言の泡
小説の書き方は、勉強中です。
拙い文ですが、よろしくお願いします。
昼休み、校舎の外を歩いていた。
日差しは強く、春とはいえ少し汗ばむ陽気だった。
不意に頭の上から冷たい感触が襲ってきた。
「うっ!」
思わず声を上げ、びしょ濡れになったシャツを見下ろす。
何が起きたのか理解できずに顔を上げると、二階のベランダに数人のクラスメイトがいた。
「はははっ!!」
「おもしれぇー!!」
彼らはバケツを手にし、笑っている。
どうやら、これが彼らの遊びだったらしい。
濡れた前髪の隙間から彼らを見る。
楽しそうに笑う顔が視界に入るたび、胸の奥で泡が弾ける。
「おいおい、そんなマジな顔すんなって。
遊びじゃん!!」
「そうだぞ、そうだぞ。
いつもヘラヘラしてる癖にー!!」
笑い声混じりの言葉が降り注ぐ。
僕は、ゆっくりとまばたきをしてから、息を吐いた。
「・・・・・・そう・・・・・・か。
まじ、びびったわ・・・・・・
やるなら言ってよー。」
「じゃあ、もう1回行くぞー!!」
「えっ、マジか・・・・・・」
また冷たい水が降ってきた。
思わず身をすくめながら目を前に向けると、目の前に金髪の少年が黒い何かを持って立っていた。
何か言っているようだったが、反射的に身体が動いてしまった。
後先考えずに、その場から全力で逃げる。
背後で誰かが大笑いする声が聞こえた。
****
目を開けると、綺麗な夜空が広がっていた。
瞬く星々が深い闇の中に浮かび、静かに輝いている。
耳をすませば、木が弾ける優しい音が聞こえた。
焚き火のはぜる音とともに、暖かな空気が頬を撫でる。
「目が覚めたか。」
明るい声が聞こえた。
「良かったぁ〜」
安堵したような、どこか弾む声。
「大丈夫か?
ここがどこかわかるか?」
問いかけに反応し、体を起こして辺りを見回した。
そこには、男性二人と女性一人が焚き火を囲んで座っていた。
三人とも、どこか安心したような表情を浮かべている。
「えっと。
・・・・・・その、みなさんは誰でしょうか?」
「ああー、わりぃわりぃ。
そりゃ知らんやつに囲まれてたらビビるよな。
俺は、【カイト】。」
膝の上で頬杖をつく少年が、軽く手を挙げる。
彼は短く切りそろえられた金髪に、銀の鎧を纏い、腰には剣を携えていた。
その身にまとう光が、炎の輝きだけではないように見えた。
「私は、【ミウ】。
よろしくね!」
そう言い、手を軽く振る彼女は、まさに黒魔道士といった格好をしていた。
深い藍色のローブを身にまとい、自分の肩幅ほどもある、つば広の帽子を被っている。
でかい帽子を被っているが邪魔じゃないんだろうか。
「俺は、【オウン】だ。」
低く、よく通る声だった。
焚き火の橙色の光に照らされた彼の顔は、無表情で、何を考えているのか読み取れない。
彼は片手に持った棒で、焚き火を突いた。
火の粉が弾け、炎が一瞬、勢いを増す。
炎の揺らめきが、硬派な雰囲気を纏う男の体を鮮烈に照らし出していた。
「・・・・・・僕は【ミナト】って言います。」
僕はいつも通り、薄ら笑を浮かべる。
「ミナトか。
お前、あんなところに寝てたけど、何があったんだ?」
カイトがあくびをしながら、まるで何か不思議なことでも見たかのように僕を見ている。
「え・・・・・・。
寝てた、ですか?」
「カイト。
多分、服装からして、こいつは転生者だ。
聞いてもわからないと思うぞ。」
オウンは、薪を静かに追加した。
薪がぱちぱちと音を立て、炎が少し大きくなった。
赤い光が周囲を照らし、焚き火の周りの影が一層濃くなる。
「へぇ〜!
転生者、初めて見た!」
ミウは目を大きく見開き、驚きの表情を浮かべながら、口元を手で隠した。
「あっ、えっと、転生者って、なんですか?」
「転生者は、別の世界で死んで、こちらに何故か迷い込んでくる人間のことだ。」
オウンの言葉に、僕は少し前の事を思い出す。
(いつも通り高校にいったあと、バイトして、家に帰ったら少し机でウトウトしてただけだったはずなんだけどな。)
「・・・・・・多分、転生者・・・・・・だと思います。」
「じゃあ、元の世界で死んだってことか!?」
カイトは驚いた顔で声を上げ、頬杖を外した。
「ちょっと、カイト!!
もう少し言葉考えて!!」
ミウは目を見開き、すっと体を前に出す。
彼女の真剣な表情が、周囲の空気を引き締めた。
「あっ、いえ・・・・・・しっ、死んでないと思うんですけど・・・・・・」
「そうなのか?
ならなぜ?」
オウンはその言葉に反応して、目を少し細め、不思議そうな表情を浮かべながらこちらを見た。
「・・・・・・分かりません。」
「そうか・・・・・・」
「まぁ、いいや。
無事なら寝るわ。
見張り頼むな。」
カイトはそう言うと、鎧と武器を外し、雑に地面に置くと、敷いてあった布の上に体を投げ出した。
まるで一日の疲れをそのまま布に預けるかのように、すぐに目を閉じた。
「もう・・・・・・
じゃあ、私も寝るね。
おやすみ〜」
ミウも静かに立ち上がり、別の場所に敷かれた布の上に向かう。
「ああ、おやすみ。
で、ミナトはどうする?
寝てもいいが、俺は起きてるから、聞きたいことはがあったら聞いてもいいぞ。」
「あっ・・・・・・えっと・・・・・・」
「落ち着け。
ゆっくりでいい、夜は長い。」
オウンは、焚き火を見つめながらあくびをする。
「・・・・・・ありがとう・・・・・・ございます・・・・・・」
また、心の中で、泡が弾ける。
ゆっくり言葉をつむぎ、この世界の事をオウンに訪ねた。
ここが、魔法により文明が発展した異世界だということがわかった。
彼らは冒険者という職業で魔物を狩って生計を立てるらしい。
狩った魔物の肉は食用として出回り、薬草などは薬として出回る、この世界ではなくてはならない職業なんだそうだ。
彼らは、いつも通り、魔物の狩り街に戻ろうと歩いている時に、森の中で寝ていた僕を発見した。
放ってもおけず、オウンが背負って、ここまで運んでくれたようだ。
「もし、お前に行くあてがないなら、街まで連れていくがどうする?」
オウンは焚き火から目を離し、じっと僕を見つめた。
「ぜひ、お願いします・・・・・・」
僕は、彼らに街まで連れて行ってもらうことにした。
****
彼らの後ろをついていき、街に到着した。
街は、思っていた以上に発展していた。
中世のようなデザインの色鮮やかな建物が、所狭しと並び、まるで時代を超えた美しさを放っていた。
建物の窓には花が飾られている。
街の石畳の道には、人を乗せる部分が剥き出しの軽そうな車が揺れながら行き交い、その上に乗った人々はおしゃれな服や豪華な鎧を身にまとっている。
しかし、その華やかな風景とは裏腹に、街の隅には動物の耳を生やした人たちが、ボロボロの服を着て座っているのが見える。
彼らの目はどこか寂しげで、街の繁華に溶け込むことなく、誰の目にも止まらず、静かに存在しているだけだった。
その不思議な風景を気にも止めず、カイト達は街に着くなり、軽く店の説明をしながら、ある建物へと足を進めた。
「・・・・・・この建物は?」
目の前にある建物は、周りの他の建物と比べて一際大きく、周囲の喧騒を吸い込むかのように人の出入りが激しかった。
その建物の看板には、人の足を模ったような不思議なマークが描かれており、【アクディー・ギルド】と大きく書かれていた。
カイトは、僕の前に立ち、こちらを向きながら、建物を指差す。
「ここは、冒険者ギルドだ。
俺たちはここで仕事を受けて魔物を狩りに行く。
終わったら報告をしてお金をもらう。
そういう場所だ。」
「もしミナトがいくあてがないなら、タイミングもいいし、私たちが話をつけて、初心者講習会に参加させれるけどどうする?
初心者講習会の間は、ご飯も出るし、ギルドの余った部屋に寝泊まりできるよ。」
ミウは、胸元で手を合わせると、首を軽く傾げた。
「・・・・・・そんなありがたいお話があるんですか?
でも、迷惑じゃ・・・・・・」
後ろからオウンの手が静かに僕の肩に乗った。
温かくて、どこか安心感を感じるその手に、思わず少し肩の力が抜けた。
「気にするな。
俺たちは、それなりにランクの高い冒険者だからな。
ギルドも俺たちのお願いに嫌な顔はしないさ。」
僕は、彼らのその優しさに少し泣きそうになった。
「・・・・・・よろしくお願いします!」
僕は頭を下げた。
****
初心者講習は、1週間続いた。
ご飯も出るし寝泊まりする場所も用意されるが、それには理由があった。
一つは、びっくりするような詰め込み教育が行われるからだそうだ。
座学は分厚い本を渡され、それを元に色々教えられる。
実技では、体力作りで走らされ、武器の訓練で怪我をする。
1日が終わる頃には、疲れ切って動けないため、ギルドの部屋に転がされる。
それがわかっているから、部屋や食事を用意しているようだ。
2つ、冒険者は、身寄りがない、まともな教育を受けていない、そう言った身元不明、訳ありな人間がなれる、数少ない職業として、国が運営している組織だからだそうだ。
さらに、冒険者になることができる年齢制限が、低く設定されていることも要因の一つらしい。
冒険者は死や怪我と隣り合わせ。
そのため、人が減りやすく、いつでも人手が欲しい、かと言って、誰しもが戦えるわけではない。
そこで、講習会を開くことで、簡単に死なれないようにするためと、冒険者になるハードルを下げるために講習会があるようだ。
もちろん、冒険者には、貴族出身などいるし、一攫千金を夢見る人もいれば、普通に冒険者になりたくてなる人もいる。
それなりに教育を受けている人は、この講習を免除で冒険者になれるそうだ。
****
「では、午前は座学だ。
配布した本の25ページを開け。」
長机がいくつも並んだ部屋に、僕たちは前から適当に座らされた。
少し雑然とした感じの中で、講習が静かに始まった。
「キラーラビットは、踵にナイフがついている。
それを攻撃に使うが、ナイフが小さいため首などの急所を狙ってくる。
そして、キラーラビットが生息している周辺には、強い肉食の魔物が住み着いていることが多い。」
教壇に立つギルド職員は、黒板に文字を丁寧に書きながら説明をしている。
その内容は、魔法や武術、ギルドの運営に関することなど多岐にわたっていた。
彼の声が静かに響く中、僕たちは配られた本を手に取り、黙々とページをめくった。
「質問いいですか?」
突然、前方から声が上がった。
見るからに真面目そうな若い少年が、手を挙げていた。
真剣な表情で、彼の目はギルド職員を見つめている。
「なんだ?」
「もし、強い魔物に出会したらどうすればいいですか?」
少年の質問に、ギルド職員は少し間を置いてから、すごいキメ顔で答える。
「そんなものは決まっている・・・・・・
諦めろ!!」
「えっ!?
本気ですか!?」
少年は驚きのあまり、目を大きく見開き、しばらくその場で固まっていた。
「確かに、目を合わせながら少しずつ後退するなどが有効手段としてあるが、相手は魔物だ。
気まぐれに攻撃をしてくるかもしれない。
自分の身を守りたいなら、格上に遭遇しない努力をする方が賢明だ。
遭遇したら「人生終わったわ」くらいのつもりでいるといい。」
「わっ、わかりました・・・・・・」
座学は、まるで学校の授業や夏期講習のようだった。
ただ、内容は非常に実践的で、すぐにでも役立ちそうなものばかりだった。
****
午後は、ギルドの裏手にある広い訓練場に集められた。
「さぁ、午後は実技だ!!
剣術なんかも教えるが、初めの数日は走ってもらう!!」
教官の声が訓練場に響き渡ると、僕たちはその言葉を聞いて一瞬固まった。
訓練場は広大で、日差しを浴びて地面が熱を帯びている。
「あっあの、どれくらい走ればいいですか?」
黒髪の女性が、恐る恐る手を上げて質問した。
彼女の声には少し震えがあり、明らかに不安が滲んでいた。
「ん?
日が落ちるまでだ!!
もちろん水分補給も忘れずにな!!」
教官は当然だと言わんばかりの表情で答える。
その答えに、僕たち全員が固まり、思わず顔を見合わせる。
「嘘!?」
女性の顔はすっかり青ざめていた。
それもそのはず、今の時刻は昼食を取った後で、休憩も1時間程度しか取っていない。
つまり、約4〜5時間、走り続けなければならないということだ。
「さぁ、始めるぞ!!
準備をしろ!!
大丈夫だ!!
お前達なら出来る!!」
僕らの何を知っているのか知らないが、とても前向きな言葉と共にランニングが始まった。
僕たちの中で、誰もが早く走り出すことをためらった。
走り続ける時間が長いと分かっていたので、みんな最初から無理をせず、ジョギング程度のペースで走り出した。
しかし、最後尾で一緒に走る教官は、猛火の如きテンションだった。
「ほら、もっと早くいけるぞ!!
お前らなら出来る!!
まだ、終わりまで数時間あるけど、それを理由に手を抜いちゃだめだ!!」
教官は叫びながら、どんどんペースを上げていく。
それに、追いつかれると、すごい近くで・・・・・・
「ちょっと、どうした、どうした!!
頑張れ、頑張れ!!
負けるな!!」
すごく応援される。
とてもいい人なのはわかるのだが、わかるのだが・・・・・・
皆、追いつかれないように、ペースを早める。
「いけるいける!!
お前らなら絶対大丈夫!!」
まだ、後ろから声が聞こえる。
「ほら、まだまだいける!!
頑張れ!!
俺も頑張るから!!」
結局、教官の熱い声は、終わりまで続いた。
「よし、よく頑張ったな、みんな!!」
教官は満足げに拍手を送った。
しかし、僕たちはすっかり疲れ切っていた。
「ちょっと、もう無理・・・・・・」
「これ・・・・・・
明日もやんの・・・・・・」
皆思い思いに弱音を吐きながら、地面に寝転がる。
それぞれが自分の体力の限界を感じているようだった。
訓練場の隅で、吐いてる人もいる
「さぁ、もう少しでご飯の時間だ!!
たくさん食べろよ!!」
同じ距離を、僕らより早いペースで走ったと思えないくらい、教官はまだ燃えていた。
「飯、食ったら吐くって・・・・・・」
「俺、今日は風呂入って寝る・・・・・・」
僕たちは何とか一日を乗り越えた。
この日々が続くことを考えると、少しだけ不安になりながらも、仲間たちと共に励まし合いながら、明日も訓練を乗り越える決意を固めていた。
ちなみに、筋肉痛は、回復魔法で治された。
****
そんな講習会を乗り切った僕は、晴れて冒険者になることができた。
しかし、ギルドが部屋や食事を用意してくれるのは、講習期間だけ。
早速、簡単な依頼をこなして今日の宿代を稼がなくてはいけない。
しかし、クエストを受けるために、初対面の受付嬢と話すという、とんでもなく高い壁に、挑戦しなくてはいけない。
僕は、意を決して、銀髪の女性に話しかける。
「あっ、あの・・・・・・
クエストを受けたいんですけど・・・・・・」
「わかりました。
登録証の提示をお願いします。」
「はっ、はい。」
受付嬢は、登録証を受け取りながら、柔らかな笑顔を見せた。
その笑顔には、どこか安心感があり、僕の緊張を少しだけ解いてくれた。
「Fランク・・・・・・というか、昨日、登録したばかりですね。
初クエストですか、頑張ってくださいね!」
彼女はその後、静かに拳を軽く握りしめる。
その仕草がとても力強く、心からの応援が伝わってくるようだった。
「あっ、ありがとう・・・・・・ございます」
「ふふ。
では、Fランクの方はこちらのファイルから選べます。
初心者であれば、雑用系がおすすめですよ。」
受付嬢は、ファイルを開きながら机に置く。
「じゃあ、最初は、この荷物運びで・・・・・・」
なぜか笑われてしまったが、受付嬢が適当に開いていたページの仕事を選んだ。
なんとかクエストを受けることができた。
今日一番の大仕事を終えた気分だ。
****
クエストで指定された場所に到着した。
今回の荷物運びは、とある武器屋からの依頼だった。
その武器屋の建物は、周りの商店に比べて一回り大きく、商売を成功させたからなのか、堂々とした佇まいを見せていた。
そして、さっき感じた、「大仕事を終えた」という勘違いを正すことになった。
普通に考えれば当然だが、依頼を受けた以上、依頼相手と話さなければならない。
そのことを、あの時の僕は考えついていなかった。
色々諦めて、武器屋の扉を開けた。
奥から「おーう、らっしゃい」という声が聞こえる。
店内は整理整頓されており、武器の品種ごとに綺麗に分けられていた。。
どの棚も一目で欲しいものが見つかりそうなくらい、整然と並んでいる。
僕は少し緊張しながら、店の奥にあるカウンターに向かって歩いた。
カウンターにいたのは、体が大きく屈強な男性で、茶髪に、いかにも仕事に慣れているという風貌の顔つきだ。
「・・・・・・あの、クエスト受けてきたんですけど。」
「あぁ?
クエスト受けてくれたのか。
ありがとよ。」
店員はそう言って、にっこりと笑いながら僕を店の奥へと案内した。
「早速だが、あそこの木箱を、裏手の建物の倉庫に運んでくれ。
裏手の建物にも人はいるから、細かいことはそっちに聞いてくれ。」
木箱は全部で五十箱くらい並べられていて、サイズはちょうど両手で持ちやすいくらいの大きさだった。
それらは最大三段で重ねられている。
「わかりました。」
僕は一度頷いて、木箱を持ち上げる。
思ったよりも重く、20kgくらいはありそうだ。
持てないわけではないが、その重さに少し息が上がりそうになる。
思わず、店員に質問をしてしまった。
「あっ、あの、これ何入ってるんですか?」
店員は、少し困った顔をした。
「箱の中身は、鉱石だ。
今朝、かなり珍しい鉱石が大量に届いて軽く加工をしたんだが、他の店の奴らが、長期の有給やら体調崩すやらで、休んでてな・・・・・・
雑に保管すると劣化が早くなるから保管庫に入れたいんだが、そこそこ重いせいで、誰でも運べるわけじゃない。
だから、急ぎの案件で、ギルドに依頼をしたんだ。」
「そういうことですか。
・・・・・・ありがとうございます。
では、運びますね。」
「おう、頼むぞ。
腰悪くすんなよ。」
店員はカウンターに戻りながら、僕に向かって軽く手を振った。
その表情は、見た目の怖さとは裏腹に、とても温かかった。
顔の割にというのは失礼だが、かなりいい人だ。
木箱を1つ持ち、絶妙に遠い裏手の建物に入る。
店内はきれいに整然と並べられていたが、裏手の建物はまるで別世界のように、物で溢れかえっていた。
周りを見渡していると、ファインダーを持った茶髪の女性が目に入った。
女性は、こちらに気づいていない様子だったので、声をかけることにした。
「・・・・・・あの、クエスト受けてきたんですけど。
これ、どこ置けばいいですか?」
僕がそう言うと、女性は少し驚いた様子でこちらを見てから、ニッと笑って答えた。
「んん?
あぁ、親父が依頼したやつか。
受けてくれたんだな。
ありがとよ。」
どうやらこの女性は、先ほどの店員の娘のようだ。
見た目といい、喋り方といい、かなり似ている。
「・・・・・・はい、どうもです。」
「おう、案内するからついて来てくれ。
足元、気をつけろよ。」
女性に案内されて地下に向かった。
歩いていくと、次第に空気がひんやりとしてきた。
周りは暗く、まるで冷暗所に足を踏み入れたような感じだ。
湿気を含んだ冷たい空気が肌に触れると、思わず身を縮めた。
「ここに置いてくれ。」
彼女が指示した場所に、僕は木箱を慎重に下ろす。
「鉱石ってこんなところに保管するんですね。」
「そいつは、特別でな。
加工する前は、日光に当てすぎると、すぐ劣化して割れるからここに保管をしてるんだ。」
彼女は、少し得意げに目を輝かせて続ける。
「武具にするには、特殊な加工技術が必要でな。
それを加工できるのは腕のいい証なんだ。」
言い切ると彼女は、店の方向に顔を向けた。
「・・・・・・親父さんが、誇らしいんですね。」
「ああ、憧れだ。
いつか必ず追いつく!!」
そういう彼女は、その暗い部屋の中でも、とても眩しく、暖かく見えた。
****
重い箱をひとつ、またひとつと積み上げ、気がつけばもう五十箱。
作業が終わる頃には、太陽はすっかり傾いていた。
「・・・・・・終わり・・・・・・ました。」
疲れ果てた声を振り絞り、店員と女性に報告する。
「おう。
終わったか、助かったぜ。
店は空けられないからな。」
「最初はナヨナヨした奴が来てどうなるかと思ったが、案外、力あるんだな。
ありがとよ。」
二人は口々に礼を言い、笑顔を向けてくれる。
その表情はとても晴れやかだった。
「ははっ、・・・・・・どうも。
講習会が役に立ったのかもしれません。」
僕は薄ら笑いで返す。
「じゃあ、これがサインを書いた紙だ。
あと、これも持って行ってくれ。」
店員が一枚の書類を手渡してくる。。
そしてもうひとつ、小さな紙袋も差し出した。
「これは?」
「サンドイッチだ。」
女性が得意げに拳を握る。
「お前、こんな仕事を受けてるんだから、まだランクが低いんだろ?
ちゃんと飯食って強くなれよ!」
思わぬ心遣いに、胸が熱くなる。
「・・・・・・ありがとうございます!!」
僕は深々と頭を下げ、店を後にした。
****
「・・・・・・あの、仕事終わりました。」
ギルドに戻り、今日の仕事の報告をするため、朝と同じ銀髪の受付嬢に声をかけた。
「おっ!!
終わったんですね。
お疲れ様です。」
彼女は笑顔で答え、僕は完了書類を手渡した。
「無事終了したことを確認しました。
正直、今回の依頼、そこそこ力仕事だったので、大丈夫か心配してたんですけど、よかったです。」
受付嬢は軽く首を傾げながら微笑む。
武器屋の人にも言われたが、そんなに僕は力がなさそうに見えるのだろうか。
「あっ、ありがとうございます。」
「ふふっ。
では、こちらが今回の報酬です。
また、明日からも頑張ってくださいね!」
彼女はお金の入った袋を机の上に置いた。
「はっ、はい。」
僕は袋を受け取り、ギルドを後にした。
その夜、ギルドから紹介された安い宿に泊まることにした。
部屋は狭く、ベッドと机が一つずつ置かれているだけだったが、寝るだけなら問題ない。
****
あれから、1週間がたった。
雑用や採取系のクエストをこなし、生活には困らない程度の収入を得ている。
しかし、ランクを上げるための高難度のクエストには手が届かない。
仲間を作れず、一人でいるからだ。
僕は、言葉で気持ちを伝えることが苦手だ。
心の中で言葉が泡のように弾け、伝えたい思いが消えてしまう。
言葉にしようとすればするほど、その思いは泡となり、消えていく。
泡をかき集めようと焦るうちに、相手はさらに話を続け、ますます混乱してしまう。
昔からそうだった。
友達との会話は難しく、ついていけなかった。
言葉のやり取りが速すぎて、理解が追いつかなかった。
いつも引き攣った笑顔で返すことしかできなかった。
だから、友達と呼べる人はいなかった。
引きこもることはなかったが、半ば諦めの気持ちで学校に通っていた。
(そういえば、カイトは前の世界の誰かに似てたな。
いじめっ子だったろうか。
あの子に、なんか言われた気がするけど思い出せないな。)
ギルドに向かう途中、ふと、昔のことを思い出していた。
僕は毎日ギルドに通い、銀髪の受付嬢に声をかけている。
新しい人に話しかける勇気はまだ出ず、この一週間、彼女が僕の対応をしてくれている。
「今日も来られたんですね。
頑張ってください。」
「あっ、ありがとうございます。」
一週間も同じ人と話していると、少しずつ慣れてきて、会話もしやすくなった。
「では、こちらからを選びください。」
受付嬢はいつものようにファイルを差し出す。
Fランクのままなので、毎日同じような内容のクエストが並んでいる。
しかし、今日は一つだけ、いつもと違う場所での薬草採取依頼が目に留まった。
「あの・・・・・・これは?」
「ああ、それですか・・・・・・
いつもはすぐ近くの草原が多いですが、これは森ですね。
少し危険度が上がります。」
受付嬢は少し困ったように顎に指を当てた。
「なぜ、こんなクエストが?」
「お金がない子供からの依頼なんです。
本来はEランク相当ですが、森の奥まで行かなくても採取できる薬草なので、ギルドも悩んだ末にFランクの上位クエストとして発行しました。」
彼女は小さくため息をつき、心配そうに僕を見つめる。
「迷いやすいですし、運が悪ければ【ブラウンファング】という強力な魔物に遭遇することもあります。
Fランクから上がるにはちょうどいいクエストですが・・・・・・」
「これ、受けます・・・・・・」
僕の返事に、受付嬢は驚いた表情を見せた後、俯いた。
俯く途中の彼女の顔が笑っているように見えたが、気のせいだろうか。
少し間を開けて、彼女は顔を上た
そして、心配そうな表情で言った。
「本当に、この依頼を受けるんですか?
報酬も少なく、危険です・・・・・・
ランクを上げるのだって、焦らなければ、別のクエストでも十分ですよ。」
「・・・・・・大丈夫です。
いずれは、Dランクに上がって、同じような危険なクエストにも挑むんです。
ほんの少し早くなっただけです。」
受付嬢は優しく僕の両手を包み込んだ。
「どうか無理はしないでくださいね・・・・・・」
「はっ、はい・・・・・・」
彼女は少しの間沈黙した後、僕の手を離し、書類にサインをした。
「では、これで受付終了です。
いってらっしゃい・・・・・・」
「はい、いってきます。」
にやけそうになる顔を必死で抑え、僕はギルドを後にした。
(あの受付嬢、あんなこと別の冒険者にもやってんの?
絶対、勘違いさせてるじゃん・・・・・・)
****
森の入口に立つと、木々が鬱蒼と生い茂り、太い枝と無数の葉が絡み合って空を覆っていた。
差し込む光はわずかで、昼間なのか夕暮れなのかも判別しづらい。
想像以上に不気味な雰囲気に戸惑いつつも、僕は足を踏み入れた。
依頼された薬草は、この森のどこにでも自生しているらしいが、見つけるには運が必要だという。
捜索を始めて数時間が経ち、太陽は真上に昇っていた。
他の薬草も集めてギルドに持ち込めば多少の報酬になると聞いていたので、集めながら探していたが、目的の薬草はまだ見つからない。
休憩がてら、昼食を取ることにした。
武器屋でもらったサンドイッチが気に入って、ここ一週間の昼食はすべてサンドイッチだ。
食事を終え、再び捜索を開始する。
途中、ウサギやカエルの魔物を見かけたが、見つからないようにやり過ごした。
日が沈みかけた頃、ようやく探していた薬草を見つけた。
それも群生地で、大量に生えている。少し森の奥まで来てしまったが、まっすぐ戻れば日没前に森を出られるだろう。
幸運に感謝しつつ、持てるだけ袋に詰め、帰ろうと振り返った瞬間、背筋が凍りついた。
虎のような魔物がこちらを見つめていたのだ。
その魔物は、鋭い牙と爪を持ち、全身を覆う筋肉が力強さを物語っている。
ブラウンファング――この森で最も危険とされる魔物だ。
(人生・・・終わったわ・・・)
あまりの恐怖に、体が震え、泣きそうになる。
息を呑み、ゆっくりと目を逸らさないように後ろへ下がる。
しかし、魔物も同じだけ間を詰めてくる。
恐怖に耐えきれず、僕は背を向けて走り出した。
魔物も後ろから追ってくる。
必死で木に登ると、魔物も幹に爪を立てて登ろうとする。
慌てて隣の木へ飛び移り、次々と移動した。
どれだけ逃げたか分からないが、気づけば魔物の姿はなかった。
しかし、手袋には穴が開き、手は酷く傷ついていた。
辺りはすっかり暗く、何も見えない。
これ以上の行動は危険だと判断し、木の上で休息を取ることにした。
翌朝、森を出るために歩き始めたが、食料はなく、持っていた薬草で空腹をしのいだ。
幸い、清らかな湖を見つけ、手の傷を洗い、薬草で手当てをした。
それでも、太陽が頭上を二度通り過ぎる間、森を彷徨い続けた。
(流石に、無理だ・・・・・・
調子乗ってクエスト受けるんじゃなかった。)
憔悴しきった心に、後悔と諦めが重くのしかかる。
腹は空っぽで、手の傷はじくじくと痛み、体は泥と汗にまみれていた。
二日間、まともに食べず、ただ森の中を彷徨い続けた。
希望の光が見えたことは一度もない。
ただひたすらに、木々の間を歩き、夜になれば木の上で身を縮めた。
眠れない夜が続いた。
(1人だから助けてもいえない。
いや、1人じゃなくてもどうせ言えなかったか・・・・・・)
その場に座り込んで、僕はただただ涙が流れるのを止められなかった。
助けを求めることもできず、誰かが来るのを待つこともできない。
そもそも、誰かに助けてほしいと言える人間だったなら、こんなふうに、ひとりぼっちでいるはずがなかった。
(いつから、僕はこんなんになったんだっけ?
好きでこうなりたかったわけじゃないのに・・・・・・)
泣き続けた。
何もかもが手に負えなくて、涙が止まらなかった。
気づけば、周りの世界がゆっくりと色を失い、太陽は沈みかけていた。
空が橙色から紫へと変わり、もう夜が迫っている。
目が痛い。
腫れてしまっているのがわかる。
瞼は熱を帯び、じんじんとした痛みが広がっている。
木の根元に腰を下ろし、ただただ呆然としていた。
そして、右横から、カイトが顔を見せる。
「よっ!!
ここにいたのか。
探したぜ。」
目を疑った。
あまりの絶望に幻覚を見ていると思った。
確かめるために、右手を伸ばして、カイトの左右の頬を手で挟む。
「むぐっ!」
触った感触がある。
そう実感したのも束の間、カイトに手を払われた。
「なにごと!!?
なんで俺の顔挟んだの!!?」
カイトのツッコミが森に響く。
「ちょっとカイト!
静かに!
魔物に見つかるでしょ!」
前を向けば、ミウが小声で怒鳴りつける姿が見えた。
「無事でよかった。
帰るぞ、ミナト。」
左にはオウンがいて、無表情でただ静かに立っていた。
彼の静けさが、今は妙に心地よかった。
みんながここにいてくれる、ただそれだけで、少しだけ安心できた。
その安心感が、堰を切ったように僕の目から再び涙を流させてしまった。
予想もしなかった形で、また泣いてしまう自分が恥ずかしい。
だが、どうしても涙が止まらない。
「えっ、ちょっと強く突っ込みすぎた?」
カイトが困惑した顔を浮かべながら、僕を見た。
どうやら、彼には自分が泣いている理由が分かっていないようだった。
「そんなわけないでしょ!!
不安だったの!!」
ミウが鋭く返す。
彼女の声に、少し怒りが混じっているのが分かる。
「カイト、お前はもう少し人の気持ちを考えような。」
オウンもカイトを見て、言葉をかける。
「そっ、そうか・・・・・・
まぁ、それはとりあえず置いておいて、帰るぜ、ミナト。」
カイトはそう言うと、手を伸ばして僕を見た。
少しはぐらかしたけれど、彼のその言葉には、確かな優しさがこもっていた。
僕はその手を取って立ち上がる。
体がまだ少しふらつくけれど、みんなと一緒なら何とかなる気がした。
「あの・・・・・・なんでここに?」
「ああ、それはだな。」
そう言いカイトはギルドでの出来事を話し始めた。
****
いつも通りクエストを終えた俺たちはギルドに報告のため街を歩いていた。
「ミナト大丈夫かな〜」
ミウが心配そうに空を見上げる。
「あいつも男だし大丈夫だろ。」
「いや、あの子、多分、人とのコミュニケーション苦手だよ?
ひとりじゃないといいけど・・・・・・」
「そうだな。
ミナトはカイトと違って、何を話すかよく考えているように見えた。
結果、言葉が詰まって話しずらくなっていたと思う。」
「マジか!!
なんか、口ごもってめんどくせぇやつって思ってたわ・・・・・・」
カイトは驚いた様子でオウンを見る。
「ひどっ!!」
カイトの一言に、ミウが呆れたような目を向ける。
そんな他愛のないやり取りをしながら、俺たちはギルドに向かって歩き続けた。
ギルドの扉を開けて中に入ると、すぐに銀髪の受付嬢が駆け寄ってきた。
その顔には焦りが色濃く浮かび、息を切らしながら俺たちを見た。
「ミウさん! オウンさん! カイトさん!
ミナトさん見てないですか?
2日間、ギルドに顔を見せてないんですよ!!」
彼女はミウの両肩に両手を振り下ろし、つかんだ。
その音がギルドの中で弾けるように響く。
ミウが痛そうな顔をして、その手を振りほどこうとするが、受付嬢は離そうとしない。
「【アネモネ】どうしたの?
ミナトは見てないよ。」
ミウは、驚きと痛みの入り混じった表情で答える。
「そうですか・・・・・・
森で薬草の採取を受けたっきり顔を見せないんですよ。」
銀髪の受付嬢は、悲しそうに俯いてしまった。
「それ、ミナト、森で迷ってない?」
ミウが焦った表情でカイトとオウンを交互に見る。
「迷ってる可能性はあるな。」
オウンが無表情で言う。
冷静さを保ちながらも、その言葉には少しの心配が滲んでいた。
「んー!!
流石に、見捨てらんねぇ!!
行くぞ!!」
俺たちは、急いで森に向かった。
****
「そんなわけで、ここまで来たんだ。」
「ミナト、大丈夫?」
彼女が心配そうに僕の肩に手を伸ばし、触れる。
その温かさが、僕の震える心を少しだけ落ち着けてくれる。
「あっ・・・・・・すいません・・・・・・
ご、ご迷惑をかけて。」
僕は急いで顔を背け、目をそらした。
みんなに迷惑をかけているのに、何も言えない自分が嫌だった。
気持ちをどう伝えていいのか、どんな言葉をかければいいのか、言いたいことは沢山あるのに言葉にならなかった。
「だから、気にすんなって。
無事で良かったよ!」
「しかし、何故、迷った?
確かに迷いやすくはあるが、目印とか何もつけなかったのか?」
「あっ・・・・・・それは・・・・・・虎が出てきて、それで・・・・・・」
「虎?
ブラウンファングの事か?
襲われて逃げたと?」
「そんな感じです・・・・・・」
「ブラウンファングか・・・・・・
厄介だな。」
「倒せないわけじゃないけど・・・・・・」
「よし、ここは急いで戻るか。」
カイトの言葉に、みんなが頷き、歩き出す。
森の中での迷子から脱したばかりなのに、まだ緊張感が抜けない。
僕はその後ろに続くように歩き出した。
(また、助けられてしまった。
本当に、ただただいい人たちなんだな。
思い返せば、街でまともに話した人は少ないけど、いい人ばかりだった気がする。)
「ミナト、ちゃんとついてきてるか?」
カイトの声が聞こる。
顔を上げると、彼が心配そうに僕を見ていた。
「大丈夫です・・・・・・」
だが、心の中では不安が、ぐるぐると渦を巻いている。
足音が聞こえ、みんなの気配を感じながら、最後尾について、ただひたすらについていくだけ。
途中、ミウがふと振り向いて、にっこりと笑ってくれた。
その笑顔を見て、少しだけ安心できた気がした。
「もう、迷子になるなよ。」
オウンの声が冷たくも優しく響く。
彼の無表情の中に、ほんの少しの温かさを感じる。
「・・・・・・はい、ありがとうございます。」
僕はその一言だけを返し、また一歩一歩を踏みしめていく。
足元がふらつくこともあるけれど、彼らがいるから、少しだけ安心できる気がした。
でも、気が付けば、心が不安で満たされている。
今まで感じたことがないくらい、何も言えない自分が歯痒い。
****
数分歩いた先で、急に静けさが破られた。
深い森の中で響く低い唸り声。
「くそっ!!」
カイトが声を荒げる。
彼の目が鋭くなり、手に持った剣を一瞬で引き抜く。
「ブラウンファングの唸り声だ!!
武器を構えろ!!」
その声が響くと同時に、ミウもオウンも素早く武器を取り出し、周囲を警戒しながら僕を囲む。
「しかも、1頭じゃない!!
2頭いるわ!!」
ミウの冷静な声が、状況の深刻さを強調する。
オウンも無表情のまま、慎重に振り向きながら息を呑む。
「なぜ、2頭も・・・・・・
群れるなんて、聞いた事もなかったが、まずいな・・・・・・」
オウンの声に緊張がにじむ。
(ここでも、守られるだけ。
助けられるのを待つだけ。
僕のせいで、彼らは・・・・・・)
心の中で、泡が弾ける。
(嫌だ・・・・・・)
心の中で、泡は弾け続ける。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ・・・・・・)
また、泣き出しそうになる。
窒息しそうなほど苦しい。
(ふざけるな!!
彼らは僕のために来てくれたんだ!!
こんなところで、死なせてたまるか!!)
そう思った瞬時、木々の隙間から覗いていた、薄明かりの夕日の輝きさえも消え、森を照らす光源はカイトたちのランプだけとなった。
「何・・・・・・あれ・・・・・・」
ミウが困惑した顔で、ゆっくりと頭上を見上げ、指先で示す。
その先に、突如として現れた大きな泡が、夕日の明かりを遮り、森の闇を一層深くしていた。
だが、僕は、なぜか理解していた。
あの泡は、自分の心そのものだと。
頭上にあった大きな泡が、まるで自分の意志を持つかのように、ゆっくりと形状を変え始めた。
緊迫した空気の中、泡は波打ちながら広がり、そして次第に、巨大な龍の形へと変貌を遂げた。
その龍は、優雅な曲線を体で描き、僕たちの周りを取り囲むように、とぐろを巻く。
強大な存在感を放ちながら、ブラウンファングたちに対して、毅然たる威圧感を示していた。
ブラウンファングたちは、予期せぬ光景に怯え、唸り声を上げながらも、足を止め、恐る恐るその姿を見つめた。
「逃げますよ!!」
カイトは、戸惑いと驚きが入り混じった表情で僕の声に返事をした。
「おっ、おう!!」
僕たちは全員、命を賭けるかのように全力で走り出した。
暗い森の中、必死に安全な場所を目指して駆け抜けていった。
****
森を抜け、走り続けた先の草原にたどり着くと、僕たちはその場に座り込んだ。
そこは、以前、僕が目を覚ました場所であり、どこか懐かしさと不思議な安心感が混じる場所だった。
全員、激しい走りで息が上がり、疲労と戦いの余韻が漂っている。
「はははっ、お前、すげぇな!!
あんな力持ってたのか?」
僕は照れくさそうに頭を掻きながら、静かに口を開いた。
「・・・・・・今、使えるようになりました」
そう言うと、手元に泡で作り出した小さな龍を、誇らしげに見せた。
「それ、オリジンマジックだよね。」
ミウが興味深げに、その幻のような龍を眺める。
「泡を使って、幻を出すに能力みたいです。」
「助かったぞ。
ありがとう、ミナト。
龍を貫通して普通に歩けた時は驚いたが、幻だったのなら納得だ。」
オウンが、やや安心した表情で頷く。
彼の無表情さの中にも、確かな安堵が感じられた。
「いえ!!
・・・・・・皆さんが来てくれなきゃ、今頃僕はどうなっていたか。」
「じゃあ、おあいこだな!!」
カイトがにししと笑いながら、空気を一気に明るくする。
森を歩いていた時に感じた不安は、もうなくなっていた。
(僕は、また助けられた。
でも、マッチポンプかもしれないが、助けることもできた。)
これから先もこの心は、変えることはできない。
だから、誰も受け入れてくれないと、寂しがってる癖に、人に理解をされることを諦めた。
でも、変えられないとしても、拙い言葉を紡げば良かった。
不格好でも、行動で示せば良かった。
彼らのような、聞いてくれる優しい誰かに。
ゆっくりと・・・・・・。
(あっ、思い出した。
あの時、金髪の少年は、タオルを持ってたんだ。)
「たく、嫌なら言えよ、あいつらじゃなくても、先生とかにさ。
言いずらいなら、俺でもいいぜ!!」
ゆっくり話せと言ってくれてたんだ。
聞いてくれるって言ってくれたんだ。
でも、僕は変に焦って逃げた。
嫌なことばっかり目を向けていた。
本当は、そこにあったのか・・・・・・
「あの・・・・・・その・・・・・・こんな時に言うべきことじゃないかもしれませんが、僕もパーティーに入れてくれませんか?」
僕は少し緊張しながら、恥ずかしそうに言葉を続けた。
「手放したくない」、「ここにいたい」そう思えたから。
3人が僕を見つめた瞬間、しばしの沈黙が流れる。
次の瞬間、それは驚きの表情から、柔らかな笑顔へと変わった。
「はっ、もちろんだ!!」
カイトが力強く言いながら、ガバッと起き上がって、僕の肩を組んだ。
彼の顔は笑っていて、その表情からは、喜びが溢れている。
「一緒に、冒険しようぜ!!」