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妖精のパーティ  作者: 碧衣 奈美


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12/14

話し合い

 広々とした草原。海のような広い湖、雪をいただく山。晴れて明るい空とたなびく白い雲。

 見たところ、昨夜来た場所と変わらない。パルレの力で同じ場所に世界がつなげられた、ということのようだ。

 昨夜はとうとう魔法使いとして、一人でこの世界へ来たのだという静かな興奮があったが、今はただ不安しかない。

 このまま誤解が解けなければ、ライトスの寿命はほぼなくなったも同じだ。奪われるのが魔力なら、魔法使いは完全に廃業である。

 今三人が通って来た光の輪は、振り返ると消えていた。しかし、あの魔物が元々妖精が呼び出した、もしくは作りだしたものならば、自力でこちらの世界へ現れるかも知れない。世界をつなぐ通り道が消えたとしても、全く安心はできなかった。

「あの魔物を送り込んだ妖精を捜してくるわ。待ってて」

 魔法使い達にそう言って、パルレはどこかへ飛んで行く。

「ライトス。その子とはどの辺りで会ったんだ?」

「え……そう言われても……」

 草原が広がり、あちらには山が、こちらには森が見え……という大自然の景色はとても美しいのだが、当然ながら人工物が一切ないのではっきりした目印がない。目立って高い木があったりすればいいのだが、この辺りにはそういったものもなかった。

 昨夜、ライトスがリュディのいるであろう方向へ歩いたのも、完全に勘だ。たまたまその勘が当たったにすぎない。

 改めてバートルに聞かれても、ライトスはあそこだと答えられなかった。そもそもここが本当に昨夜来た場所と同じかもわからないし、たぶんこっちの方、としか言えない。

「その子……リュディだっけ? 彼女の周囲にいた妖精達が、あの魔物を送り込んだって話としてだな。ライトス、ちゃんと納得してもらえるように説明できるのか?」

「できるのかって言われても、俺が言えることは一つだけだよ」

 バートルやディアド、そしてさっきパルレに話したのと同じことしか、ライトスには話せない。それが真実なのだから。

 薬の件はひたすら平謝りするしかないが、それ以外でライトスに非はない……はず。

 こちらへ来る際、またポケットに入れられていたリュディは、そこから顔を出して妖精界を見回す。それから、ライトスの顔を見上げた。

「ライトス……あたしをここにおいていっちゃうの?」

 ひどく不安げな口調。その顔は泣きそうにも見える。

 ここは妖精界。本当なら、自分達の棲む世界へ戻って来たのだから、そんな悲しそうな顔をする必要はないはず。

 だが、リュディは別の場所に棲んでいたという話だったし、ここにいることを望んではいない。ライトスと一緒に人間界へ行ってわずかでも目的地が近くなったはずなのに、これでまた遠くなってしまうことになるのだ。

 妖精界が無縁の場所ではないにしても、リュディにすれば振り出しに戻ったようなものだろう。

「妖精達にはちゃんと話すよ。それから、リュディにとって一番いい方法を取ればいいんだ。心配しなくても大丈夫だよ。うまくいけばだけど、お父さんのこともわかるかも知れないしね」

 ライトスが手を近付けると、リュディはすがるように掴む。その様子を見て、ディアドが微笑んだ。

「完全に懐かれてるって感じだな。バートル、妖精がここまで人間に頼るってのも珍しいんじゃないか?」

「ああ。自分の手に負えない魔物に襲われていたところを助けられた、というならそれもありだろうがな。それに、外見はともかく、中身はずいぶん幼いようだ。外見と中身が逆のパターンならよくあるんだが」

「リュディと最初に会った時は、人間で言えば四、五歳くらいの姿だったんだ。で、俺の部屋に来たら、なぜかこんな状態にまで急成長して。だから、中身がまだ外見の成長に追い付いてないのかな」

「……そんな話は初めて聞くぞ」

「え? あ、そうか。ごめん。とりあえず、リュディが来た時の状況を手短に話しただけだったから」

 リュディがライトスについて来て、薬のために小さくなった。

 ライトスはそれだけを話して、元々リュディが幼児の姿だったことや、人間界に来たらいきなりここまで成長した、という部分は省略していた。そこは今は重要だと思っていなかったのだ。

 ライトスの言葉に、バートルは首を横に振る。

「いや、そういうことじゃない。まあ、それをお前から聞いたのも初めてだが。妖精が人間界へ来て急成長する、なんて話はこれまでに聞いたことがないぞ」

 隣でディアドもうんうんと(うなず)いている。

「オレも初めて聞いた。植物が魔法で一気に伸びていくのとは訳が違うんだぞ。妖精とは言え、生身なんだからな」

「え、でも……」

 二人の言葉に、ライトスは戸惑う。そう言われても、ライトスの目の前でリュディは成長したのだ。どれだけ焦ったか、口では説明できない。

 しかも、今のように小さくなかったから、なおさらである。

「どうもリュディの環境というのは、非常に特殊なようだ。彼女は妖精界に棲んでいないと言ったな。なのに、妖精が返せと言ってくるのは、そういった特殊な事情が絡んでいるんだろう」

 バートルの言葉に、ライトスも今更ながら疑問に感じた。

 さっきまでは、リュディが自分でついて来ただけなのに、というとばっちりにも似た気持ちがあったのだ。リュディがどこへ行こうと自由ではないか。自分はたまたま頼られただけ。

 だが、妖精側の事情については考えていなかった。

 妖精界で常に一緒にいる仲間というなら、返せと言うのもわかる。

 しかしリュディが話したように、彼女にとっての棲む世界がここではないのなら、なぜ妖精界にいる妖精達は彼女を「取り返そう」とするのだろう。

 移動ルートがどうであれ、リュディは自分が棲む世界へ戻っただけなのに。

 実はリュディは自由に動くことを許されていなくて、だからそんな彼女をライトスが勝手に連れて行ったから連れ戻さなくては、となっているのだろうか。

 もしそうだとしても、それなら魔法で世界を行き来できないようにすることくらい、妖精ならできそうに思うのだが……。

 昨夜から今日にかけてリュディを見る限り、彼女は魔法が使えないようだ。それなら、なおさら簡単に動きを制限させられそうなのに。

 あまりよくない例えだが、放して自由にさせていた犬を連れて行かれ、怒って取り返そうとしているみたいだ。連れて行かれたくないのならつなげておくか、屋内に入れておくなりすればいいのに。

 そうできない理由があったのだろうか。

「バートル、連れて来たわ」

 声をかけられ、振り返るとパルレが十名近い妖精達を連れて現れていた。

 くせのない黒髪に、緑の瞳をした妖精達ばかりだ。容姿こそ違うが、みんなリュディと似たような姿をしている。

 ただ、リュディと違って透明な羽がその背にあった。大きさも今のリュディと同じくらいだ。

 昨夜、ライトスが出会った時のリュディと同じ大きさ、つまり人間サイズで羽のない妖精はどこを見てもいなかった。

「今更自分から返しに来たって、もう遅いわよ」

 パルレの横にいた妖精が、敵意のあるまなざしをライトスへ向ける。口調もとげとげしい。一番前にいるし、どうやら彼女がこの団体の代表のようだ。

「私はフィーエン。あなたが連れ帰った子を早く戻しなさい」

 外見だけなら、十五、六歳くらいの少女。ライトスより年下に見えるが、その存在感に気圧されそうになる。

「その前に俺の話を聞いてほしいんだ。頼む、フィーエン」

 相手の持つ威圧感に負けまいと、何とかライトスも腹に力を込めた。説明する前に負けていては、リュディを無理に連れ戻されてしまうし、自分の命も短くなってしまう。

「……いいわ。パルレからも話を聞いてやってくれ、と言われているし」

 そのきれいな顔には、渋々という表情が露骨に浮かんでいた。

「ありがとう。まず、俺は何も妖精界から持ち帰ってはいない」

 言いながら、ライトスはポケットから顔を出しているリュディを外へ出した。

「まぁ……あなた、どうしてそんな姿になってるの?」

 ここにいた時は、人間と同じ大きさでもっと幼かったリュディ。姿や大きさが変わっても一応リュディとはわかったようだが、それでもフィーエンはその変化に驚きを隠せない。他の妖精達もざわついた。

「大きさについては俺の不注意なんだけど、姿そのものについては人間界へ来てしばらくしたらこうなった。リュディが人間界へ来たのは、彼女の意志なんだ」

「何ですって?」

 ライトスはリュディから聞いた話と、彼女が人間界へ来たいきさつを話した。

「……それ、本当の話なの?」

「妖精相手に嘘はつかない。全部、本当のことだ」

 だが、フィーエンや他の妖精達は、まだ疑いの目でライトスを見ている。

「失礼、私はバートル。ライトスは私の息子だ。彼には妖精のパーティについて、何年も前からちゃんと教えてある。魔法使いになって招待状が来ることをずっと楽しみにしていたし、今回来られることを喜んでいた。それでこんな愚行に走るとは思えない。リュディが人間界へ来たことは事実だが、彼女にも何か特殊な事情があるようだ。息子に罰を与えるにしても、その辺りのことを考えてもらえないだろうか」

 バートルは父として、魔法使いの仲間として、フィーエンに情状酌量を訴える。

「本当に……無理に連れて行ったのではないの?」

「そんなことはしていない。さっきも話したけど、リュディが俺の知らないうちに扉を通っていたんだ」

「この子は初めて会ってからずっと、何かを怖がっているようだったわ。私達にも心を開かなかったのに、なぜ会ってすぐのあなたについて行くの。しかも、人間のあなたに。自分で人間界へ行くなんて、とても考えられないわ」

 妖精より人間を選んだ。

 フィーエンには、その点がどうしても信用できないらしい。フィーエン達が人間をどれだけ信用しているかはともかく、リュディが人間の方を信用したことが受け入れられないようだ。

「そんなことを言われても……」

 確かに初めて出会った時も、今回も、リュディはどことなく怯えているように見えた。それはライトスが人間だから、だと思っていたのだ。

 子どもの頃に会った時はともかく、昨夜はライトスの姿が大きいから余計に怖かったのだろう、と。

 しかし、ライトスの部屋では急にお腹がすいたと言い出したり、机の上で眠ったり。時間が経つことで慣れてきたのか、警戒心がかなり薄れていったように思える。

 そもそも、人間が怖いなら最初からついては来ないだろう。それ以前に、ライトスに見付かるような場所にいないはず。

 リュディが怯えていたのは、何か別に理由があったのでは、と今なら思える。

 今も手の平の上で座り込み、ライトスの親指にしっかり掴まっていた。落ちないようにと言うより、怖いから何かにすがっていたいといった様子だ。

 今、リュディにとって頼れるのはライトスだけなのだろう。少なくともさっきからこの様子を見る限り、妖精界へ戻って来られた、仲間に会えて嬉しい、といった雰囲気はない。

「とにかく、まだ詳しくは聞いてないけど、リュディは元々人間界に棲んでいたらしい。で、俺と一緒なら自分の家に帰れると思ったって話してるんだ」

「あなたがそういう話を作って、誰かに聞かれたらそうだと言えって脅しているのではないの? 何か彼女にひどいことをしたんじゃないでしょうね」

「なっ……俺は何も」

「おいおい、そういう言い方はないんじゃないか?」

 フィーエンの言葉にたまりかね、ライトスが反論するより先にディアドが口を挟む。

「こっちは事情もわからないまま、保護してる状態だってのに。オレが知る限り、ライトスはこんなかわいいお嬢ちゃんにひどいことができるような男じゃないぞ」

「あなたが知る限りでは、でしょ」

 ディアドのフォローを、フィーエンは冷たく斬り捨てる。ディアドはむっとした表情を浮かべた。

「ああ、そうだ。知る限りだ。でもな、オレは見習いの時から、ずっとこいつとは顔を付き合わせてるんだ。そう器用な性格じゃないことくらいはわかる。二面性のある人間も世の中には確かにいるが、ライトスは表裏のない奴だ。オレ達に知られずによそでひどいことをしてるなら、こいつに向いてるのは魔法使いじゃなくて詐欺師だ」

「現実には魔法使いのようだけど、裏で別のことをしてないって言い切れないわ」

「あのなぁ……フィーエンって言ったっけ。人間に何か恨みでもあるのかよ」

 妖精と魔法使いの間で、周囲の景色に不釣り合いな張り詰めた空気が流れた。

「あの……」

 気が付いたら、ライトスではなくディアドとフィーエンのバトルにすり替わっている。ディアドのフォローはありがたいが、ここで妖精とケンカしても問題は解決しないのだ。

 しかし、フィーエンはライトスの説明もディアドのフォローも、受け入れてくれそうな様子にない。

「おやおや、ずいぶん珍しい空気が漂っているねぇ」

 張り詰めた空気を一気に緩めるような、のんびりした口調がその場に加わった。

「あら、トルージャ。あなたがここまで来るなんて、そちらの方がずいぶん珍しいわ」

 声の主に、パルレがそう親しげに声をかける。

 現れたのは、腰まである真っ直ぐな金髪に、金の瞳をした長身の青年だった。中性的な顔立ちだが、声はやや男性のように聞こえたので青年と言ってもいいだろう。

 この世界にいるのだから、人の姿をしていても人間ではないはず。しかし、妖精とは違う雰囲気も感じられた。

 あれ? この人……人じゃないだろうけど、どこかで見たような……。

 一瞬、彼の姿がライトスの記憶をかすめた気がしたが、ちゃんとは思い出せない。

「ないはずの存在が感じられたから、気になってしまったんだ。今日は妖精のパーティではないよね?」

「ええ、私が特別に連れて来たの」

 フィーエン達はパルレがトルージャと呼んだ青年が誰かわかっているようだが、ライトス達は当然彼を知らない。

 それに気付いたのか、パルレが紹介してくれた。

「トルージャは竜よ。いつもはあの山の向こうにいるの」

「竜っ?」

 三人の声が重なる。竜という存在は知っているが、会うことは滅多にない。妖精界には竜や魔獣も暮らしていると聞いてはいるものの、人間界はもちろん、妖精界に来ても竜に会うことは難しいのだ。

 それなのに、こうもいきなり人間の姿になって現れるとは。思わぬ収穫、と言っていいものだろうか。

 とにかく、とんでもなく貴重な体験だ。

「おや、お嬢さん。ずいぶんかわいらしい姿になったものだね」

 にっこり笑う竜の視線の先には、ライトスの手に乗ったリュディがいる。

「トルージャは彼女をご存じなの?」

 その言葉に、フィーエンは驚いた様子だ。リュディは竜と知り合いなのか、とライトスも驚いたが、当のリュディに笑顔はない。ライトスの思い違いでなければ「誰?」とでも言いたげだ。

「うん。早く帰してあげられたらと思っていたんだけれど、竜が妖精界で余計なことをしたら混乱するんじゃないかって、手を貸すのを控えたんだ」

「帰す? どういうことです? どこへですか?」

 フィーエンが聞き返す。ライトス達も同じ疑問が頭に浮かんだ。

「なぜそんなに小さいのかは知らないけれど、このお嬢さんは人間だよ」

 トルージャの言葉に、誰もが驚きすぎて声が出なかった。

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