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はじまり


 稀代の悪女、ヴィルヘルミーナ。

 大公世子を誘惑し、彼の婚約者をその座から蹴落とした。

 生まれも育ちも定かでない。彼女はある日突然大公世子が連れ帰り、その日から彼の寵愛を一身に受けた。

 見目良く聡明、慈悲深い大公世子は国民からの人気が高く、公国の未来は安泰だといわれていた。

 そんな立派な世嗣ぎの君の初めての醜聞が、女だった。

 どこの馬の骨とも、と言われる女を人目も憚らず寵愛し、幼い頃からの婚約をいとも簡単に破棄したのだ。

 女が悪い。

 みなが口を揃えてそう言った。

 純粋な大公世子をたぶらかし、悪行に走らせた。

 毒婦ヴィルヘルミーナ。

 すべては彼女が悪いのだ。

 





 その頃のミーナ・ランゲは、賢い子だ、しっかりしてる、さすが長女だ、と言われて育ち十二年。下町の食堂を営む両親の手伝いの傍ら、近所に住む親戚の商会に通い読み書き計算帳簿付けを習っていた。

 十二歳ながら半人前以上の働き手であったミーナは、外見も一人前に近かった。

 といっても身長だけではあるのだが。肉付きだとかおイロケだとかいった面では、三軒向こうに住む同い歳のチビな幼馴染みのほうがよっぽど立派なくらいだ。

 とにかくミーナは大人の女性並みの身長と、賢い頭、幼い弟妹の模範になるよう生きなければという使命感を持って生きる立派な娘であったのだ。


 しっかり者のミーナちゃん。

 だが繰り返すが、彼女は十二歳の夢見るお年頃な少女であったのだ。

 若い美丈夫に求婚されて舞い上がるのも無理はないというものである。


 彼の名はフリード。

 よく食堂に昼食を食べに来る客である。

 十ハ歳だという彼はまだ周りから子ども扱いされていたけれど、十二歳のミーナの眼には大人の男性にしか見えなかった。

 黒々とした巻き毛に知的な緑色の瞳、微笑みを絶やさない唇、同年代の男の子にノッポ扱いされているミーナよりもずっと高い背。

 これでもだいぶ太くなったんだと袖を捲ってみせる腕はまだまだ女の子みたいだな、と揶揄われていたけれど、その華奢さがまた素敵だった。

 王子様みたい、とミーナ含む少女たちはみんな彼を見て頬を染めていた。

 裕福な商人か下級貴族の息子を装ってはいるが、あれは多分もっと偉い家の子だろうなと、大人たちは言っていた。

 憧れていただけだ。

 年齢が離れているだけでなく、身分が違うんじゃあどうにかなりようもない。



 それが何故、突然

「ミーナ、僕と結婚してくれないか」

 という話になるのかよく分からなかった。

 分からないなりに、ミーナは舞い上がった。それはもう、空を飛べるくらいに一瞬で舞い上がった。

 だから

「はい!」

 と即答した。

 その瞬間、フリードの後ろに立つ少年、ウェーナーの顔が一気に曇ったことなんか、ミーナにはどうでもよかった。

 良かった。ありがとう。

 と微笑んだ彼は、その足でミーナの両親に話をつけに行った。

「ミーナさんがまだ十二歳だということは分かっています。焦りすぎとは分かっていますが、美しくなった彼女を見て、他の男に取られやしないかと心配になってしまったのです」

 美しいなんてやだあ、と彼の隣でミーナはてれてれとしていた。

 そこでお願いがあります、とフリードは真面目な顔のまま続けた。

「今すぐに結婚なんて無茶は言いません。ミーナさんには四年ほど婚約者として僕の家に住んでいただきたいのです。その間に僕は、彼女を守れるだけの足固めをします。どうか若造の我儘をお許しいただけないでしょうか」

 彼は年齢に似合わない流暢な語り口で両親を説得した。

 下町暮らしのミーナの両親は圧倒されて、頷くことしかできなかった。


 上手い話には裏がある。

 口の上手い男には気をつけろ。

 常々言っていた両親は、こうしてあっさりと、十二年大事に育てた娘を受け渡したのだ。

 あっさり、などと言っては彼らに酷か。

 二年振りに現れたフリードは、夢見る少女だけでなく、誰が見てもどこから見ても王子様だった。

 キラキラとヒラヒラが多用されているのに女々しくない煌びやかな衣装。彼に付き随う立派な騎士。

 店舗の前に横付けした馬車には、大公家の家紋が入っていた。

 店にいたミーナは、フリードしか見ていなかった。

 自分に求婚するためにこんな立派な格好をしてきてくれたのだと、ただただ感動と興奮で胸と頭がいっぱいだったのだ。

 青い顔をした両親は、突然娘が嫁ぐことになって驚き寂しがっているのだろう、ウェーナーが不愛想なのはいつものことだし、と、そのくらいにしか思わなかった。



 今なら分かる。浅はかだったのだ。

 でもそれで良かったのかもしれない。

 ミーナがもっと賢くて冷静な子だったら、恐ろしさに泣き出してしまっていただろうから。

 彼女の両親は、大公家の紋章を掲げた騎士の威圧に逆らうことは許されず、はしゃぐ娘を黙って見送ることしかできなかった。

 ミーナは周囲の空気に何も気づかず、否、気づかないようフリードの腕に抱えられ、生まれて初めてのお姫様抱っこにうっとりしていただけだった。



 こうしてミーナは、ランドバーリー公国次期大公の婚約者となったのだった。

流行りに乗ってみたくて、婚約破棄タグを使っての話を初めて創ってみました。

気づくのが遅すぎた流行が終わっていませんように。

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