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実家

「誰が乗るか!」

「ってめ……っ」

 店の裏口は鍵が壊れていて、しっかり閉まらない。

 店内には盗られて困るものはたくさんあるが、他人が盗りたくなるようなものはない。だから直すのはそのうちでいいだろうと放置したままになっている。

 壊れた鍵は、ミーナが出て行ったときのままだった。

 彼女はウェーナーが体勢を崩した隙に店内に駆け込んだ。

 二階と三階は家族五人が住む住居になっている。

 その一室、寝台を無理矢理みっつ並べた子ども部屋。ミーナの部屋。

 子ども部屋もがらんとしていた。

 ミーナは真ん中の自分の寝台に跳び乗った。敷布はなく、藁だけが残されている。

 別にこのままでもいい。藁の中で眠ればいいのだ。

「今日はここで寝る」

 追いかけてきたウェーナーの顔を見ずに、そう宣言した。

「ガキ」

「ばか」

「あほ」

「……ちーび」

「おまえのほうがチビじゃねえか!」

 ウェーナーって騎士見習いにしてはあまり体格が良くないな、と騎士をよく見るようになってから気づいた。

 やっぱり気にしていたらしい。

「歳下の女の子に言われてムキになるなんて。ウェーナーもまだまだガキだね」

 この半年、周囲の言いなりになるしかない生活をしていた。少しだけやり返してやれた。

 ミーナは鼻で嗤ってやってから、藁の中に潜り込んだ。

「おまえのほうがガキだ」

 いつも無感動な目でミーナを見ているウェーナーが、今日は子どもみたいだ。

 少しだけおかしくなって、笑ってしまった。泣き笑い。

 洟をすする合間に笑いを噛み殺すミーナの目の前の藁から、腕が生えた。

 違う。逆だ。寝台の藁に、少年の腕が刺さった。それと同時に、窓から射し込んでいた陽光が遮られて視界が暗くなる。

「ちょっ、とやめてよ」

 なんだこの体勢。のしかかられている?

「ガキじゃない女は、夫でも医者でもない男の前で寝台に横たわったりしないものだぞ」

 知ってる。そのくらいのことは知ってるけど!

「あたしまだ子どもだもん十三歳だもん!」

「まだ子どものままでいたいか」

「だって子どもだもん!」

 圧迫感に押し潰されそうになるミーナの腕を、ウェーナーが引っ張って起こした。

「それなら黙って大人の言う事聞いてろ」

「…………ウェーナーの馬鹿」

 ミーナは最後の悪足掻きに、小声で罵る言葉を壁に向かって投げる。

 脅すなんてひどすぎる。歳上のくせに。

「俺より賢いつもりなら覚えておけ。あいつに逆らうな」

「何それ」

「自分で考えろ。反抗したっておまえの望みは叶えられない。いいか。絶対に、あいつには逆らうな」

 あいつって誰だろう。

 まさかフリードのことか。

 ウェーナーは今、自分の主のことをあいつ、と言ったのか。

「逆らったら、どうなるの?」

 なんとなく分かってはいたが、他人の口から聞いて、自分の考えが正しいのことを確認してみたいと思った。

「自分で考えろ。自分で判断するんだ」

 ウェーナーは教えてくれなかった。

 でも、だからミーナは、やっぱり、と思った。

 フリードは怖いひとなのだ。正式な騎士ほどではなくても、日々鍛えているウェーナーが逆らうことができないくらい。

 だとしたら、彼よりも更に弱いミーナはこれからも次期大公妃になるため、わけが分からない知識や教養を身に付けろと言われ、外を歩けば大人たちから嘲るような視線を向けられる日々を送るしかないのだ。

「分かんないよ」

 なぜミーナがそんな目に遭わなくてはならないのか。なぜフリードはミーナをそんな環境に置いておくのか。

「俺はおまえに答えをやることはできない。けどこれだけは教えてやれる。俺は分からないことがあったら、昔兄貴に言われたことを守ることにしてる。分からないなら自分の目で見ろ耳で聞け頭で考えろ」

「お兄ちゃんがいるの?」

「ああ。父の跡を継ぐことになってる。頭がいいから間違ったことを言わない」

「ふうん」

「帰るぞ」

「…………はい」

 ミーナはのろのろと立ち上がるも、そこから動きたくなくて立ち尽くしてしまった。

「おい」

「ウェーナー。あんた今何歳なの?」

 ずいぶんと上からものを言ってくれる少年を見て、疑問に思ったことを口にする。

「……十六」

「なんだ。偉そうにするからもっと上なのかと思ったら。見た目どおりじゃん」

「だからなんだ」

「ねえ、ウェーナー。さっきみたいに頭撫でて」

 上目遣いで頼んでみたら、しかめっ面が返ってきた。

「なんで」

「いいでしょ。お父さんの代わりに撫でてよ。ミーナはいい子だって言って」

「………………」

 十三にもなって、と自分でも思う。だけどもう一度、優しい大きな手に撫でられたい。

 ウェーナーの手は少しだけ迷ったように宙をさまよってから、ミーナの頭にそっと載せられた。

「……ミーナはいい子だ」

 低い声。だけど若すぎてお父さん、とは言えそうにない。

「うん」

「よく頑張ってるし、今まで泣くのを我慢できてた。えらい」

「そうだよ」

 褒め言葉を堂々と肯定するミーナの頭がくしゃくしゃと乱される。

「そうだ。おまえは賢い。いい子だ」

「うん」

 ウェーナーらしくない優しい声に、また涙が滲んできた。

 再び泣き出したミーナが涙を止めるまで、彼は不器用に頭を撫で続けてくれた。


「だから、ミーナは俺が守ってやる」


 小さな、しかし決意のこもった呟きは、しゃくりあげる彼女の耳には届かなかった。

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