過剰でもない。

 ただ率直に、そう感じたのだろう。


     ◇


 夜。

 ランプの灯りの下で、ユウは改めて話を切り出した。


「これからの生活について、きちんと決めておきたいことがあります」


「はい」


「曖昧なまま続けると、後で混乱します。ですので、基本のルールを作りましょう」


「……承知しました」


 そうして二人で話し合いながら、離れでの生活方針が定まっていった。


・ここでの生活と物は外に話さないこと

・食事は基本的に二人で取る

・入浴は毎日行う

・清潔を保つことを最優先とする


 そして、ユウは少し言葉を選んでから続けた。


「マリアも、毎日お風呂に入ってください」


「……私も、ですか?」


「はい。ここでは、同じ空間で過ごす以上、同じ基準であってほしいと思っています」


 マリアは一瞬だけ言葉を失い、それから静かに頷いた。


「……分かりました。そういたします」


     ◇


 初めての共同の夕食。


 湯気の立つ皿を前に、向かい合って座る。


「こうして並んで食事を取るのは、少し不思議ですね」


「ええ……ですが、不都合はありません」


「むしろ、静かで食べやすいです」


 言葉は少なくとも、空気は穏やかだった。

 ぎこちなさはあるが、嫌な緊張はない。


     ◇


 生活の中で、はっきりとした変化が現れ始めたのは数日後だった。


 異世界ダイナリーの知識をもとに作られた石鹸と洗髪液を使い続けるうちに、ユウは自分の肌の感触が変わっていることに気づく。


 以前はわずかにざらついていた頬が、指を滑らせるとするりと通る。

 乾燥して白くなることもなく、滑らかさが続いていた。


 マリアも同様だった。


「……櫛が、引っかかりません」


 髪を梳きながら、彼女ははっきりと口にする。


「前はこの辺りで絡んでいたのですが……今日は指が止まりません」


 光を受けた髪には、薄い艶が浮かび、束にならず自然に揺れている。


「見た目も変わりましたね」


「はい。触れなくても分かるほどです」


     ◇


 入浴も自然に生活へ溶け込んでいった。


「では、先にお入りください」


「お願いします」


 ユウが湯から上がる頃には、湯気が心地よく部屋を満たしている。


「お湯、熱くありませんでしたか?」


「ちょうど良かったです。ありがとうございます」


 その後、マリアも同じ湯に浸かる。


 戻ってきた彼女の髪は、以前よりも柔らかく、素直に落ちていた。


「……身体が冷えにくくなりました」


「それも効果の一つです」


 不必要な飾りのない会話だったが、確かな変化を共有している感覚があった。


     ◇


 夜、ユウは窓の外を見つめた。


「……もうすぐ、六歳になります」


「そうですね。時間が経つのは早いものです」


「この生活も、すっかり馴染みました」


「はい。私も……この場所での動きには慣れてきました」


 言葉に感情を込めすぎることはない。

 だがそこには、以前よりも柔らかな空気があった。


 決して距離が縮まりすぎたわけではない。

 けれど、互いに“この生活を受け入れている”ということは、はっきりと伝わっていた。


     ◇


 離れという空間は、ただの建物ではなくなっていた。


 ユウにとっては、自分の考えと時間を落ち着いて積み重ねられる場所。

 マリアにとっては、安心して務めを果たせる環境。


 そしてその日常は、静かに続いていく。


 もうすぐ迎える六歳という節目の、その一歩手前まで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ