01
「無責任ぶっぱ杯」参加作
「マスター!」
ひとりの少女が執務室のドアをノックもなしに開け放ち、慌てた様子で中にいる男へ叫んだ。
「どうした?」
その男は椅子に座り事務作業をするには明らかに向いていないシルエットをしている。
太いのではなく、分厚さが見て取れるその肉質。
武を想起させるその無骨な人体は、視界に入れるだけで熱量が届く鋼の様相。
冒険者ギルド、ギルドマスター。
コノタケ・G・ケタテカである。
「東方のジャペェン国が、勇者を召還したようです」
「そうか、魔王は?」
「魔王召還の記録はありません」
「勇者は魔王を討伐するために召還される。魔王が召還されたら判るはずなんだが、どういうことだ?」
「こちらから把握できない何かがあるのかもしれません」
「そうか、まずは勇者から片付けるか」
冒険者ギルドの主な仕事は、外来種の駆除だった。
国家の意思は関係ない。
勇者が召還されたのなら、勇者を討つ。
魔王が召還されたのなら、魔王を討つ。
それがコノタケの仕事である。
*
この世界には魔法や超能力などの異能とは別に、三大召還術がある。
世界に覇を求めるなら「魔王召還」を。
魔王は軍勢を用い、あなたの望みを叶えるだろう。
世界の理を破壊するのなら「勇者召還」を。
揺るがない世界の姿に追い詰められたのなら、あなたを助け救うだろう。
そして世界の全てを更新したいのなら「異界召還」を。
停滞や衰退に耐えられないのなら、未知を芽吹かせあなたを喜ばせるだろう。
*
時は少し遡る。
その広間は光に溢れていた。
強烈な閃光がその場の5人の目を焼き瞑らせる。
程無くして光は収まり、6人目のシルエットが見えてくる。
ここは城の地下の広間、召還魔方陣の安置場所。
「けほっけほっ、ええっ、なになに、ここどこ?」
フードを目深に被って人相の判らない5人の目の前に、1人の少女がいた。
まだ10歳前後と見られる幼い姿にも関わらず、5人に不安はない。
魔方陣の中央、勇者召還にて強制拉致されてきた異界の存在。
人の手で対処不能な理を迎撃する為に作られた魔方陣が、ぺたんと座った女の子の太股の下でまだ薄っすらと光っている。
「ここ」を経由しこの世に呼んだ事で契約者に無双を与える仕組みを理解している為、見た目に5人は騙されない。
「あなたをここに呼んだのは我々です」
「だれ?」
大人5人が幼女の前で恭しく膝をつく。
「あなたの従者です、勇者よ。我々の願いを叶えてくれるなら、何でも願いを叶えましょう」
異様な光景を見下ろしながら少女は少し考える。
考える。考える。考えたが、よくわからなかった。
だが何かをしたら、何でも願いを叶えてくれるのは判った。
「いま何でもって」
「はい」
勇者召還は、この世界の存在がこの世界に住む者の手では成しえない事を叶える為に行われる。
自分達の手を汚さず委託するのだから、この召還に求められる生贄は当然ながら「この世界そのもの」となる。
契約が果たされたとき、術式はこの世のあらゆる仕組みへ干渉し、勇者の願いを叶えるだろう。
「うん、わかった、やるよ。何をしたらいい?」
少女はあまり深く考えなかった。
「勇者というと、魔王をやっつけたらいいのかな」
5人の代表は契約の肝となる願いを口にする、勇者召還を決めた対象の名を。
「コノタケ・ガキニタ・ケタテカ」
「はやくちことば?」
どこかで聞き覚えのあるフレーズに少女が首を傾げる。
「この世界の冒険者ギルドの、現ギルドマスターの名です」
5人の代表、このジャペェン国の王女ポチが願い乞う。
「マスターコノタケを討伐していただきたい」
*
某所、十代半ばに見える少女が二人で白い大理石のテーブルを挟み紅茶を飲んでいる。
二人は良く似ている。
薄紫の長い髪、顔立ちは微笑が似合う造詣、そしてその装いは明らかに飾り立てられていた。
まるでお人形のような二人。
ふたりはよく似ていたが、瞳に宿る虹彩だけが違う。
片や月、片や星。
月が口を開き、星が反応する。
「先ほどジャペェン国が勇者を召還したようです」
「魔力計測値は?」
「ピッタリ10万です」
「……その大きさで端数無しなの。そりゃあ勇者ねぇ。魔王を召還した形跡はないのに、どうしたのかしら」
魔法の存在するこの世界では、魔力を元にした天災が数多くあり、その対策として各国各地に魔力計測機が置いてある。
この件については国家間を越えた協力体制を敷いており、データは共有される。
計測された魔力は各国の専門の機関に届き分析され、対処されるのだ。
今では何処の国でも可能な三大召還術も、この対象となっている。
勇者なら万単位の数値で端数無し、魔王は軍勢と共にやってくるため桁が大きく数値は細かい。
そして異界が召還されたのなら、世界の魔力の波長そのものに変化が起こる。
いずれかの国で召還が行われたら、それは即座に全世界が知る事となるだろう。
「まぁいいわ。先に召還されたのなら、勇者は既に討伐対象を設定されているはず」
星の少女が思案顔をし――――
「こんな機会はそうそうない。魔王を召還しましょう!」
――――猛々しく宣言をした。
「ふふふ、愉しみですね。私達の悲願がこんなに早く叶うとは」
「そうね。勇者と魔王は各々この世界に1体しか存在できないというのに、ジャペェンも血迷っちゃって」
「「実にありがたい!」」
カラカラと魔女達が嗤う。
そんな二人のシルエットもまた、展示される時を待つ1枚の絵画のよう。
飾り立てられるだけの説得力を持つ存在感が二人揃って席から立ち上がり、表舞台へと足を向けた。
*
ゆったり進む乗合馬車、コノタケは知己となった者たちと談笑している。
その瞬間は突然に訪れた。気楽に笑っていたコノタケが顔色を変える。
「どうしたあんちゃん。酒でも切れたか、ほれ杯をよこせ」
「はは、そうだな。酔いが覚めちまったから、もう一杯貰おうか」
「何の話だ? 変なあんちゃんだなあ、そらよ」
ここは平和な街道で野生の獣も賊もまず現れない。
だから護衛もなく馬車が行き交い、流通を活気付けている。
目的地までも遠く、コノタケは情報交換と暇つぶしを兼ねて旅人達と酒を酌み交わしていた。
(魔力の質が変わった)
木の器を傾け、透明な酒精で喉を焼きながら、コノタケは開閉する己の手を見て考える。
掌に魔力を集中しようとするも、神経が切れたかのように上手くいかない。
(勇者召還に続き、異界召還か、不味いな)
普段ならクッキリと感じ取れる自身の魔力が、まるで判らなくなっている。
この急にルールが変わった感覚は、過去にも覚えがあった。
異界召還は魔力以外も、世界のルールがいくつも変わる。
しかも意識まで書き換えられる為、何が変わったのかが判り難い。
毎日使っているはずの道具の扱いが急に判らなくなれば、そこに改変された何かがあるのかもしれない程度だ。
幸いな事に馬車はちゃんと進んでいる。
暫くすると乗合馬車が止まり、同乗していた人々が多く降りていく。
コノタケの目的地はまだ先なので、彼らに手を振り見送った。
そして新しい人々が乗り込んでくる。
(暫くは魔力なしか)
コノタケははぁとため息をついた。
「こんにちはー」
「ああ、こんにちは」
見ると隣に小さな子供が腰掛けていた。
親らしき人の姿は見えないが、各々事情があるものだ。
コノタケは特に追求しない。
ここは平和な街道だ。
「ねぇねぇ、ちょっときいてもいい?」
「どうした?」
「ええと、その、気になることがあって」
少女が年頃らしく、興味津々にキョロキョロ見回しながら、コノタケに質問をしてくる。
この馬車の経由するルートでも念の為に確認したいのだろう。
若いうちは偶に逆向きの馬車に乗り込んでも気が付かず、後から思い出して笑い話にするものだ。
「あなたはなにをしたの?」
とっさに何の話かコノタケには判らなかった。
「……随分と、哲学的な質問だな」
少女の意図を考え、言葉を選びながら、首を傾げる。
今は目的地に向けて移動しているが、コノタケは特に何もしてはいなかった。
強いて言うなら、異界召還に気が付きため息をついたくらいか。
この少女は魔法使いか?
しかし異界召還の濡れ衣を着せられる覚えもない。
コノタケは子供特有の言葉遊びだろうかとも考える。
「そうだな。酒呑んで談笑して、出来たばかりの友人と別れたかな」
旅はまだ長い。
言葉遊びに付き合うのも悪くない。
少女がどう返してくるか、興味を持って、コノタケが探るような目線を向ける。
「ふつうだね」
「そうだな、よくある話だ」
少女はコノタケの目を真っ直ぐ見ている。
なにをしたのか。
その問いから、コノタケが特に後ろ暗い事を連想した様子がないことを確認し、この場で息の根を止めるのを辞めた。
「ねぇねぇ」
「何だ?」
コノタケの回答に少し考え込んだ様子の少女が、再び訊いてくる。
「いっしょに旅してもいい?」
「……まあ、そうだな。同じ馬車に乗り合わせた仲だ。確認しなくても、暫くは一緒の旅だよ」
「よかった」
少女は一仕事を終えたような顔をすると、自分の荷物をガサガサ漁り出した。
「ねぇねぇ」
「どうした」
3度目の問い。
「飴たべる?」
小さな手には、包装された小さな飴がひとつ。
少女は甘いモノに目がなかった。持ち物には沢山のお菓子が詰っている。
「ありがとな」
コノタケがそれを受け取ると、包装を開き、乳白色の丸い飴を口に放り込む。
少女は命を狙われている自覚が全くないコノタケの姿を、じっとみつめている。
「お、これ美味いな」
「えへへー」
コノタケが笑い少女も笑った。
馬車の旅はゆっくりと続く。
*
月と星の魔女がキングサイズのベッドに横たわり、各々が手にしたふわふわしたモノを顔の前に持ち上げていた。
「はははは、上手くいったわ☆」
「うふふ、成功ね」
「「にゃー」」
2人がそれぞれ自分が気に入った四足のふわふわを抱えて、幸せそうに横たわっている。
ふわふわは2匹だけではない。
部屋中に、何ならこの拠点を中心に、世界へ向けて大量に広がりつつあった。
魔王召還で呼び寄せられた、異界の猫達である。
仮にこの世界の生物から危害が加えられたとしても、異界に強制送還されるだけで安全が保障された猫の群れ。
その軍勢は、この世界の文化に強く影響を与えるであろう。
魔女2名は「勇者召還」を確認したうえに、「異界召還」をして魔力の痕跡を隠し「魔王召還」を行った。
異界召還に気が付いたモノはいても、魔力計測器が調整されるまで魔王召還は推測するしかない。
この世界に3大召還術を産み落とした、忘却されし隠遁の一族の末裔。
始祖に匹敵する才を持つ双子の魔女が、その心のままに術を振るう。
*
「予定ではそろそろ勇者はコノタケと遭遇したはずね」
「はい、しかし苦戦しているのか、先ほどの何者かによる異界召還の影響か、まだ成就には至っておりません」
勇者が契約を履行すると、召還魔方陣が強く輝き、供物の餞別と譲渡が行われる。
その確認の為に、地下の召還魔方陣は常に監視されていた。
「冒険者ギルドは外来種の駆除を目的とする」
王女ポチが腹心と二人きりで城の会議室の窓から街を見下ろし想いを口にする。
「10年前の異界召還まで、冒険者ギルドはただの何でも屋だった」
コノタケという男が観測されたのは、あの日からだった。
王女ポチは生まれ付いての特性で、「異界召還」の影響を一切受けない。
認知の歪まない彼女は変化する世界を孤独に観測し続けている。
「外来種を狩る外来種、マスターコノタケ」
この10年で数多くの勇者と魔王がコノタケによって討伐されている。
それはつまり、倒した数だけ勇者と魔王の魔力を、ゲーム的に言えば経験値を、コノタケが奪った事を意味する。
「あれはコントロールできない爆弾よ、だから」
他に手段を思いつかなかった悔いを振り切るように前を向こうとする王女の後ろで、腹心が深々と頭を垂れる。
重い咎を主に背負わせてしまった臣下としての不甲斐無さが、腹心を自責する。
「この世の人の意思で、除去しなければいけない」
だから勇者召還を歪ませた。
コノタケと勇者が、お互いを視認した状態で互いに殺意を向けたとき、二人分の魔力は起爆される。
残るのはふたり分の人体の形をしたグラウンドゼロ。
人ごみの中にあっても影響は最小限に留まり、周囲に被害を及ぼす事はないだろう。
勇者は元の世界へ強制送還されると同時に願いも叶えられる。
コノタケは……
由来不明なコノタケは爆散した後どうなるのか。
コノタケと勇者を乗せた馬車は進む。
人知れず既に魔王の手に堕ちた、王都へと。
気が向いたらそのうち続きも投稿します。




