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コメディー短編(異世界恋愛・ファンタジー)

わたくしを溺愛する兄の復讐が地味すぎますわ

作者: 多田 笑

 わたくしの名前はセシリア・イデキア。名門・イデキア伯爵家の令嬢にして、「お兄様に溺愛され令嬢」でございます。


 そして本日は、記念すべき「婚約破棄記念日」となりました。


「セシリア・イデキア嬢。貴女との婚約は破棄させていただきます! ぼく、本当の愛に目覚めたんです……!」


 そう叫び、社交界のど真ん中でわたくしを捨てたのは、モウハキヤ侯爵家のご令息、ギルベルト・モウハキヤ。外見こそ整っているものの、中身は湿った豆腐のような男です。


 お相手は、あのピンクハニー嬢。金髪くるくるのキュート系女子で、「自称・恋に生きる女」。


 彼女が涙ぐんでギルベルトの腕にすがったその瞬間、わたくしは優雅にスカートを翻し、会場を後にしました。泣き顔を見せぬのが、イデキア家の女の嗜みですから。


 けれど、心の中では。


 いい加減にしなさいよ、ギルベルト。昨日まで詩調のラブレターを送ってきてたくせに!


 そんなギルベルトとの婚約破棄を、わたくしが帰宅して最初に報告した相手は──もちろん、兄様でした。


「くっ……許さん! 俺のかわいい妹を婚約破棄するとは……復讐してやる!!」


 兄、マリク・イデキア。王室直属の天才魔法使いにして、笑顔の裏に執念深さと几帳面さを隠し持つ、恐ろしいお方。


 「復讐」という単語を聞いて、わたくしは戦慄しました。爆破? 氷漬け? 転職妨害魔術? それとも社会的死?


 しかし兄様は、静かに微笑んで言ったのです。


「少しずつ、苦しめてやるさ」


「えっ」



 そして翌日から、ギルベルトに異変が。


 朝、執事が完璧に淹れた紅茶に口もつけず、彼は鏡の前で立ち尽くしていました。


「……なんなんだ、この髪の毛は!」


 右前髪が、ほんの少しだけ外に跳ねていたのです。直すには微妙すぎる、だが放置もできない、絶妙な寝癖。


 整髪料など使えば髪がべたついてしまいますし、水で整えようものなら、髪型そのものが台無しになってしまいますわ。誰もはっきりと「寝癖」とは申さないでしょうけれど、どこかしら違和感を覚えることでしょう。このままでは、社交界の視線がまるで棘のように痛うございますわ。


 ──あの令息、鏡を見ずに出てきたのかしら?

 

 ──身だしなみに気を遣わなくなった?


 ──失恋ショックで自暴自棄?


 社交界でそのように噂されてしまうでしょう。それが「微妙寝癖」の恐ろしさでもあります。


 その日、ギルベルトは三度帰宅して髪を整え、最終的に帽子で誤魔化し、晩餐会に遅刻しました。


 わたくしは、遠隔観察魔法でその様子を見ながら、兄様と紅茶を楽しんでおりました。


 地味ですわ……でも、精神的ダメージは大ですわね。


 そして、彼の受難は続きます。


 公文書に署名しようとすると、必ずインクが「しみ」になる。よりによって貴族名の部分だけ滲み、別人扱いされる始末。どんなに注意しても避けられない。まるで芸術。


 着替えでは、必ずボタンをかけ違える。気づかずに舞踏会へ行き、大笑いされる。


 靴を履けば左右逆。狩りに出かけて指摘され、令息たちに失笑される。


 さらに──突然の手汗で書類がふやけて破ける。しかも、よりによって領地税の報告書。「破けました」では済まされず、不正の疑いまで。


 紅茶までぬるくなる。味は上品なままなので、文句も言えず──まさに陰湿。


 ギルベルトの「じわじわくる不幸」は、誰にも気づかれぬまま、日常を蝕んでいったのです。


 そんなある日、兄様が言いました。


「そろそろ、仕上げの魔法だ」


 し、仕上げ……!? いよいよ社会的抹殺かしら……?



 その夜。


「……鍵、かけたよな? かけたよな……?」


 ギルベルトは、自室の引き出しの前に仁王立ちしていました。そこには、「セシリア様との未来の家庭日記」が──。


 子どもの名前リスト、理想の朝食風景のイラスト、呼び方案(セシリたん、しーちゃん、セッセ)まで完備。


 鍵は、確かにかけました。けれども、なぜか不安になるのが「地味な魔法」のおそろしさ。


 ……こんなにも恥ずかしい日記が公の目に触れることになりましたら……彼の貴族としての立場が危うくなってしまいますわ……!


 ガチャガチャ……


 閉まってる。

 

 ガチャガチャガチャ……


 まだ閉まってる。


 ガチャ……


 ──取っ手がとれた。


 わたくしはその様子を観察しながら、紅茶を啜りました。


「兄様、……地味すぎますわ。でも、確実に気になるやつですの。鍵をかけたかどうかって、一度気になり始めると、外出先でもそのことばかり考えてしまいますわ」


「彼は今後、眠るたびに鍵の夢を見る。己の恥が暴かれる恐怖に苛まれながら、地獄を味わうが良い……」


 ……悪魔ですか?


 兄様は優雅に微笑み、紅茶をひとくち。


「復讐とは、地味であるべきだよ、セシリア。派手な破滅より、静かなる恐怖の方が、長く、深く効くからね」


 なるほど。復讐もまた、芸術。


 そして、わたくしは誓いました。次の恋では──


 日記はつけないわ。万が一に備えて。



 その夜、ギルベルトはうなされました。


「……鍵……かけたよね……?」


 翌日も、


「……かけたはず……たぶん……?」


 さらには、


「……でも、ほんとうに……?」


 ついには執事に言われました。


「……もう、日記捨てたらいかがですか」



 後日談。


 兄様の復讐のおかげで、わたくしは婚約破棄すら笑い話に変えられました。


 そして今、新たな恋の予感も……?


「セシリア。新しく惚れた相手は誰だ。フルネームで」


「兄様ストップ!! 地味にいじめる気でしょう!!」


 そんなわたくしの日常は、今日も、わりと平和で元気です。

最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。


先日、私のコメディー作品のほとんどに、ポイントを付けてくださった方、本当にありがとうございます!


5月23日、24日の朝昼夜の更新で、日間コメディーランキング1位を獲得しました。皆様のご支援のおかげです。


本当にありがとうございます!


泣きそうです ・゜・(つД`)・゜・


泣いてるやん!

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― 新着の感想 ―
これはいいざまぁ。 面白かったです
怖い!怖すぎる…!!社会的な死より自分が死ぬやつじゃないですか…!! 自分の名前だけ汚れるのもなんか嫌だし、前髪という鏡で見える所がおかしいのもピンポイントで社会的評価を下げてくるし、兄のセンスが凄い…
……鍵……かけたよね……? 今日イチ、笑いましたっ ((((≧▽≦)))) 最後は水虫だな?!と思いながらスクロールしたらコレ!あっは…って声でました。 はぁ〜とても満足です。
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