第7章 赤い塵とロボットの舞踏
現在
「司令官、着陸地点の初期設置準備を開始しましょう。AIブルドーザー型ロボットの展開を許可してください。」
エヴァは頷いた。「了解。RASSORとランドロイド、展開開始。」
フロンティアの胴体下部が開かれ、巨大なキャタピラを持つ2機のロボットがゆっくりと姿を現した。NASAが開発したRASSOR(Regolith Advanced Surface Systems Operations Robot)と、JAXAの最新鋭ランドロイド。これらは、人類が足を踏み入れる前に、居住地となる地盤を完璧に整地するために設計されていた。
アリスは監視モニターに集中した。ロボットは、フロンティアから伸びるケーブルで初期電力供給を受けながら、まるで生命を得たかのように動き出した。AI自律制御により、彼らは互いに連携し、着陸地点周囲の整地作業に取り掛かる。
「目標地盤は、将来のモジュールが展開する際に、完全に水平でなければならない。わずかな凹凸も、膨張式構造の完全性を損なう可能性がある。」レナ・ペトロワが隣で呟いた。彼女もまた、展開されるモジュールの構造が、火星の不均一な地盤でどう挙動するかを何度もシミュレーションしていた。
RASSORは、その特徴的なバケットドラムでレゴリスを削り取り、ランドロイドは巨大なブレードでそれを均していく。赤い塵がゆっくりと舞い上がり、ロボットのボディを薄く覆い隠す。彼らの動きは、まるで緻密に計算されたバレエのようだった。
「ランドロイドがレーザーLiDARで地盤の起伏をスキャンしています。リアルタイムで3Dマッピングデータが更新され、最適化された均し方で表面の凸凹をならしている。」アリスは説明した。モニターには、ロボットが生成するカラーコード化された地形図が表示され、数分前までランダムだった地面が、徐々に滑らかな平面へと変化していく様子が見て取れた。
しかし、火星はそう簡単に人類の思い通りにはならない。
「司令官、RASSOR-1から異常検出。右側の掘削アームに負荷がかかりすぎています。」
アリスがモニターを指差した。データを見ると、RASSORが地中に埋まった比較的大きな岩に遭遇したらしかった。地表からは見えない「小石」の類いだが、モジュール展開の妨げになる可能性があった。
「RASSOR-1、手動操作に切り替えるか?」エヴァが尋ねる。
アリスは即座に首を振った。「いや、待ってください。ランドロイドがRASSOR-1の周囲をスキャンしています。ランドロイドのブレードは、通常のブルドーザーよりも硬質な岩石にも対応できる設計になっている。共闘モードで連携させましょう。」
数秒後、ランドロイドがRASSOR-1の傍らに移動し、その巨大なブレードをゆっくりと下ろした。RASSOR-1が岩を掘削しながら、ランドロイドがそれをブレードで押し崩していく。火星の地盤は予想以上に硬く、ロボットのモーターが唸りを上げたが、最終的に、その岩は粉砕され、均されていった。
地盤は着々と整えられていく。数時間後、着陸地点の周囲は、見事なまでに水平な地盤へと変貌していた。レーザーLiDARのデータは、水平性と安定性がモジュール展開の基準値を満たしていることを示していた。
「よし。これで、レッド・ハブのステージは整った。」アリスはモニターから目を離し、静かに呟いた。彼の心には、期待と、そして張り詰めた緊張感が入り混じっていた。
フロンティアの巨大なペイロードベイには、折り畳まれた巨大なモジュールが静かに眠っている。その質量は5トンから8トン、展開後は100立方メートルにもなる。このコンパクトな塊が、やがて火星の空の下で、人類の新たな故郷へと膨らんでいくのだ。だが、そのプロセスは、まだ始まったばかりだ。次なる段階、すなわち「展開」が、本当の試練となるだろう。
夜が来た。火星の空には、フォボスとダイモスが不気味に輝いている。赤い大地に、2機のロボットは静かに佇んでいた。彼らは人類の使者として、最初の、そして最も重要な土台を築いたのだ。




