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解決しない疑問

 魔法使いは人間ばかりでなく、時として別の種族と交渉しなければならないことがある。小人族もその一つだ。

 ただ、小人族にも色々あり、人間がそのままの姿で話ができる場合と、ごくまれではあるが、大きい奴とは話せないと拒否する種族がある。

 だったらもういい、と背を向けられればいいのだが、そうも言っていられない。そんな時は魔法で自身の身体を小人と同じ大きさにまで変えて、ようやく話し合いが始められるのだ。

 ただ、人間はこういった姿や大きさを変える魔法に()けていないため、力を多く使うことになってしまう。何か事件や事故が起き、急いで元の姿に戻っても、力をほとんど使い果たしてあまり動けない、という状態にもなりかねないのだ。

 ライトスはまだ小人族と対峙したことはない。だが、そういう話を聞いて何とかできないかと考え、あれこれと文献を調べて身体を小さくする薬がよその国で作られていることを知った。

 使う頻度が低いので多く出回ることがないらしいのだが、魔法ではなく薬で小さくなれれば魔力を温存でき、戻った後でも魔法を使うことに支障がなくなるはずだ。そうすれば、緊急時にも対応できる。常備しておいて損はない。

 薬は何とかでき上がった。が、まだ試してはいない。小さくなる薬はできても、元に戻る薬は完成していないからだ。両方が揃ってから、安全に効果を発揮するかを試すつもりだったのだ。

 ライトスの部屋へ入るのは、本人と掃除をしてくれる母のレイシアくらい。たまにバートルも入ることがあるが、大人の二人が息子の部屋にある物を勝手に食べるとは思えない。友人の誰かが来たとしても「魔法使いの部屋にある物」を勝手にどうこうすることはないだろう。

 だから、ライトスは完成した薬を瓶に入れ、特に深く考えることなくそれを机に置いていたのだ。

 今夜のように、家族以外の誰かが部屋にいて、勝手に食べる……なんて思いつきもしなかった。思いついたとしても、今夜は特殊すぎる。

 リュディがこの部屋に現れてから、ライトスはまともな思考力を奪われていたのだ。

「ライトス、あのあかいキャンディ、おいしくなかった」

 よく見かける妖精サイズになったリュディは、盗み食いしておきながら文句を言う。

「ごめんね。だけど、あれはキャンディじゃないんだ。リュディ……きみ、自分がどうなってるかわかってる?」

 ライトスに言われても、リュディは少し周りを見回して「はて?」という顔をするばかりだ。

「ライトス、また大きくなった?」

「……俺が大きくなったんじゃなくて、リュディが小さくなったんだよ、別の意味で」

 ライトスの言葉に、リュディは首を(かし)げる。そのままシーツの下から出て来ようとするのを見て、ライトスは慌てた。

「ま、待って、リュディ。そのままっ」

 急に言われ、驚いたリュディの動きが止まる。ライトスは急いで引き出しからハンカチを引っ張り出して来ると、広げてリュディに差し出した。

「これを身体に巻いて。俺はあっちを向いてるから、その間に」

 あんな人形サイズになっては、シーツなんて巻いていられない。かと言って、こんな姿のリュディに合う服なんて、ライトスが持っているはずもなかった。

 まさか紙袋に放り込む、なんてこともできない。ハンカチを出すので精一杯だ。むしろ、よくハンカチを出せたものだと思う。

 よくわからない、といった表情をしながらも、ライトスがあちらを向いている間にリュディは差し出されたハンカチを身体に巻き付けた。

 ライトスとしては胸から下を隠すように巻いてもらいたかったのだが、リュディは首から下を隠すような形になっている。身体に巻いて、と言われたので首だけ出したのだろう。

 これだと何だかマントっぽくなっているし、動き方によってはまずい感じもするが、とりあえず足首まで隠れている。これ以上はライトスには手が出せないので、それでいいことにする。……するしかなかった。

「リュディ、あれは特殊な薬なんだ。人間が小人と同じくらいの大きさにまで縮むようになっていて……。まぁ、今の方がリュディは妖精っぽく見えるけど」

 言いながらライトスは手の平を差し出すと、リュディはその上に乗った。

 こうして見ると、今のリュディはライトスの足のサイズより小さい。重さに至っては、靴より軽かった。

 ライトスは机の上に少女を降ろし、自分もイスに腰を下ろす。そこに置かれていたビスケットとミルクを見付けて、リュディは目を輝かせた。

 リュディが嬉しそうに笑うのを見て、一瞬この状況を忘れてライトスは嬉しくなる。そのままでも十分かわいいが、やはり笑うともっとかわいい。リュディのこんな笑顔が見られる日が来るなんて。

「チョコクッキーはなかったんだ。朝になったら買いに行くよ。あ……今のきみじゃ、グラスからミルクは飲めないね。ビスケットも大きいし」

 ライトスは一枚のビスケットを手に取ると半分に割り、片方を半分くらいまでミルクにひたした。

「はい、どうぞ。これで少しは食べやすくなるんじゃないかな。ミルクは飲むって感じじゃないけど」

 ライトスから受け取ったビスケットを抱えるようにして持つと、リュディはかぶりつく。

「おいしい」

「そう? よかった」

 ひとまず、少女の食欲は満たせそうだ。しかし、問題は山積み。

「薬で小さくなったのに、魔法で戻すなんて難しすぎるよな。人間にしろ、妖精にしろ、おかしな作用が出たりしたら大変だし。これじゃ、ますます父さんに相談しづらくなってきた」

 ライトスは頭を抱える。

 妖精界から妖精がくっついて来て、大きくなったり小さくなったり。世間では、こういうことがよくあるのだろうか。……いや、絶対ないだろうな、と思う。

 リュディが大きくなった(見た目が成長した)点については、ライトスのせいではない。だが、人間界へついて来たことに気付かなかった、という点はライトスに何か責任がある……かも知れない。人間界へ来たことで、何かがリュディの身体に作用した、ということもありえるから。

 こうして小さくなって……と言うか、縮んでしまったのは、明らかにライトスの責任だ。

 たとえ食べるような人間が家の中にいなかったとしても、薬と名のつく物をちゃんと机や棚の中にしまっておかなかったのは、失態以外の何物でもない。こういう物を扱う以上、あらゆる危険性を考慮しておくべきだったのだ。

 今回は小さくなった、つまり成功したらからまだよかったものの、もし害のある薬に仕上がっていたら命に関わるのだから。

 でも……やっぱりこうして見てるとかわいいな。

 今は絶対そんな場合ではないはずだが、無心にビスケットをほおばっているリュディはさっきの笑顔と同じくらい、本当にかわいい。

 いきなり見た目が十年分くらい成長してしまったが、あの小さな少女の面影をちゃんと残している。さっきまではそれどころじゃなかったのでしっかり見ていなかったが、こうして成長した姿もかわいいと思った。

 改めて観察すると、二、三年後には絶対美人になると断言してもいいだろう。今でも十二分に美人だが。

 人間界で言えば、昔会った少女と十年後に再会したら、こんなきれいな女の子に成長してました……っていう話になるんだろうけどなぁ。あれこれ通常とはかけ離れた状況ばっかりで、せっかくこうして再会できても喜んでいられないよ。

 妖精界で再会して……それで済むはずだったのに。何がどう間違って、こんなことになったのだろう? そもそも、リュディはなぜライトスについて来たのか、という疑問に戻ってしまう。

「リュディ、さっきも聞いたけど……どうして人間界へ来たんだい?」

 それまでおいしそうにビスケットを食べていたリュディは、動きを止めてライトスを見た。

「アイホフほいっひょはら、はええうほほほっはの」

 口にビスケットが詰まった状態でしゃべるので、内容がさっぱりわからない。

「えっと……ビスケットを食べ終わってからでいいよ」

 ライトスに言われたので、リュディはまた口を動かす。

 その間に、ライトスは思いついて別の瓶のふたを取り出し、コップのミルクをそこに注いだ。これくらいのサイズなら、リュディも手に持って飲むことができるだろう。

 ライトスにミルクを渡され、リュディはおいしそうに飲んだ。やはり妖精というのは誰でもミルクが好きなのだろうか。

 ビスケットはまだ数枚残っていたが、今の彼女のサイズなら、一枚の半分でもちょうどいいらしい。ライトスがもっと食べていいよとすすめたが、リュディはもういらないと断った。

「リュディ、さっき言ったこと、もう一度言ってくれる?」

「さっき?」

「どうして俺にくっついてこっちの世界へ来たのかってこと」

「ライトスといっしょなら、かえれると思ったの」

 リュディの言葉の意味をわかりかね、ライトスはきょとんとなる。

「帰る? どこに? さっきまでいた場所がきみの棲む所だろ?」

「おうち、あそこにはないもん」

 本来、妖精界に暮らしているのではない、ということか。妖精によって定住地があったりなかったりとも聞くし、リュディは元々別の場所で暮らしていた、ということなのだろう。妖精界へは何かの用事でいただけ、なのか。

「おとーさん、いなくなった」

「え……リュディのお父さん?」

 小さく(うなず)いたかと思うと、リュディの目にみるみる涙がたまっていく。それがあふれ出すのはすぐだった。

「え、わ……ちょっと、リュディ、泣かないで」

 相手が妖精だろうと何だろうと、女の子に泣かれたら大抵の男は何をどうしていいのかわからなくなる。

「……おとーさん、いなくなって……どうしたらいいかわかんない」

「あの、リュディ、落ち着いて」

 落ち着くべきは、ライトスも同じなのだが。

「えっと、つまりきみのお父さんがどこかへ行ってしまって、わからなくなったってことだね? おうちはこっちの世界にあるけど、リュディだけじゃ帰れないから、俺にくっついて来た……ってことでいいのかな」

 泣きながら、リュディはライトスの言葉に小さく頷いた。人間で言うところの、迷子ということらしい。妖精でもそんなことがあるのだろうか。未知なことがまた出てきた。

 リュディは父親と妖精界に来たものの、父親の姿を見失ってしまい、どうすればいいかと迷っているところへライトスが現れた。

 なぜ人間のライトスに白羽の矢が立ったのかはともかく、リュディにすれば他の妖精より自分と大きさの近いライトスにくっついて行けばきっと何とかなると思った、といったところだろう。

 情報がなさすぎるので、この推測が合っているかは疑わしい。もう少しリュディが落ち着いて話をしてくれれば、もう少し考えようもある。

「リュディはそれまでどんな所にいたか、わかる? あ、それまでって言うのは、妖精界へ行く前に棲んでいた場所の名前とか」

「……」

 答えに詰まっているところを見ると、わからないようだ。例えば森にいたとして、世界中に森はたくさんある。そのどれか、なんてことは考えたこともないのだろう。森の名前も知らないのか、名前を意識したことがないのか。

 小さな少女と、十代半ばの少女。

 どちらの外見が本来のリュディなのかは知らないが、少なくとも中身は知識の乏しい子どものままだ。

 聞くところによると、招待状で開かれる妖精界への扉は、魔法使いがどの国、どの地域にいても妖精界の同じエリアへつながる。今夜、ライトスが行ったあの辺りだ。同じエリアとは言ってもかなり広いらしいが、とにかくその周辺。

 だから、遠いよその国の魔法使いと妖精界で出会う、ということもありえるのだ。

 帰る扉は自動的に来た場所へとつながる。つまり、元に戻る。そのおかげで、ライトスは問題なく自分の家へ戻って来た。

 リュディがどこからどういうルートで妖精界へ行ったかは不明だが、少なくともライトスの自室から行ったのではない。つまり、行きとは別の方法で人間界へ来ていることになるから、目的地が遙か彼方の場所に存在する可能性もある。

 彼女の話だけでは、わからない点が多すぎた。とてもライトス一人で解決できそうにない。やはり、バートルに相談する必要がありそうだ。

「わかったよ。細かい話はまたにしよう。もう遅い時間だから、続きは明日だ」

 ライトスがそう言ったのは、リュディの目がとろんとしてきたからだ。ついさっきまで泣いていたが、話したことで少し落ち着いたらしい。

 さらに空腹が満たされて、眠気がやってきたのだろう。人間と同じ反応だ。

「このサイズだと、俺のベッドじゃかえってゆっくり休めないよな。リュディ、ちょっと待ってて。あ、このビスケット以外、もう食べちゃダメだよ」

 さっきの薬はもう隠したが、一応念のために注意しておいて、ライトスはまたキッチンへと降りて行く。

 以前、お菓子が入っていた箱をレイシアが食器棚の上に置いていたのを、ライトスは覚えていた。記憶通り、棚に置かれた箱を見付ける。リュディが横たわっても余裕のあるサイズだ。

 あちこち捜して見付けた綿を箱に敷き詰め、その上に柔らかなタオルを敷く。さすがにこんなサイズの毛布はないので、代わりのタオルをもう一枚。

 これで何とか簡易ベッドの代用品として使えるだろう。今が暑すぎず、寒すぎずの季節でよかった。

 それを持って部屋へ戻ると……リュディは消えたり、また身体のサイズが変わることもなく、机の上で眠っていた。ビスケットが置かれた皿の横で、少し丸くなって。

 それを見て、ライトスは大きく安堵のため息をつく。今度は何の変化も起きずに済んだ。

 妖精も風邪をひいたりするのかな。

 リュディはハンカチを身体に巻き付けた状態。薄手の服一枚だけしか着ていないようなもの。春とは言え、冷えなければいいのだが。

 壊れ物を扱うように、ライトスはリュディを両手でそっとすくうように抱き上げた。今作ったばかりの箱ベッドへ静かに寝かせ、タオルを肩までかける。

 寝ぼけて起き出し、床に落ちたりしないよう、机の一番奥にそのベッドを置いた。机に置いていた本なども、全て片付ける。これでひとまずぶつかる、つまづいて転ぶ、などの危険要素はなくなったはずだ。

 そんな作業をしている間も、リュディが目を覚ますことはない。

 この姿じゃ、おやすみのキスもできないよなぁ。

 そんなことを考えるライトスだが、薬を口にするまでのリュディにだって、たぶんキスなんてできなかったに違いない。

 リュディが小さくなった後、放っておく形になったシーツをライトスは自分のベッドに広げ、着替えてからベッドに潜り込む。

 次に目が覚めたら、何もなかったことに……はならないよな、たぶん。これが夢だなんて絶対に思えないよ。それより、眠れるかな。あれこれありすぎて、頭が完全に混乱してるし。

 そんな心配は無用だった。あまりにもあれこれ起こりすぎ、頭も身体も休息を欲していたようだ。

 ライトスは目を閉じた途端、眠りの淵へと落ちて行った。

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