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4月 水平思考ゲーム 解答編

答えを導き出す為にも、まずは問題文と現状を振り返ってみる事にしよう。



問題文は確か…


男は地元でも有名な幽霊屋敷に金目の物があるのでは?と忍び込んだ。

ところが金目の物は無く、挙げ句の果てには屋敷の中に閉じ込められてしまった。

扉は一ヶ所のみ、窓は天井に一つあるが男の身長では到底届かない。

そして屋敷中に聞こえる幽霊の声。

男は脱出する方法を明日考える事にして床に着いた。

しかし翌朝、男は誰の手も借りず、何もせずに屋敷を脱出した。

男はどうして脱出する事が出来たのか?

だったかな。


次は現状確認。


現在、判っている事は…


男が閉じ込められたのは、幽霊の仕業ではない。

男が苛められているかは関係なし。


この二つか。


振り返ってみても謎だらけだな。


この後の展開次第で、今年一年の学校生活がどうなるかが決まるのか。

推理ゲーム1つに、とんでもない命運を賭けている気がする。

脳をフル回転させねば…。

取り敢えずここは、一個一個判らない事を潰していこう。



「質問します」


「かかってこい」


「扉には鍵が掛かっていますか?」


「NOだ。扉に鍵は掛かっていない」


逆に謎が増えた。

でも、謎がいくつあったとしても、それに対する原因や理由が浮き彫りになってくるはずなんだ。


まぁ、理不尽な答えではない限り、ではあるけど…。


「次です。閉じ込められたのは、扉の開け方に関係がある」


「そうだなぁ…YESだ。関係ある」


「扉はスライド式ですか?」


「NOだ」


「じゃあ、扉は外の方へ開くタイプである」


「そうだ、YESだ」


「つまりは外に何かがあるから開けられないんですね?」


「あぁ、YESだ」


よし、これで一つの謎は解けた。

閉じ込められた理由が、幽霊屋敷の外にあるという事が。


次の質問を考える僕。

室内は一度静まり返り、飾られている時計が刻む秒針の音だけが、やたらと耳に入ってくる。


十秒もない程の静寂。

秒針だけの静寂を切ったのは、僕ではなく海江田先輩の一言だった。


「あー、こりゃ不味いな…」


海江田先輩は少し、眉間に(しわ)を寄せた。

海江田先輩にしては珍しい。


「どうしたんです?」


「私は重大なミスをしてしまった」


「問題文に何か問題でも?」


「いや、そっちじゃない」


「ん?だとしたら、何のミスをしたんです?」


「姫島が質問を繰り返して行けば、いずれ答えに辿り着く可能性が非常に高い。これだと私が明らかに不利だ。勝負にならない」


「はぁ」


「だからだ。制限時間を(もう)けよう」


もう何も言いますまい。

僕の心は呆れるでもなく至って普通、平常心だ。


この条件を口実に、噂を流す件を取り消しにしろなんて、ここでは言わない。

勝負に水を差す事になるし、ちょっとではあるけど興が乗ってきた所だ。


「良いですよ」


「おっ、懐が深いな、生徒会長」


さっきと打って変わって、にこやかな笑顔を僕に向ける。


これで良いんだ。


制限時間の件は、僕が答えを導き出せなかった時に、交渉材料として大いに使うつもりだ。

勝負に負けても、試合には勝たせてもらう。


「よし。制限時間だが今は…」


海江田先輩は、室内に掛かってある時計を見る。


「11時前か…じゃあ、中途半端だが11時10分までの約15分間、その間に正解すれば姫島の勝ちだ」


「制限時間内に答えが出なかったら、海江田先輩の勝ちって事ですね」


「そういうこと!」


「だったら時間が惜しいです。次の質問に行きますよ」


「あぁ、そう来なくっちゃな!」


何だか、白熱した推理バトル展開になってきた。



扉の前に何かがあるから閉じ込められた、それは解ったのだが、僕には迷いが生じている。


その迷いとは推理の方向性。


扉の前にあるものが"何か"を探るのが、問題を解く近道になるのか。

それとも、他の気になる点を探って、全体を明らかにするべきか。


かなり勇気は要るが、後者の方が得策だと思う。


一点突破で答えられる問題ではなさそうだし。


「質問。男は本当に何もしませんでしたか?」


「YES。何もしていない」


「歩いたりも?」


「NOだ。歩きはした」


「歩くだけで脱出が出来た…」


いや、まさかな…。


「男は幽霊ですか?」


「NO。人間だ」


「ですよねぇ…」


ひとまず良かったと言っておこう。

オチがオカルトじゃなかった事に。


幽霊なら壁をすり抜けられるとは思ったけど、今までの質問で現実味のある返答があったのに、結局はオカルトな結末でしたと言われたら、僕は間違いなくキレる。


鍵の掛かってない扉は一体何だったんだよ!って、怒りを混ぜて全力でツッコむ。


ご褒美どうこうの話じゃない。


まぁ、キレるやらツッコむやらは置いといて、漠然とではあるが、出題された問題の傾向は分かってきた。


恐らく、答えのベクトルとしては…現実的にあり得る事か、空想染みていたとしても限りなく現実に近い事だと言えるだろう。


扉にあった謎が、実際に起こり得そうなものだったにも関わらず、その他が浮世離れした内容だとすると、扉の謎にリアリティを持たせる意味が無い。


開かない扉にも、突飛な理由付けをするのが妥当だ。


そして、もしも僕の推測が正しいと仮定するならば、問題文には不自然というか、聞いておかなければいけないポイントがある。


それがどこかと言うと…。



「幽霊…」


「ん?何か言ったか?」


「幽霊屋敷とか幽霊の声というのが問題文にありますけど、本当に実在するんですかね…?」


「そいつは質問か?それとも感想か?質問なら質問を具体的にしてくれなきゃ、お互いの認識に齟齬(そご)が出るぞ。曖昧なもんは徹底的に排除すべきだ」


海江田先輩は微笑を浮かべている。

まるで不利になる事すらも楽しんでいる様な。


「曖昧なもの、ですか。では…これは問題に対してではなく、海江田先輩自身に質問します」


「お、何だ?」


「先輩は幽霊を見たことがありますか?」


「NOだ。見たことがないね」


「ありがとうございます。問題に戻りましょう」


「何だ何だ、今ので何が分かるって言うんだ?」


「理由はこの勝負が終わった後にでも…それじゃあ質問に戻りますね」


僕はこれで核心に近付けると、確信した。

海江田先輩がそう語ってくれた。


僕がした質問で。


「屋敷自体は存在しますか?」


「YESだ」


「では…」


ほんの一瞬、間を作って、今までとは微妙に違う言い方で、肝となるであろう部分を叩く。


「問題文にある"幽霊の声"というのは、実際には幽霊の声ではありませんね?」


元からYESを誘う聞き方。


「あぁ、YESだ」


ビンゴだ。

海江田先輩も笑いながらにして驚いている。


睨んだ通り、非現実的で非科学的な事、海江田先輩の言葉を借りるのならば、曖昧なものを排除していく事こそが、問題の真相に繋がる。


「で?生徒会長。幽霊の声じゃないとするなら、それは一体何だと言うんだ?」


「海江田先輩、出題者じゃなくて回答者みたいになってますよ?質問するのは僕の方なんじゃないですかね?」


「まぁまぁ、良いじゃねぇか、そんなのは。で、どうなんだ生徒会長」


面白い、と今にも言いそうなニヤケ顔で、軽く首を傾げつつ目線を僕に向けている。


表情を見れば、心底楽しんでいるのが解る。

先輩の頭の中は、ドーパミンがドバドバ出ていそうだ。


「幽霊の声じゃないとすると、何の声か……。んー、その声はどのくらいのペースで…いや、これだとYESかNOで答えられない。えっと、かなりの頻度で声が聞こえてきますか?」


「YESだ」


「ほぼずっとですか?」


「そうだな、YESだ」


「男はその声を気にしていましたか?」


「気にしていたかどうかは、あまり関係ないかな。私個人で言うなら気にしてたとは思うが」


継続的に聞こえてくる声を、気にしていたかは関係ない?


男は歩くだけで脱出した、というだけで、そこまでフォーカスを当てなくて良いのか?

そうなると、屋敷の外が全ての鍵を握る事になるぞ?


声。


どういう声なら脱出出来る?

叫び声?うめき声?怒鳴り声?

声って何?声って何なの?あぁ、ゲシュタルト崩壊しそう。


しそうじゃないな、してるな、完全に。


声、声、声…。


声とは何か…?声は人から出るもの…人から…?

幽霊は…?これは幽霊の声であり、幽霊の声ではない何か…声ではない何か…?


声では…ない?



「声…。いや…もしかして、屋敷中に聞こえていたのは声じゃなくて、音なんじゃないですか?確か、海江田先輩も僕に質問した時に『何の声なんだ?』とは言わずに『一体何だと言うんだ?』って言いましたよね?あからさまに"声"という言葉が出てるのに、それを使わずに表現を変えたという事は、声とは違うから…」


「はっはっはっはっ、よく判ったな姫島。そうだ、YESだっ!!さぁ、そろそろクライマックスだなぁ!答えはすぐそこだ!屋敷中に聞こえていた音とは何だ?何の音だ?何の音なら脱出が出来る?それが答えに直結するヒントになるぞ?」


直結するヒント、か。


何の音かが判っても、もう一段階謎があるってことなのか。

作り込まれてるなぁ、この問題。


もしくは水平思考ゲーム自体、こういうものなのかも知れない。


「さぁ、何の音だ?」


「音で脱出が出来る…」


皆目見当がつかない。


音を聞いても、男は歩くだけで屋敷を出る訳だし、屋敷の外全体に関係する音って何だ?


一度原点に戻るか?問題文を読み返すとか。


僕は問題文を頭の中で思い返す。

そして質問して判った事を、一つずつ並べる。


扉の前には何かがある。

屋敷自体は存在する。

幽霊の声は幽霊の声ではない。

声ではなく、音である。


判った事を整理してみた。


大まかに分けると判った事は、扉の前には何かがあるという事と、声は音だという事だけか。


こうして整理すると、手詰まりな感じはするな。


判った事が一つしか増えてないと思うと、ゲームが進んだようで、そんなに進んでないような…。


ん、そういや…。


何で海江田先輩は"何かの音"を"幽霊の声"と表現したんだろう?


現実に近い理由付けが基盤としてあるのに、わざわざ幽霊なんて単語を使う理由って何だ?


意味もなく使った?ここまで話を広げておいて、そんな事があるか?


意味があるとするなら…幽霊の声に似ていた?まず幽霊の声ってどんな声だ?

海江田先輩も幽霊を見たことが無いのに、何で声と表現した?

幽霊の…幽霊の声と、思わせる音だったから…?

そうだとしたら、どんな音が…。


僕はこの時、変に閃いてしまった。


幽霊屋敷を想像し、開かない扉を想像し、閉じ込められた男を想像し、屋敷中に聞こえる幽霊の声を想像した。

すると妙なインスピレーションが、音の正体を見破った気がした。


そうなのか?それで良いのか?半分ただの思い付きというのもあるし、自信が持てない。


「どうした生徒会長。思考回路はショート寸前か?」


でも、質問するのはタダだ。

合っていればそれで良し、間違っていれば考え直し、それだけだ。


「風の音…」


「ん?」


「屋敷中に聞こえていたのは、風の音なんじゃないですか?」


「ははっ、YESだ。じゃあ何故、男は屋敷を脱出する事が出来たんだ?」


僕の頭の中には、先ほど想像した屋敷がまだくっきり残っている。

そこから僕なりの答えが出るまでは、そう時間は掛からなかった。


「たぶんですが…屋敷の外は台風だったんじゃないですか?扉が開かなかったのは、倒れた木か他の何かが扉を塞いでいたから。屋敷中に聞こえていた声というか、音の原因は風。風の音は強ければ鈍く重たい音もしますし、それを幽霊の声と表現した。そして最後に、男が脱出したのは…たぶん、扉以外の壁が台風によって壊れたから、歩くだけで脱出…したんじゃないかと」


僕は言い切った後、海江田先輩の目をじっと見る。

海江田先輩も微笑みながら見つめ返している。


「ふふっ、ショート寸前どころか到達間際だったんじゃねぇか。正解だ、姫島。答えは男が寝ている間に、嵐によって壁の一部が壊されたから脱出する事が出来た…まぁ、そのまんまだな」


答えを明かしてくれた後に、海江田先輩は直ぐ様部屋に掛けられている時計を見た。


「時間は…おー、11時8分。ギリギリ私の負けか。あともうちょっとだったなぁ」


負けた割りには、それほど悔しそうな顔はしていない海江田先輩。


純粋に推理勝負を楽しんでいただけで、勝敗なんて正直どうでも良かったんだろうな。

ご褒美や噂を学校中に流すと言ってたのも、勝負を楽しむ為のエッセンスくらいのものだったのかも知れない。


実のところ、するつもりは無いという事も…。


「さてと、残り時間が2分だったと言えど、負けは負けだ。そこに変わりはない」


「という事は…」


あるのか、これは…。

率直な気持ち、無くて良いんだけど。


だって何がやってくるか分かんないし、心情で言うと、喜びより恐怖の割合の方が大きい。


そして…。


「さぁ、お待ちかねのご褒美の時間だ!」


僕は今、あなたのとびっきりの笑顔が一番怖い。


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