妖精のルール
「……え? な、何で?」
バートルの言葉が理解できず、ライトスは聞き返す。
魔物に恨みを買うようなことをした覚えはない。
魔法使いになってから魔物退治は何度かしてきたが、それならライトス限定なんて妙だ。しかも、あんな魔物なら一度見れば絶対に覚えている。
だが、ライトスにはあの魔物に襲われる理由が思い浮かばない。
「形がどうであれ、お前は妖精界にあったものを人間界へ持ち帰った。妖精がそれを取り戻すために、魔物を送り込んだんだ」
「ええっ? な、何で?」
思わずさっきと同じセリフを口にするライトス。
「持ち帰った覚えなんてないよ」
言いながら、ライトスは大きく首を振った。
妖精のパーティでは、決して犯してはいけない鉄則が存在する。
それが「妖精界にあるものは、たとえ小石一つ、葉っぱ一枚であっても人間界へ持ち帰ってはいけない」というもの。
現実には葉っぱ一枚くらい、目こぼししてもらえるかも知れない。しかし、一つの例外を許すとどこまでならよくてどこからが悪い、という線引きが大変になる。
葉っぱ一枚と言っても、その大きさによっては人間界に強い影響が出る、ということも否定しきれない。魔の空気が強い世界にあった物は、場合によっては危険極まりない、ということもありえるのだ。
持ち帰ったのがどういう形であれ、悪い結果にならないよう、この鉄則が存在している。
魔法使い達は、顔見知りの妖精からそのことを聞かされるのだ。ライトスの場合は父からも聞いていたし、幼い時に妖精界から帰る時に何も持っていないかと言われたのを覚えている。
もし持ち帰れば妖精が、もしくは妖精が呼び出した魔物が取り返しに現れるのだ。それだけならいいが、ペナルティとして何かを奪うのだとも言われている。
それは魔法使いの魔力の一部、もしくは全てであったり、所持しているレアな魔法道具、貴金属といったものらしい。
最悪だと、寿命を半分奪われるという話もあるのだ。
実際に寿命を奪われた人の話は聞いたことがないが、魔力を奪われたという話は噂話程度ではあるが耳に入ってくることがある。実際にそういう人が近くにはいないので、持ち帰らせないために妖精があえてそういう噂を流しているのかも知れない、などとバートルはライトスに話していた。
そういったペナルティの事実がどうなのかはともかく、ライトスが「持ち帰った」と言われるなら、それは冤罪というものだ。
「俺、妖精界では何にも手は触れてないよ。妖精やよその魔法使いとは少し話をしたけど、その誰にも触ってない。俺が持ち帰ったんじゃなくて、リュディが自分の意志で歩いて来たんだ」
リュディ自身も言っていた。ライトスと一緒に行けば帰れると思った、と。
リュディには目的があり、その手助けをしてくれるであろうライトスの元へ、彼女の意志で来た。
それなのに、ライトスがリュディを連れ去ったように悪者扱いされるのは心外だ。まさか妖精はライトスがリュディを誘拐した、とでも思っているのだろうか。
「恐らく、妖精にそういった細かい事情まではわからないだろう。妖精達にわかるのは、彼女がお前と一緒に人間界へ来ている、という事実だ」
リュディがついて来た。
ライトスがいくらここでそう言っても、妖精はそう思っていない。だから、彼女を取り返しに行動を起こしたのだ。
「妖精が送り込んだ魔物って、魔力の塊みたいなものだって聞いたことがあるぜ。そんなのを相手に、人間の俺達がかなうはずないだろ」
妖精界から連れ出され、さらにその身体が小さくなっているとわかったら……。
しかも、それがライトスの調合した薬によるもの。実験台にしたのか、と激怒されかねない。
そうなれば、奪われるのは間違いなくライトスの寿命だ。それも半分で済むかどうか。
「だけど、リュディは妖精界には棲んでないらしいんだ。元々いた場所へ帰りたいから、俺といれば何とかなるだろうと思ってついて来たって話してた。父親とはぐれて迷子になってるらしくて」
「ライトス……」
何かもめてるとわかり、リュディが不安そうにライトスの顔を見上げる。自分の名前が出ているから、なおさら不安だろう。
「リュディが薬を口にしたのは、俺が机の上に薬の入った瓶を置いたままにしていたからなんだ。それが俺の過失だってことは認める。だからリュディの身体はちゃんと元に戻すとして、俺は彼女の父親を捜すって約束したんだ。薬のことがあったから、父さんにはすぐに相談できなかったけど……ちゃんと元の姿に戻ったら、どうすればいいかって聞くつもりでいたんだ」
「我々に訴えても……それを妖精が聞いてくれればいいが」
「問答無用らしいしな」
この魔法使いなら、妖精界へ呼んでもいいだろう。
そう考えて、妖精は招待状を送る。その招待客である魔法使いが、パーティにおいてたった一つのルール、妖精界の物を持ち帰らない、という約束を破ったら。
それを知った妖精達は、当然怒る。そして、罰を与える。情状酌量などなしだ。
「寿命を奪われるって……俺、あの魔物に殺されるの?」
さっきは壁に亀裂が入っただけで済んだが、その壁を出すのが少しでも遅れれば、あっさりやられていた気がする。
あの黒い腕が身体を貫くのだろうか。口をふさぐのか、首を絞めるのか。
そう考えると、血の気が引いた。
「死を『与える』とは聞いてない。どういう形でか、寿命を奪うとしか私も聞いたことがないので何とも言えないが」
青ざめるライトスに、バートルもこれという力づけるような言葉が出ない。いくら何度も妖精界へ招かれているとは言え、そのルールを破った魔法使いが現実にどうなるのかまでは知らないのだ。
魔力を高められる場所に来られたのに、自分からわざわざ魔力を削られかねない愚行に走る魔法使いなどいるはずもない、と思っているから。それはバートルだけではないはずだ。
「だけど、妖精が人間界へ来てはいけないってルールはないはずだろ? どういう状況にしろ、リュディがここにいるのは彼女の自由じゃないか」
バートルに当たっても仕方ないとわかっていても、ライトスは何か言わずにはいられない。
「我々からすれば、そういう理屈になるだろうな。だが、妖精には妖精の決まりみたいなものがあるのかも知れない。魔物の現れた理由がリュディなら、何かがその決まりに引っ掛かった、ということもありえる」
「妖精のパーティで使う扉は、人間しか使ってはいけない、みたいな規則があるのかもな。使うなら長みたいな存在の妖精に報告してからでなければならない、とか」
「そんな……」
人間と妖精では、縛る規則が違うのか。そうだとしても、ライトスは納得できない。
突然、ばきっという固い物がひび割れるような音が響いた。リュディがびくっとして身体を縮め、三人はその音がした方を見る。
「あいつか、ライトスが言ってた奴は」
ライトスの向かい側に座っていたディアドは、ちょうど正面に当たる部分の結界に亀裂が一気に入るのを見た。ライトスが話していた通りだ。
その向こうに黒い影がある。ライトスの背後、つまり至近距離から襲うということは、やはり目的はライトスなのだ。
「かえ……せ……」
魔物が結界を殴りつけ、さらに亀裂が広がった。岩を金属の道具でたたき割ろうとしているような音が続く。
「ったく、何て奴だよ。殴って結界を崩すなんてありえないぞ。三重に張った結界を粉々にするつもりか」
「返せって言ってるけど、あんな奴にリュディを渡せって……できるはずないだろ」
ライトスの手の中で、リュディは震えている。取り返そうとしているのが物ならいいが、リュディのように妖精なら……彼女にも罰が与えられたりするのだろうか。
あんな影の魔物に彼女を渡したら、ライトスと同じようにリュディまで寿命を奪われてしまうような気がする。いくら妖精が人間より長命であっても、奪われていいものじゃない。
「棲む場所が妖精界じゃなくても、お前が連れ帰る前の時点では妖精界にいたってことなんだろ」
「だから妖精界へ返せって? だけど、元々人間界にいたなら、リュディはただ帰って来ただけなのに」
「その子の事情より、今はこの状況をどうするかだ。あれが本当に妖精が送り込んだ魔物なら、魔法使いが張った結界などすぐに破られるぞ」
現れた相手は魔力の塊とも言える存在。魔物のような姿であっても、妖精界からの使者だ。人間の魔法使いが反撃などしても無駄だろう。魔力レベルが桁違いだ。
「どうしたらいいんだ。このままじゃ、父さんとディアドまで……」
魔物の目的は、ルールを破ったライトス。そして「連れて行かれた」リュディ。
しかし、バートルやディアドが彼らを守ろうとすれば、二人にもその咎が向けられるかも知れない。それだけは避けたかった。
リュディの事情がどうあれ、これはライトスの問題なのだ。
自分だけで済むならいい。だが、ライトスがあきらめて魔物の前へ出ても、その後でリュディにまで何かあるというのは絶対にいやだ。頼ってくれた彼女を裏切る形になってしまう。
魔物は「かえせ」と言っているから、何をされるかはともかく、リュディが妖精界へ連れて行かれるのは確実だ。
どっちも取れない板挟みで、ライトスはどうにも動けない。
「ディアド、ライトス。できる限り結界を強化しろ」
「バートル、オレ達が多少強化したって、いつか破られるぞ」
「いいからやれっ。何とか話ができないか、試してみる」
「話って……父さん?」
バートルが何をするつもりか知らないが、ライトスは、それにディアドも言われた通りに結界を強化した。魔物はその結界を殴り続ける。
その間に、バートルは顔なじみの妖精パルレを呼び出した。
「これって何事なの、バートル?」
呼び出された場所の異常な空気に、銀の髪の妖精は驚いたように魔法使い達を見回す。
「パルレ、あの魔物は妖精が送り込んだものか?」
バートルが指さす方を見て、パルレは眉間にしわを寄せ、首を傾げる。結界に無数の亀裂が入っているため、白くなって魔物の姿がはっきりしないのだ。
しかし、妖精はその気配から相手を探る。その間、魔物が結界を壊そうとし、二人の魔法使いが新たに結界を張ったり強化したりする……ということを繰り返した。
「……そのようね。あれが送り込まれるということは……あなた達の誰が何を持ち帰ったの? ああ、バートルは今回来てなかったわね」
パルレは壁の向こうにいる存在に気付いたと同時に、魔法使い達の事情を察したようだ。誰かが妖精界から何かを持ち帰り、取り返すために魔物が現れたのだということを。
「違うんだ、パルレ。魔物が狙っているのはライトスのようだが、何も持ち帰っていない。妖精界から一緒に妖精がこちらへ来たらしいんだが、自分の意志で動いた結果だ。ライトスが無理に連れ帰った訳じゃない。何とかならないか」
「ライトスが妖精を?」
結界を強化するため、ライトスはリュディをまたポケットに入れている。なので、バートルの言う妖精の姿が見えない。
「こう騒がしいと、事情がよくわからないわ。少しゆっくり話がしたいわね」
パルレが右手を軽く振った。すると、それまで結界を叩き壊そうとしていた魔物の動きが急に止まる。
突然静寂が訪れ、ライトスはほっとすると同時に、どっと汗が全身に噴き出した。壁を壊した魔物に捕まって今すぐどうこうされる、ということはひとまず回避できたようだ。
「今、一時的に魔物の動きを止めたわ。だけど、あれを送り込んだ妖精でなければ、消すことはできないの。さぁ、話してちょうだい。どういうことなの?」
「ライトス、自分の口でちゃんと説明するんだ」
バートルに言われ、ライトスはリュディをまたポケットから出す。
「その子がライトスについて来たの?」
「うん、そうなんだ」
ライトスは、リュディが妖精界から自分でくっついて来て、それから現在どういう状況であるか、をパルレに話した。
「リュディが俺の部屋にいるって気付いたのは、扉が妖精界から離れた後なんだ。そもそも、妖精が人間界へ来てはいけない、なんてルールはないだろ? 今のパルレは父さんに呼び出されたから人間界にいるけど、魔法使いに呼び出されなくてもあちこちで遊んでいる妖精はよく見かけるし」
「ええ、ライトスの言う通りよ。初めてだわ、こんなケース」
パルレも、妖精界とつながる扉から妖精が行き来するという話は聞いたことがなかった。あの扉は人間専用で、妖精が通ることはこれまでなかった……はずだ。パルレの知る限りでは。
「確かに、自分の意志で来たのか連れて行かれたのか、という部分はその場にいない限り妖精にも見えないわ。彼女の周囲にいた妖精が連れて行かれたと思い込んで……ということはありそうね」
「連れて来たと妖精達に思われてるなら、本当に誤解なんだ。俺も知らないうちにリュディは来ていたんだから」
ここでリュディが「自分が勝手に来た」と証言してくれれば早いのだが、この場の空気に戸惑っているのか、ライトスの指にしがみつくばかりだ。
「そう。だったら、何とかしないとね。このままだと、ライトスの寿命が五十年くらいは軽く削られそうだし」
「五十……それだと俺、あと十年生きられるかどうかになるんじゃ……」
パルレは「軽く」と軽く言ってくれるが、人間の五十年は寿命の七割から下手すると九割近くを占めるだろう。もちろん、人にもよるが。
ライトスは十七歳だから、街の平均寿命から計算しても余命数年である。下手したら、削られた途端に人生おしまい、となることも。
「パルレ、何とかと言うが……何とかなるのか?」
「あなた達とは知らない仲じゃないものね。結果がどうなるかは何とも言えないけれど、仲介だけはしてあげるわ」
「仲介?」
「あの魔物を送り込んだ妖精と話ができるようにするってこと。さっきも言ったでしょ。私にはあれを消すことができないから。次に動き出したら、ライトスを捕まえるまで止まらないわ」
言いながら、パルレは宙に光の輪を描いた。ライトス達が頭を下げ、姿勢を低くすれば何とか通り抜けられるサイズの輪だ。
「本来はこんなことしないのよ。でも、今は特別。この輪をくぐって」
「くぐったらどうなるんだ?」
「妖精界へ行くのよ」
ライトスの質問に、パルレはしゃらっと答えた。
「ええっ、こんな簡単に?」
「あなた達が妖精界へ行く時に竜のうろこを鍵穴にかざして……って言うのは、一つの儀式みたいなものよ。その気になれば、妖精が魔法使いを迎えに行って、ということもできるけれど……それも面倒だし」
「妖精の口から面倒って言葉が出るとは思わなかったよ……」
とにかく、もたもたしていると魔物がまた動きだしかねない。パルレができるのは、あくまでも一時停止なのだ。
妖精の導きで、三人の魔法使いは妖精界へと足を踏み入れた。





