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助け


 よし行くぞ、気合を入れるために自分で両頬を叩いたところに、ミーナの名を呼びながら現れたのは、歳若い騎士だった。

 十二歳のときからずっと傍にいてくれている、ミーナの騎士。

「…………ウェーナー」

 来てくれた。

 それまでは毎日護衛に来てくれていたのに、ミーナがフリードを怒らせてからは一度も姿を見せてくれなくなった。彼はフリードの部下だから。

 だから、もう来てくれないと思っていた。でも彼は来てくれた。

 息を切らして、ミーナのために駆けつけてくれた。

 安堵から泣きそうになってしまう彼女に、ウェーナーは顔をしかめて見せた。

「なんだその格好」

「……変装」

「馬鹿かおまえは。かえって目立つだろ。自ら異端者だと言って歩くようなものだ」

 叙任式を経て正式な騎士となってからのウェーナーは、教会の教えに忠実だ。忠実、であるよう振舞うために学んでいると言っていた。

 そんな彼が言うのであれば、男装は悪手であったのだ。

「だって」

 ヴィルヘルミーナを探す連中から逃げるにはよい手だと思ったのに。

「だってじゃない。着替えろ」

 ばさっと投げて寄越されたのは、下町の少女が着るような簡素なスカートだった。足首が隠れるか怪しい長さで、裾を気にせず動き回れる。

「……これ」

 どこで手に入れてきたのだと、どうでもいい疑問が浮かんで動きを止めてしまう。

「急げ。着方忘れたとか言うなよ。俺は手伝わないぞ」

「着れるよ。あっち向いてて」

「気にしてる場合か!」

「気にしなくていい場合っていつよ!」

 ウェーナーは、今でもミーナを子どもだと思っているのだろうか。

「今だよ!」

 言いながらも彼は、ミーナに背を向けた。

 初めて会ったときから、大人のように見えていた。それは彼女が子どもだったからだ。八歳の子どもには、四つ上の少年は大人も同然だった。

 だけどそうではなかったようだ。

 いつもミーナの後ろに黙って立っているばかりだったウェーナーの背中を、久しぶりに見た。

 記憶にあるよりもずっと逞しいその背は、鍛え上げた騎士のものだった。


 そう。彼は騎士だ。神の戦士であると教会で認められた騎士なのだ。

 そのはずなのに、教会から追われようとしているミーナを助けに来てくれた。

「……なんで?」

 着替えながらつぶやくように訊ねると、ウェーナーは律儀に問い返してきた。

「何が」

「あたし、異端審問に掛けられるんでしょう。なんで助けに来てくれたの?」

「おまえ魔女なのか」

 ミーナはぶんぶんと音がするほど強く首を振った。

「ううん。ううん、あたし魔女なんかじゃない」

 敬虔な信者かと問われると、自信を持って頷くことはできないが、でも異端の力に興味を持ったり、ましてや操ったことなど一度もない。

「知ってる。ミーナは男装の罪もすぐに悔い改めた。おまえは異端じゃない。だから来たんだ」

 ウェーナーは当たり前のようにミーナを信じて、当たり前のように助けに来てくれた。

 彼にはチビのくせに、なんて憎まれ口を何度も叩いた。でも彼は、本物の騎士様だ。

 断罪されようとする無実の少女を、たったひとりで助けに来てくれるなんて。物語に出てくるような、真の騎士様だ。

「ウェーナーがかっこいい。偽者みたい」

「褒めたいのか貶したいのかどっちだ」

「……ほめたい。たたえたいよ。でも大丈夫なの?」

「大丈夫なわけあるか。でも俺が大丈夫なままいれば、おまえが大丈夫じゃなくなるだろ」

 なんだそれ。かっこよすぎる。

 いつもと同じ無愛想な顔で騎士道物語の主人公のようなことをしようとするウェーナーを、ミーナは見上げた。

「ありがとう、って言っていいの?」

 ウェーナーは、大丈夫なまま、安全な場所にいることが可能なのに。

 彼はなんでもないことのように、ミーナを見下ろして言った。

「昔な、兄貴が言ってたんだ。聖職者だって間違えることはある。神じゃないんだから。だから、聖職者が間違えそうなときに間違わないよう助けてやることは、神の教えに忠実であることと矛盾しないんだって」

「頭の回るクソガキじゃん」

「未来の神父だ。神学校の学生」

「うそお」

 ミーナは久しぶりに下町の少女の姿に戻った。ウェーナーはそれを見回すと、手に持っていた外套を肩に掛けてくれた。

「本当だ。準備はいいな。異端審問の準備がもうすぐ整う。半日もしないうちに審問官が到着するぞ」

「うそ」

 そんなにすぐだとは思わなかった。

「うそうそうるせえな。こんな嘘ついてどうする。行くぞ。黙ってついて来い」

 そしてウェーナーは、硬くて大きな、お父さんみたいな手でミーナの右手を引いてくれた。



 騎士姿のウェーナーと外に出るのはしごく簡単だった。

 部屋のすぐ外には相変わらず見張りなんかいなかったから、さっと出てしまえば問題なかった。

 どこもかしこもぴかぴかに磨き上げられた大公世子宮の廊下は、騎士に案内されて仕事場に向かう下働きのような顔をしていた。

 ヴィルヘルミーナは絶対にしては駄目だと言われたように、廊下の隅っこを背中を丸めてうつむき加減に歩くのだ。

 人目を気にして、つないだ手はすぐに離された。だけど目の前の背中だけ見ていれば恐怖なんかなくなる気がした。

 騎士に先導されて歩く少女のことは、誰も気にしなかった。

 誰に見咎められることもなく、使用人用の通用口から建物の外に出られた。

 あとは広い敷地を、目立たない場所を通って城門を目指して歩くだけだ。


 嬉しさと緊張で震えそうになっているミーナをちらと見遣って、ウェーナーが低く注意を促してきた。

「……絶対に上を見るなよ」

「?」

「フリード様がいる」

「!」

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