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決意

 ウェーナーもローラも、ミーナが初めて大公宮に連れて来られた頃のように、無知で愚かな子どもを見る目をやめた。

 ふたりとも、自分で見て聞いて考えろと言う。そのための力をつけるのだと。

 ミーナは言われるがままに講義を受け、知識を蓄え、外での振舞いを変えた。

 造作もないことだ。

 学ぶ内容は違っても、やることはこれまでしてきたことと同じ。

 覚える。実践する。定着させる。応用する。

 大公家について学んだ。貴族の家のことについて教わった。

 宮殿での、身分の高い相手、そうでもない相手へする振舞いを身に付けた。

 そしてミーナはほどなくして知ることになったのだ。



 フリードはミーナのことが好きで求婚したわけじゃない。

 正面から訊ねたら、なんとあっさり肯定されてしまったのだ。

「本当はね」

 美しいあのひとは、あっさりと暴露してくれやがった。

「誰でも良かったんだ」

 そうじゃないかとは思っていた。否、そうだろうと、半ば以上確信していた。

 だけどやっぱり傷ついたよ。

 だってミーナはまだ十三歳だったのだ。


 誰でも、は言い過ぎかな。君がよかったのは確かだ。

 無垢で無知で、僕がどうにでもできる身分の女の子。年齢のわりに背が高いのもよかったな。君はここに出入りする男からどういう目で見られているか気づいてないだろう。

 子どものように華奢な手足、細い腰に豊かな胸。あの瑞々しい肌には厚化粧なんか必要ないだろう。大公世子が夢中になるのも無理はないな。


 だと。ああでもこんなこと言われても、君にはまだ分からないか。

 美しい顔に似合わない下卑た笑い声をあげるフリードに、ミーナはしかめっ面をして見せた。

 下町で十二年暮らしていた娘に分からないはずがない。彼女は箱入り娘とは違うのだ。

 そういう話を女の前でする男に碌な奴はいないということも知っている。

「フリードは何がしたいの?」

 そのミーナの問いには、答えは返ってこなかった。



 好きだと言って求婚してくれた王子様は、ミーナのことなんかちっとも好きじゃなかった。

 そのことを改めて突きつけられた十三歳の少女は、部屋に帰ってから泣くことにした。

「分かってたけど。もっと違う言い方してくれてもよかったんじゃない?」

「…………そうですね」

 いつものように部屋の隅に立っているウェーナーが、俺が答えなきゃなのか、と考える()を空けてから言葉少に肯定した。

「誰でもよかった、って。あんまりじゃない?」

「…………ええ」

「乙女の純情踏みにじってくれやがって。許せない」

「…………はい」

「その間やめてよ。こっち来て。ちゃんと慰めて」

 天蓋付きの寝台に突っ伏してぐずぐず泣くミーナの要求に、ウェーナーが一歩後ろに退がった。

「俺にどうしろと」

「この間みたいに頭撫でてよ」

 はあ、と大きな溜息をついてから、見習い騎士は主君の婚約者の寝台に近づいた。

 彼は立ったまま腰を曲げて手を伸ばし、ミーナの頭を乱した。

「……あ。今日はもう外出予定ないよな。ぐしゃぐしゃだ」

「どっちみちこんな顔じゃ出れないよ。フリードに今日の講義には出ないって言ってきてやった」

「今日だけだぞ」

「うん」

「ローラ様が戻られるまでな」

「分かってる」

 ローラにこの場面を見られたら、ふたりとも厳しく叱られてしまう。

 ミーナは先日の逃亡劇以降、ウェーナーのことを友達だと思っている。

 だがローラに言わせれば、見習い騎士が主君の婚約者と親しくするなんて言語道断、なのだそうだ。

 ウェーナーが言葉を崩すところに遭遇したら注意しなくてはならないから、彼女はたまにこうしてミーナの傍を離れる時間をつくってくれる。

「……おまえ、食堂に通ってた下級貴族の息子フリード、のことが本気で好きだったのか」

「うん」

「そうか」

「だってカッコいいし優しいし、王子様みたいってみんな言ってた」

「…………そうかよ」

 この期に及んで夢見る発言をするミーナに、ウェーナーはげんなり顔になる。

「一緒にいるウェーナーがチビで無愛想だから余計そう見えたよね」

「なんだと」

「だってそうでしょ。優しくできるなら最初からしてよ。そうしたらあたしだってマトモな判断ができた」

「無理だろ」

 やっぱり発言が優しくない。頭を撫でる手はこんなに優しいのに。

「無理じゃないもん」

「どこの女が本物の王子によろめかずにいられるんだよ。おまえだけじゃない。誰だって同じだったはずだ」

「……そう思う? すぐにフラフラついて来て馬鹿みたい、って思ってないの?」

「ああ。おまえはまだ子どもだっただけだ。ミーナは馬鹿じゃないし悪くもない。悪いのは全部あいつと、あいつを止められなかった俺たちだ」

 憮然とした顔の見習い騎士は、不器用に少女の頭を撫で、慰めの言葉を紡いでくれた。


 ミーナはだから、大人になることにした。

 優しくしてくれるウェーナーとローラが言うとおり、自分でものを考えることにした。

 言われたことだけでなく、フリードが望んでいることを考え、その意に沿う行動をとる。


 そうして少しずつ彼を油断させ、いつか必ず、ここを出て家族を探しに行くのだ。



「フリード様。こちらにいらしたのですね」

 自分に与えられた部屋から出た際には、ミーナは妙齢の女性ヴィルヘルミーナになる。

 化粧をして、胸には詰め物。動きは優雅にゆっくりと。

 愛しの婚約者の姿を見つけたら、微笑んで足を速める。浮かれたように。

「ヴィルヘルミーナ。今日も美しいね」

 手の甲へのくちづけは、当然のこととして受ける。

「わたくしお散歩をしていましたの。フリード様、今からお茶をご一緒にいかがですか?」

「魅力的なお誘いだ。だけど仕事があってね。またの機会にしておくよ」

「いやです」

 我儘は可愛らしく。はしたないくらいに婚約者にしなだれかかってもいい。

「ヴィルヘルミーナ」

「今を逃したら、次にお会いできるのは明日なのですよ。そんなの淋しいです」

 たしなめる口調の婚約者を前に、頑是ない子どものように振る舞って見せる。

 見せる相手は、大公世子の側近や遠巻きにしてこっそりこちらを伺っている貴族や使用人。

「あなたにそんなふうに言われたら、断るわけにはいかないな。予定変更する。わたしは今から、彼女とお茶の時間だ」

 フリードの側近は苦虫を噛み潰したような顔で、それでも承知しました、とだけ言った。

 遠巻きにしてこっそり様子を伺っていた貴族たちは、競うようにして自分の見たことを広めにまわった。


「他人の噂話って楽しいよね」

 婚約者の腕に掴まって歩きながら、ミーナは小声で呟いた。

「そうだね。僕も嫌いじゃない」

「あたしも」

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