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泣き叫ぶ女

アメリカ合衆国、カリフォルニア州、ロサンゼルス郡。

茹だる様な猛暑にも関わらず、果てしなく広大なこのスタジアムには約七万人もの人間が押し寄せていた。


全ての人間が、中央に設置されたステージを注視している。しかしその視線は鋭く、懐疑と苛立ちに満ちていた。


何故なら颯爽と現れた謎のバンドは全員、二十代ほどの女性であったからだ。

身を震わす程のラウド或いはメタルを求めて集った彼らは到底納得出来なかった。

『あんな餓鬼共に、俺達を満足させられる筈が無い』

多様な言語、しかし皆同じようなセリフを吐く。それはやがて一つの塊になり、民意になり、スタジアムを揺らす程のブーイングとなった。


「……あーーー」


マイクから、ハウリングと共に場内へ響く女の声。

黒いTシャツを身に纏い、ツインテールを靡かせ、所謂”地雷系”メイクを施した華奢な日本人。


彼女は前髪をかき上げながらマイクをスタンドから外し、ステージ前方へと歩を進める。


「Get off the stage! brat!」

「Lady don't belong in this place!」

「Fuck off!drive me nuts!」


屈強な男達から浴びせられる、意味も取れない罵詈雑言。

中にはペットボトルやその他のゴミを投げ入れる者まで出る始末。誰が見ても招かれざる客といった光景だった。


この場の誰もが、彼女達を望んでいない。


「るっせぇんだよ!!テメェら全員黙っとけクソ共!!!」


愛らしい相貌に似合わぬ怒号。どんなシャウトにも対応出来るようセッティングされた筈のマイクは、彼女の声量に耐えかねて音が割れる。


一瞬にして、スタジアムに静寂が訪れた。


「私は、テメェらの為にバンドやってんじゃねぇ。テメェらの言語に合わせるつもりも、ましてやステージから降りるつもりもねぇ!!」


鬼気迫る表情と霹靂が如き絶叫に、罵声を浴びせていた筈の人間達は息を呑む。

彼女の背後では、ちょうど機材のセッティングを終わらせたメンバーがポジションに着いていた。


全員が視線を交わし、笑い、そして頷く。


「ここに居る全員、私らの音楽でぶっ殺してやる。覚悟しとけよ……!このっ……腐れ豚野郎共がああぁぁアァァアあアァああぁあ!!!!」


瞬間、彼女らは悪魔と成る。

聞いたもの皆全てを魅了し、魂さえも奪う狂気の音楽を引っ提げて。





日本、東京都、新宿歌舞伎町。

煌々と光る夜の店が立ち並ぶ路上にて、叫ぶ女が一人。


「うわああぁぁあああ!!嫌だああぁぁあああ!!」


彼女の名は早坂楓、御年二十二歳。

普段は都内のコンセプトカフェにて鬼連勤を繰り返し、その収入全てを或るホストクラブの本担に貢いでいる。ギリギリ年不相応なツインテールに地雷系メイク、ゴスロリの服に身を包んだ愛らしい相貌の女性である。


その本担というのが、彼女が泣き崩れながら掴むスーツの着用者、四宮安蘭(しのみや あらん)(源氏名)だった。


「おい離せよ!てか、マジで声デカすぎだろお前!」

「だっでぇ!店出禁とかひどすぎるよ安蘭くん!!うわああぁぁぁああ!!!」


金払いは良いが、度重なるストーカー行為や同担拒否故の他客への嫌がらせetcにより、彼女は今日を以て四宮が働くクラブへの出入り禁止を言い渡された。

往生際悪く、店を追い出されてからもこうして四宮に泣きつき、傍若無人な絶叫をあげている。


「お金ならいくらでも使うからぁ!お願い!お店に入れて!!」

「ダメだ!俺の家まで付いてきたり、俺の他の客に脅し入れたり……ハッキリ言って迷惑なんだよ!!」

「めっ……迷惑……?」

「そうだよ!もう二度とツラ見せんじゃねぇ!このイカレ女!!」


絶望し、力が抜けた隙を見計らって四宮は彼女を振り払う。

固いアスファルトに投げ出され頭を打つが、心配する素振りも見せずに彼は店へと入っていく。


「うっ……うぅ……っ……嫌……嫌だぁ………」


身を縮ませ、黒い地面に涙のシミを作っていく楓。

そんな彼女に、往来する人々は奇異や嘲笑の目を向けながら素通りしていく。


そこで遂に、楓の中の理性が切れた。


「い……いっ……嫌ああぁぁぁあアアァァああァああぁアアあぁぁああ!!!!!」


割れんばかりの絶叫。周囲の人間の鼓膜を突き刺すような魂の喘ぎ。

それは数十軒先の居酒屋にて談笑する中年男性達にすら聞こえるほどであった。

昔から、パニック状態になると脇目も振らずに叫ぶ癖があった彼女は、いつしかどんな声量にも耐えうる強靭な声帯を手に入れていた。


息つく間もなく延々と、歌舞伎町にシャウトを轟かせる。

誰もがその場から逃げ出し、店からは騒ぎを聞いた客らが飛び出してくる始末。


だが待てど暮らせど四宮が戻ってくることは無い。楓の叫び癖も、彼が愛想を尽かせた要因の一端を担っていたからだ。


「ああぁぁあああぁ!!!ああぁぁああ……!!ア……あァ………!!」


やがて、街から人が消えていた。

残された彼女の頬を、荒んだ夏の夜風が撫でる。


「もう……死のう……」


絶望に暮れ、静かに立ち上がる彼女。その目は諦観に満ち、確固たる希死念慮が脳を支配していた。

ゆらりと歩き出し、路地を進む。どこか誰にも知られず、安らかに死ねる地を求めて。


「おい、待て」


と、その時。楓の背後から野太い男の声が聞こえる。

軋んだ歯車の様に振り返ると、そこには黒いスーツに身を包む男性が一人屹立していた。


「えっ………だ、誰……?」


スキンヘッド、黒いサングラス、金色のチェーンを首から下げる黒人の男。筋骨隆々な体躯は、今にもスーツを弾けさせるのではないかと思える程だ。

しかし、彼は今確実に流暢な日本語で話していた。あらゆる事象が彼女の脳を混乱に陥れ、逃げ出す事すら出来ずに立ち竦む。


「お前を、スカウトしたい」

「は……?な、何……?」

「詳しい事はスタジオで話す。取り敢えず、俺と一緒に来てもらおう」


すると男は彼女に近づき、そのまま体を抱える。

傍から見れば、俗にいうお姫様だっこであった。


「うわぁっ!?ち、ちょっと!離してよ!マジで何なの!?」

「暴れるな。危害を加えるつもりはない」

「信じられるか!ケーサツ呼んで……あぁっ!スマホ店に置きっぱなしだ!」


有無を言わさず、男は歩き出す。

身を捩らせ逃げようとする彼女を、決して胸部や臀部に触れることなく的確に押さえながら紳士的に運搬していく。


「離せっ!離せぇ!!こ、殺される!!」

「ハハハ、何を言う。……()()()、これから大勢のクソ共をぶち殺していくんだよ」


深淵が如く続く長い通りに、二人は静かに消えていった。


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