優等生と問題児の恋が始まるわけがない
「これ、俺が運ぶよ。どこに持ってく?」
蛍は書類やらポスターやらが詰め込まれている、見るからに重そうな段ボールをよろけながら運んでいる女子生徒から奪い取った。女子は突然の事に面食らった顔をしていたがすぐに顔を綻ばせる。
「えっと、内藤先生。教務室にいるって」
「あーあの先生いつも重いもの持たせるよな」
段ボールを持ちながら一階の職員室に向かう途中何人かに声をかけられる。
「よー高宮、いつも忙しそうだな」
「あ、委員長。昨日授業の準備手伝ってくれてありがとう!」
「高宮、いつも手伝って貰って悪いな。先生つい頼っちゃってな」
かけられる声全てに笑顔で会釈する。どこから見ても明るい優等生である。しかし、
(段ボールおっっも!女子がこんなん持ったら筋肉痛になるわ!ったく内藤頼む相手考えろよな)
高宮蛍、クラス委員長の高二。現在進行形で猫かぶり中である。
「おお、高宮。違うクラスなのに悪いな」
「いえ、大丈夫です」
内藤先生の席の横に段ボールを置き、会釈してさっさと教務室を出ようとすると、
「高宮、いい所に。少し頼みたいことがあるんだが」
背後から担任の田中先生の低くしわがれた声に呼び止められる。絶対面倒ごとだと直感するが、無視するわけにもいかずいつも通りの張り付けた笑顔で振り向く。内藤先生の席から少し離れた席に座った田中先生が手招きしているので重い足取りで向かう。
「宇月当麻ですか…」
「ああ、テストはいいんだが出席日数がやばくてな。このままだと留年もあり得る。お前のほうから授業に出るように言ってくれないか」
(そんなん自分で言えよ、担任)
何てこと言えるわけがなく、取り敢えず笑って誤魔化す。
宇月当麻。名前だと男だと思われそうだが女である。しかも女優顔負けの美少女で人気だけなら学校一、他校にもファンがいるという噂だ。しかし、その美貌を最大限活用し男をとっかえひっかえしているビッチだという悪評も流れている。蛍は一年から同じクラスだが話したことはない。いつも人に囲まれているし、良くも悪くも目立つ。それを除いても当麻は苦手なタイプである。授業も殆ど出ないくせにテストの順位は蛍とあまり変らないのが憎たらしい。正直留年しようがどうでもいいがが、ここで断ると蛍の評判が下がる。つまり
「分かりました。伝えておきます」
受ける選択肢以外ないのだ。ちなみに蛍も例に漏れず当麻を男と勘違いし、顔を見て驚くととも憤りも抱えたのだが、それは別の話。
「ねえ、君たち宇月さんと仲いいよね。彼女どこにいるか知らない?」
放課後、早速教室でたむろっている派手な女子グループに声をかける。全員校則違反ギリギリのミニスカートに濃い化粧で全身を固めている。こんな時でなければ話しかけたりしないが、仕方ないと腹を括る。
「トーマなら三階の空き教室だと思うよ〜何委員長トーマに何か用なん?」
気怠いような喋り方で一人が答えてくれた。何故か彼女を含め全員ニヤついているのが気になったが、無視して三階に向かった。
(ここか、問題児の溜まり場になってるって先生愚痴ってたな)
放課後なのに人通りの少ない三階の隅の方にある空き教室の前。微かに人の話し声が聞こえる。彼女の言った通り中に当麻はいるようだ。さっさと要件を済ませようと戸をガラッと開ける。すると中央の机で男女二人が絡み合ってるのが目に入った。男に乗りかかられている女の色素の薄い瞳…宇月当麻と目が合った。だが彼女は乱入者にも動じることはない。代わりに男の方が蛍の存在に気づき声を上げる。
「あぁ?何だてめぇ?見てんじゃねーよ変態。…ったく萎えたわ」
吐き捨てると胸元を緩めたまま戸に立っている蛍にわざと肩をぶつけ、睨みつけて去って行った。
(はーーーー?見たくて見たわけじゃねーよ、第一鍵もかけずに盛るな猿が。そもそも学校でやるほうが変態だろうがっ)
口には出さず、去って行った男に心の中で毒を吐きまくる。どうにか笑顔を保ちながら眉毛をピクピクさせる。
「…何か用」
気怠げな声が聞こえ振り返ると、リボンを手に持ち胸元を緩めたままこちらに向かってくる。真っ白いデコルテを惜しげもなく晒すため目のやり場に困る。そのまま距離を詰め、蛍の両目をガン見する。色素の薄い茶色い大きな瞳は長い睫毛に縁取られ、雪のように真っ白な肌はニキビ一つない。オレンジがかったストレートな茶髪は地毛らしく、見た目だけならまごうことなき美少女だな、と改めて蛍は思う。
「せっかく楽しいことしようとしてたのに、逃げちゃったじゃん。どうしてくれるの」
不機嫌さを隠そうとしない声で責められる。要するにさっきの男とここで致そうとしていたのだろう、鍵もかけずに。ビッチという噂は本当なのかもしれない。
「邪魔をしてごめん、宇月さんに用があって」
「何?私とヤリたいの?」
一瞬言われた意味が分からず固まる。意地の悪い笑みを浮かべた当麻は気にせず続ける。
「委員長…だっけ。私あんたみたいなクソ真面目で地味な奴興味ないんだよ、ごめんね?」
まるで蛍を馬鹿にするかのように邪悪な笑みを浮かべる当麻。いつもの蛍なら笑顔で誤魔化すところだった。しかし、わざわざ探し出して大事なことを伝えに来てやったのに、何も言ってないのにお前みたいな地味な奴は興味ないと罵倒される。そんなに気が長い方ではない蛍を怒らせるには十分だった。
「あれ、怒った?言い過ぎ…」
「はぁ?お前みたいなビッチこっちから願い下げだわ」
「…は?」
それは言い返されたことに対してか、もしくは穏やかな優等生から出るはずのない汚い言葉に対しての驚きだったのかは分からない。
「碌に話したこともないやつに言われる筋合いないし。大体皆が皆お前に興味持つと思うな、自意識過剰かよ。あとさっきみたいなこと続けてると絶対痛い目見るぞ」
そう吐き捨てるとさっさと空き教室から出ていく。最後のは蛍なりの温情だ。残された当麻は怒るわけでも、ショックを受けるわけでもない。面白いおもちゃを見つけた子供の様に無邪気に笑っていた。
(あ、出席日数のこと言うの忘れた…じゃなくて!)
根が真面目な性格のせいで頼まれた用件を果たすことが出来ずに悔やむが、それよりも早急に手を打たなければいけない問題が発生したため、焦る。当麻の余りの言い草につい素の口調で応戦してしまったことだ。いくら問題児で事実とはいえ、面と向かって女子にビッチはアウトだ。もし当麻がばらしたりしたら蛍の評判は地に落ちる。入学してから一年半積み上げて来た優等生としての高宮蛍がガラガラと崩れ落ちるイメージが頭を侵略しつつあった。今更戻って口留めしても無駄だろうし逆に脅されたりしたら堪ったものではない。今の蛍に出来ることは、当麻が黙ってくれることを祈ることだけであった。
土日を挟み、それなりに休めたがやはり昨日は眠れなかった。サボるわけにも遅刻するわけにも行かないため、重い体を引きずりながら学校へ向かう。ギリギリの時間に着き、教室に入る前に友人の拓斗に話しかけられる。
「おはよう蛍」
「おい、ホタルは辞めろ、ケイって呼べ」
蛍は自分の名前があまり好きではなかった。昔蛍ちゃんと呼ばれ散々揶揄われたからだ。そのため親しい人間には音読みのケイと呼ばせている。当麻に対しても『かっこいい名前で羨ましい』と理不尽な嫉妬心を抱いていたのは蛍の中で忘れたい過去だ。
「何でそんなに嫌がるんだ。いい名前だろ蛍って」
「お前には分からないよ」
「何だよ、かっこいい名前が良かったってか。ああ、丁度かっこいい名前の奴教室にいるぞ、珍しいのが」
「珍しい?」
不思議に感じながらも教室の戸を開けると、窓側の席に派手な女子が何人か集まり、その中心には
「珍しいね、トーマが朝から学校来るなんて。槍でも振るんじゃね」
「ひど、私だって真面目に授業受けたいときだってあるし」
オレンジがかった茶髪を耳でかき分け談笑に勤しんでいる一際目立つ少女が座っていた。信じられない光景に体が硬直する。
「あの宇月が朝から来るなんてな。いつも二限目からとかなのに。担任が何度注意しても聞き入れなかったのに、どういう風の吹き回しだ?…そういや担任に宇月出席させろって言われてたよな、もしかして蛍が?」
「…いや、俺は何もしてない。気が変わったとかじゃねーの」
そう、蛍は何もしていない。ビッチだなんだと毒を吐いただけで学校に来いと何て一言も。だからこそ突然登校した当麻に内心怯えていた。もしや蛍をじわじわと追い詰めるために登校したのでは、と悪い想像ばかり湧いてくる。しかし、もうすぐホームルームが始まる、ここで突っ立っているわけにもいかないので意を決して教室に入る。クラスメートが次々に声をかける中で
「あ、委員長おはよう」
「っ?」
蛍の存在に気づいた当麻が声をかけて来たのだ。顔も声も力の抜けた締まりのないものだが、どんな顔をしても美人は美人のままである。教室のあちこちからざわつきが起こる。
「宇月、高宮に挨拶した…?」
「あいつ興味ない男には自分から声かけないって有名だよな…え、まさか次は委員長?」
「当麻、委員長みたいな真面目なタイプつまんないって言ってたのに」
「てか、当麻もえぐいよな、クソ真面目な高宮揶揄って楽しんでるだけだろ」
クラスメートは言いたい放題言ってくれる。間違っても自分が当麻の相手なんて、と内心憤慨していると友人たちに質問されている当麻がワザとなのか、大きい声で返答した。
「いや、違う違う。友達になったの先週」
「えーあんたの男友達ってセフレと同じ意味でしょ、まさかもう手出したの」
「違うってば、健全な友達。あと、もうそういうの辞めたから」
友人の『え』と当麻の『え』がほぼ重なった。辞めたとは、男遊びをという意味だろうか。金曜日は蛍のせいで男に逃げられたと八つ当たりをしていたくせに、辞めただなんてにわかには信じがたい。が、そう語る当麻の口調こそ軽いものだったが表情は真剣そのものだった。
「…それ本気?その顔使って好き勝手に食い散らかしてたあんたが?」
「本気だよ、土日で全員に電話して連絡先も消した、あと食い散らかしたって言い方辞めて」
「いや、事実でしょ。長くて数週間、酷い時は一日で別れてたじゃん。刺されないか心配のレベル。そんなあんたが遊ぶの辞めたってすぐに信じると思うのむしろ」
正論を言われグッと黙る当麻。今更ながら自分の所業について何か思う所でもあるのか。
棒立ちのまま会話を聞かされている蛍は、
(俺は何を聞かされてるんだ、さっさと席に着きたいんだが、動ける雰囲気じゃないし)
どうしたものかと思案しているとチャイムが鳴り響き、クラスメートが席に戻り始めたためその流れに合わせ蛍も席に着く。その後すぐにやってきた担任が当麻が登校したことに感動し、何もやっていない蛍に感謝することになるのだが、蛍は知る由もない。
その後何事もなく一日が過ぎる…わけがなかった。休み時間になるごとに当麻が蛍に話しかけてくるのだ。当然ながら、女子は面白がってチラチラ見てくるし男子は怨嗟の籠った目で見ている。遊んでいるといっても男子人気はトップクラスなのだろう。蛍は居心地の悪い中いつもの愛想笑いを浮かべながら対応していた。まるで先週の事などなかったかのように話しかけてくる当麻に怪訝な目を向けそうになるのを必死に抑える。
「休み時間も勉強してるの、凄」
「すぐ復習した方が定着しやすいからね」
「いつも他のクラスの仕事手伝ってるけど大変じゃないの」
「大変そうな人放っておけなくて…」
こんな雑談を繰り返していると次は担任の田中先生の授業だ。入ってきた田中先生が真っ直ぐ蛍の席に向かってきた時、嫌な予感がしたが蛍に出来ることは何もなかった。
「レポート?」
「ああ、宇月授業サボりまくってたから他の教科のレポートが溜まっていてな。一人じゃどうせサボるだろうから、高宮見張っててくれないか。司書の先生には話し通しておくから」
(どれだけ押し付けるんだ田中!俺は何でも屋じゃねーぞ!第一こいつと二人きりとか勘弁してくれ!!!)
悪態を吐くが断ると言う選択肢はない。だが最後の悪あがきはする。
「俺は構いませんけど、宇月さんは碌に話したこともない男子と何て嫌じゃないでしょう」
「別にいいけど、逆に委員長以外の方が嫌だ」
(はっ?何言ってんだこいつ、先週の事忘れているただの馬鹿なのか、何か企んでるのか…?)
深読みしまくる蛍を尻目に田中先生は
「そうかそうか、何か二人仲良くなったみたいで先生嬉しいよ。じゃあ頑張れ!」
そう言い残すと先生はさっさと教卓に戻り二人は暫し沈黙する。やがて当麻が口を開く。
「放課後よろしく、委員長」
男子なら一発で堕ちてしまうであろう満面の笑みを見せつける当麻。逆に背筋に冷たいものが走った蛍だったが、もうなるようになれと半ばやけくそであった。
「本当に誰もいない。ねえ、レポートがちゃんとやるから本読んでいい?」
「えー、結構量あるのに大丈夫なの?というか借りたり放課後読みにくればいいんじゃ…」
「いや、何か私が図書室にいると周りが騒いでさ、読んでる奴や勉強してる奴に悪い悪いと思ったら足が遠のいちゃってさ」
「あー…」
人気者というのも大変である。というか騒ぐ場所くらい考えるべきだろう、相手の事を思うのならば、と心の中で呟く。
放課後、頼まれた通り当麻と蛍は貸し切り状態の図書室に来ていた。ちなみに昼休みも当麻に捕まり一緒に昼食を取る結果となった。いつも一緒に昼飯を食べている拓斗は、何を勘違いしたのか暖かい笑みを浮かべながら他のクラスに行ってしまった。裏切者、と心の中で罵った。
先生が言っていた通り生徒も司書の先生もいない。好きな時間に閉めて良いと鍵も預かっており、本も借りて良いことになっている。当麻はというと図書室を歩き回り、一冊一冊パラパラとめくり楽しそうにほくそ笑んでいる。どうやら本が好きらしい、意外である。何だか住む世界が違うと思っていたが本が好きだったり、(一方的だが)話したことで、割と普通の奴だとほんの少しだけ親近感を覚えた。ふと本棚の方に目を向けるとお目当ての本を何冊か見繕い戻ってきた。当然ながら課題図書は一冊も持っていない。やる気はあるのか、と不安になる。提出日に間に合いませんでした、なんてことになったら蛍の評価にも差し障りがある。
「レポートやらないの?」
不安そうに訊ねると、当麻はあっけらかんと答える。
「ああ、レポート何て一日あれば出来るよ、本借りれば家でも出来るし」
「えっ」
じゃあなんで自分を巻き込んで今図書館に来ているんだ、と口から出そうになる。
「じゃあ、何で図書館に来たの」
自分なりの精一杯の優しい声で問いかける。
「そう言わないと先生がうるさくてさ。信用ないからさ、私」
そう自虐的に笑う。普通なら痛々しく感じるものだろうが、当麻からはそういった感情が読み取れない。自分が何て言われようと関係ない、とばかりに。それはそれとして、先生の手前仕方なくならば尚更何で自分を巻き込んだんだ、と心の中で突っ込みを入れる。
そのまま本を読みだすが、ページをめくるスピードが速い。当麻の読んでいる本は蛍も読んだことがあるが、難しい言い回しが多く読むのに時間がかかったのだ。なのに当麻は漫画を読むかのようにスラスラと読み進める。思わず声をかける。
「…読むの速くない?俺もそれ読んだけど結構時間かかったよ」
読むのに夢中になっていた当麻は蛍の問いかけに顔を上げた。
「私昔から本読むのは速いんだよ、文章覚えるもの早いし。まあ、こんなの特技でもないけど」
何でもないことのように話す当麻に対し蛍は気づかれないよう一瞬眉間に皺を寄せた。顔は相変わらず笑顔を携えたままだ。
(特技じゃないだ?十分特技だろうが腹立つ。こいつがテストの点数が良い理由が分かった気がするわ。教科書や参考書そのまんま覚えているんだろうな…そういや宇月数学の点数は悪いって誰かが言ってたような、暗記科目以外は得意じゃないのか)
凄まじいスピードで頁をめくる蛍を眺めながらそんなことを考えた。まあ、レポートは自力でやれると言うし、今日のところは当麻の気のすむまで読書に付き合えば解放されるだろう。それなら自分も本を取ってくるかと腰を上げようとしたその時だった。
「あ、今二人だけだから、その喋り方辞めていいよ」
「え?」
脈絡のない発言に一瞬反応が遅れたが、その瞬間先週の事が頭を駆け巡り、身体を強張らせ思わず当麻を睨む。睨まれた本人は一切気にしている様子はない。
「何の話?俺はいつもこの喋り方…」
「いや、誤魔化せると思ってる?先週私のことビッチだ何だ好き勝手言ってくれたじゃん…怒ってないよ、本当の事だし。まあ、如何にも品行方正な委員長があんなに口が悪いとはね、意外だよ」
「…目的はなんだ、さっさと言えよ」
取り繕うのも面倒になったので素で喋り出す。その瞬間見たことない、意外だという表情を見せる。すると面白いとでも言いたいのか笑い出す。
「あっはは、いつもニコニコして皆の仕事引き受けて、『優等生』すぎて気味悪いと思ってたけど猫被ってただけか」
「何か問題あるのか、内申点のために猫被って優等生を演じて、誰かに迷惑かけたかよ」
最後のほうは殆ど吐き捨てる感じになっていた。自分でも言い方がきつかったと後悔するが、やはり動じていないようだ。男と居る時に乱入された時もだが、当麻はちょっとの事では動じないのかもしれない。男と致そうという時に乱入されるのが『ちょっとの事』に入るのかは個人差があるだろうが。
「いや、別に悪いとは言ってないよ。ただ興味を持っただけ」
その返答に蛍は心底信じられないという顔をする。そこで自分が数回話しただけの相手に拓斗や一部の人間にしか見せない顔を無防備に晒したことに違和感を覚える。しかし、それよりも当麻の言葉を無視することは出来なかった。蛍は今度こそ訝し気な視線を向ける。
「興味?何の冗談だ、さっき自分で言っていたはずだ。好き勝手言った相手に怒りは抱いても興味は抱かないだろ」
蛍の不信感を隠そうとすらしない態度に益々楽しそうに笑う。何が楽しいのか理解できない、と当麻とは対照的に益々眉間に皺を寄せる蛍。それを受けて当麻は
「…何でだろう」
「は?」
予想外の返答に素っ頓狂な声が漏れる。
「何でって何だよ、自分の事だろう」
「そうなんだけどさ、本当に分からないんだよね。そもそも誰かに興味持ったこともないから」
何でもないことのように呟くが、蛍は当麻の発言に驚きを隠せなかった。
「興味持ったことないって、色んな奴と付き合ってるっていう噂は」
「あー、それは向こうから付き合えって言われたから。付き合えばそのうち好きになるかと思って。そんなことを繰り返していたらとっかえひっかえしているって噂が」
「……」
あまりのことに絶句する。蛍は誰かと付き合ったことはないが、それでも好きでもない相手と付き合うという行為がまともと言い難い行為というのは分かる。しかし、蛍も初恋もまだな状態のため、あまり当麻を強く非難できる立場ではないのも確かである。何も言わず黙って聞いているだけの蛍を不思議そうに覗き込む。
「あれ、何も言わないんだ」
「…俺、初恋もまだだから宇月のことをどうこう言える立場じゃないから」
「何だ仲間じゃん、私も初恋まだ…って何その顔、そんなに嫌?」
まさかの同類である。だが、経験だけは無駄に豊富で心は伴っていない歪な当麻を少し憐れみの籠った目で見つめる。
「そんな顔ってどんな顔だ」
「心底嫌そうな顔、私男子にそんな顔されたことないから新鮮」
またしても意図せず興味を持たれてしまったようだ。
(しっかし、本当にチヤホヤされてきたんだな。自分に肝心持たない男子なんて珍しくてしょうがないのかもしれねぇ)
だからといって自分に興味を持たれても困る。蛍はこれからも『優等生』として、クラス委員長としてこれからも猫を被り続けなければいけない。これからも今日のように付き纏われては、教師や周りに変な誤解をされかねない。蛍はいい大学、いい会社に入るために内申点を上げたいだけなのだ。不安要素は残したくないが、この状況だと何を言っても逆効果な気がしてならない。どうしたものかと悩んでいると、
「あ、私委員長の事好きなのかもしれない」
「っっっ?????」
またしても脈絡のない発言、そして予想することも不可能な内容を告げられた蛍は驚きのあまり目と口を大きく見開く。硬直した蛍を無視して話し続ける。
「だってさ、先週から委員長のことばっか考えてるし。好きな相手の事ずっと考えるって言うでしょ。そうか、これが恋」
「何言ってんだ、ビッチだ自意識過剰だと言った男のどこに好きになる要素がある。どこかで頭冷やしてこいそのまま帰れ、鍵は返しておくから」
動揺のあまり普段の数倍きつい言葉を吐いてしまったが当麻は動じることはない。しかも仮にも好きだと言っているのに口調は淡々としているし、表情も口角が少し上がった程度だ。言うなれば新発見をした学者のようだ。おおよそ恋する乙女の表情とは思えなかった。だからこそ一時の気の迷いであれと切に願う。
「いや、あの後急に男友達全員の連絡先消したくなったんだよ。つまり好きな相手が出来たから身辺整理をしたくなったっていう」
「元々遊ぶのを辞めたがってただけで、俺の言葉はきっかけに過ぎない、だから恋じゃないぞ、それは」
どうにか考えを改めさせようと必死に説得を試みる。恐らく男子に邪険にされたことのない当麻は罵倒した蛍の事を面白がり、興味を抱きそれを恋と勘違いする、フィクションでよく見られる状態なのだろう。ある種熱病に侵されている状態である。暫く経てば自分の事など気にも留めなくなるだろう、とここでこれ以上何か言うのは辞めた蛍は、誤魔化すために微笑んだ。だが、それが逆効果だったのか当麻の頬が僅かに紅潮する。あれ、と違和感を抱いた次の瞬間
「やっぱり委員長のこと好きだわ、付き合って」
「え、無理」
やはり淡々とした声色から繰り出された告白を間髪入れずに切り捨てる。だが、振られた本人は嬉しそうに顔を綻ばせてる。逆に蛍の顔はドンドン引きつってくる。
「…断られたのも初めて…やっぱり委員長は特別…」
「…」
もう何を言ってもプラスにしか取られないと感じ何も言わないことにする。興奮しているのか先ほどより頬を赤くした当麻と血の気が引いた蛍は暫くの間沈黙の中に身を置いた。だが、その沈黙も永遠ではない。何かを決意したかのように真剣な表情で蛍を見つめる。異国の血が入った淡いブラウンの瞳は思わず魅入られる美しさだった。しかし
「私、諦めない。必ず委員長に私を好きになって貰うから」
「勘弁してくれ!」
当麻の凛とした声と蛍の悲哀に満ちた叫びが静寂な図書室に響く。うっかり瞳の美しさに流されそうになった蛍の意識は一瞬で現実に引き戻された。
時間は巻き戻せない。だが、蛍は心底当麻にあの日言い放った言葉を後悔していた。




