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公国の悪い魔女

最終話前に失礼します。

しっくりこないなあと思い続けていた【悪女の事情】ですが、

【公国の悪い魔女】に改題しました。


「さっきね、フリードがあっちの方向を指さしてたよ。どういう意味か分かる?」

「……今から向かう方向だ。実家(うち)に行くには街道を使うのが一般的なんだ」

「……そっちに行け、ってこと? 行くなってこと?」

「…………分からん」

 駄目じゃん。伝わってないよ、フリード。

 陥れたいのか、助けたいのか。最後まで彼の真意は分からなかったけれど、最後に見せた笑顔は、見逃してあげる、と言っていた気がする。

「行って何かあっても嫌だし、行って何事もなくて助けられたみたいになるのも嫌だから、迂回しよう。路銀はあるよ」

 はああ、とウェーナーは巨大な溜息をついた。

「しっかり歩けよ。言っとくが俺は、物語の騎士みたいなことはできないからな。囲まれたら普通に()られる」

「そうなの?」

 ミーナを守って大立ち回り、というわけにはいかないのか。


「おまえいい加減その夢見るクセやめろよ。俺が伝説の竜みたいな騎士だったら、とっくの昔に助けてやってる」

「………………」

「……なんだよ」

 今のはなんだ。甘い言葉をささやかれたのか。

「……助けようって、ずっと思ってくれてたの?」

 無理だ、って言っていたのに。

 あれは、今は無理だ、という意味だったのか。

「…………」

「ねえ」

「……………………」

「ねえ、教えてよ」

「……仕方ないだろ。泣いている子どもを放っておくのは、騎士道精神に反する」

「子ども?」

 なんだ。そういうことか。

 一瞬見えたウェーナーの動揺はすぐに消えてしまった。いつもの仏頂面からは、今のが本心なのか照れ隠しなのか読み取れない。



「子どもはとりあえず、親父さんたちに会って甘えてこいよ」

「…………え?」

「ガキはガキらしく、親に甘えて生きていけ」

「…………ええ?」


「夢を見るのは、それからにしとけよ」






「最後の最後で情が湧きましたか」

 ローラは淡々とした口調であるじに問うた。

 ミーナが無事逃げられるよう、異端審問官が向かってくる方向を教えてやるほどに。ひどい男としてだけ彼女の記憶に残るのが嫌だと思ってしまうほどには、フリードは彼女を気に入っていた。

 どうせ誰にも、魔女ヴィルヘルミーナを見つけることなどできない。

 ヴィルヘルミーナの支度は、いつもローラがしていた。着替えを手伝うために部屋を訪れる侍女は何人かいたが、彼女たちが来る前に、化粧を施すことを徹底していたのだ。

 彼女に背を向けたまま、フリードは答えた。

「ローラこそ。あの子を可愛がっていただろう」

 そうだ。ローラはミーナの愚かさを愛おしく思っていた。実の娘へそそぐはずだった、行き場を失った愛情がそう思わせたのだろう。

 無力だった幼い騎士は成長し、囚われの姫君を救い出すことに成功した。

 もし彼が動かなければ、もし彼が失敗していたら、ローラがミーナを攫ってしまおうと考えていたのに。

 残念なことだ、とローラは唇をにい、と笑みの形にした。

「仕方がないでしょう。フリード様があんなに幼い娘を連れてくるから」

「言い出したのはローラだ。僕は今でも覚えている」



 侯爵が憎いですか、フリード様。

 ローラの問いに、幼いフリードはうなずいた。

 ならば、わたくしが力になります。フリード様は、侯爵の言うとおりの大人におなりなさい。

 

 ローラはかつて、侯爵の手駒だった。

 彼が命じるまま、一族に伝わる薬を作り続けた。その薬は、フリードの異母兄の食事に混ぜられた。

 効果の薄い薬だ。ほんの少し人を短気にさせ、癇癪を起こしやすくする薬を、少しずつ、少しずつ。

 薬を渡すときにだけ、娘に会うことができた。

 侯爵の館の一室で育てられた憐れな娘。母であるローラが魔女であることを侯爵に知られたばかりに、人質として取られてしまった。

 いっそのこと、悪魔と契約する力のある魔女であればよかった。

 ローラにできたのは、ただ薬を作ることだけ。娘を取り返す力のない彼女は、薬を作り続けるよりほかなかった。

 従順な姿を見せ続けたローラは、幼いフリードの世話係を命じられることになった。

 フリードの側にいれば、彼の兄と接する機会が増える。薬を作り、こっそり混ぜることまでが彼女の仕事とされた。

 すべては侯爵の思いどおりに事が運んでいた。

 彼の誤算は、彼に似ず善良な性質の娘、大公妃であった。

 父侯爵に反発する娘もまた、命を落とした。

 祖父に似て聡明、母に似て善良なフリードは、そのすべてを見ていたのだ。


 侯爵の武器は魔女ローラ。そして弱点もまた、魔女である。

 愚かな女をひとり、囲ってください。その女に溺れるさまを周囲に見せつけて。

 隣国の王妃の話は耳にしたことがあるでしょう。国庫を傾ける原因となった彼女は、幽閉されたまま生涯を終え、魔女に操られた国王は、玉座から引きずり降ろされました。

 魔女狩りに抗うことは、国の主ですら出来ません。

 魔女の名が出始めたら、侯爵は嫌疑がかかることを恐れて大人しくなるでしょう。

 その隙に魔女裁判を起こしてください。

 魔女に誑かされた大公世子も、ただでは済まないでしょう。

 あなたに、その覚悟がおありなら。


 魔女殿はそれでいいのかい?

 フリードの疑問に、ローラは嘲笑(わら)った。

 お兄様を直接害したわたくしのために娘を救い出し、素敵な婚家まで見つけてくださったフリード様が望むのならば。


「わたくしは同情の余地もない愚かな女を、と申し上げたはずです」

「だってあの子が適任だと思ったんだ。愚かで賢い、いい子だっただろう」

 確かに彼女は、フリードの考えを読んで、期待以上の演技(はたらき)をしてくれた。

「わたくしは悪い魔女となりましたが、善良な子どもを陥れることはできません」

 だから、いつか逃げ出す日のために、彼女の素顔は徹底的に隠させた。ヴィルヘルミーナとして人前に出るときには、姿かたちの印象を変える薬から作った白粉をふんだんに使用して(よそお)わせたのだ。

 鏡を見た本人には分からないから、ミーナはそのことを知らないままだ。

「悪い魔女失格だな」


 どちらの話だか。

 すべてが終わってしまった今、ローラは苦笑するしかない。

 愚かな平民の娘に興味はない、どうなっても構わない。そう思っていたはずのフリードは、少しずつミーナに心を癒されていった。

 どうでもいい、と言いながら、外に出ても役立つ知識を詰め込んだ。

 最低限の作法さえ身に付けさせれば、愚かで下品な女であったほうが都合がよかったというのに。この先彼女が強く生きられる道を残してやった。


 フリードに不信感を抱きながら、時折憎しみを向けながらも、彼が疲れているときには心配して寄り添う姿勢を見せていたミーナ。

 楽しいと思ったときには、憎しみは忘れたかのように昔と変わらない笑顔をフリードにも向けていたミーナ。

 幼さゆえであろうその態度に、過去に捨て去ったはずのフリードの本質が垣間見える瞬間が何度もあった。


「フリード様、長らくお世話になりました」

 ローラは深々と頭を下げた。

「ああ。気をつけて」

 これから彼女は、薬作りの道具と侯爵との繋がりを示すものを部屋に残したまま行方をくらます。

 娘はすでに、遠い国で幸せに暮らしている。

 これからやって来る異端審問官に、ローラが魔女だと知られて困るのは憎い仇だけなのだ。

「フリード様も、どうかご無事で」

 憎い仇によく似た聡明な孫は、己が操られていることを、うすうす察していたのだろう。それでも、復讐心を優先したのだ。

 そして、祖父侯爵と同じように、なんの罪もない幼い娘を不幸にするという罪を犯した。

 彼はふっと唇を歪ませて、去り行くローラに向かってつぶやいた。

「心にもないことを」



 公国に巣喰っていた魔女は、魔女狩りを恐れて逃げ出した。

 異端審問官の調査によって次々と出てきた証拠から、公国を牛耳っていた侯爵は失脚した。

 彼がその後どうなったのか、人々の耳には入らなかった。ただ、煌びやかだった侯爵邸は荒廃し、魔女の館と噂されるようになった、という事実のみが残っている。

 元大公世子フリードは、どの程度魔女の影響を受けていたのか。

 それは当の魔女が逃亡したために開かれなかった裁判で明らかにされることはなく、彼は公国の隅の屋敷に幽閉されたまま生涯を終えることとなった。




 愚かな侯爵。

 愚かな大公世子。

 彼らに目を付けられた善き魔女は、自ら望んで悪い魔女となった。

 賢き弟公子に代わり、再び世継ぎの君となった兄公子。優秀な弟公子が慕い信じた彼は、悪い魔女の薬を飲んで成長した。

 愚かな大公世子は、なぜ兄公子の未来を信じたのか。

 魔女を利用することなく、自らの力で祖父を追い詰める道を選んでいれば。責任を放棄することなく、彼がそのまま統治していれば。そうすれば、公国は存続できただろうに。

 公国の寿命は、あとほんの少しだ。



 悪い魔女に勝てるのは、無垢な幼子と、善良で賢く強い人間だけ。

 母であった過去を持つ悪い魔女から、慈悲の心を思い出させてしまう幼子。

 魔女の力を目の当たりにしながらも、己の無力を知り、口を噤んで修行に励む幼い騎士。


 可愛いミーナ。みながおまえを見捨てるならば、わたしが魔女として育ててやろうと思っていたのに。

 無垢な乙女のことは、やっぱり騎士が救い出してしまった。

 これから彼女は、あの無口な騎士に護られて生きていくのだろう。

 そうなってしまえば、悪い魔女に手出しはできない。


 きっと、それでよかったのだ。

 ローラの可愛い娘は、ふたりとも幸せな人生を送るということだ。





「ねえねえ、お父さんたちはいつからウェーナーの家にいるの? ウェーナーが連れてってくれたの?」

「家じゃない。親の領地」

「いつから? あたしが泣いてたときには知ってたの? それってひどくない?」

「知るか。会って自分で聞け」

「つめたーい。やっぱりウェーナー、優しいのか優しくないのか分かんなーい」

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

また別の作品でもお会いできましたら幸いです。

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