7月 その23
梅城さんと一緒に部屋の掃除、そして鵜久森ちゃんとみっちゃんの掃除対決……別荘に来てまだ二時間は経っていない気がするのに、結構なボリュームを感じるな。
みっちゃんも鵜久森ちゃんも担当してる部屋に戻ると言ったので二人とは別れ、僕は梅城さんの所に戻る事にした。
綺麗にする所が残っている状態のみっちゃんはまだしも、鵜久森ちゃんに関してはとことん突き詰める気が感じられる。
まぁ、別荘を使っていい代わりの条件として掃除を頼まれている訳だし、クオリティが上がる事に茶々を入れるのは双方にとってプラスにならない。
むしろ鵜久森ちゃんが目指す『掃除の完成形』を見てみたい。
お祖母さんに凄い褒め方をされてると言っていたのも、強ち誇張でもなさそうだ。
よく出来たなぁと自己評価していた僕と梅城さん担当の部屋も、鵜久森ちゃんのに比べたら恥ずかしくなってしまうが……さてさて、あれからこちらの進捗はどうなっているか。
僕は自室の如く、ノックも無しで部屋に入ると───
「あれ……?」
梅城さんの姿が無い。
茶目っ気ある人だし……と思い、室内の開閉式収納スペースも確認したが予想は虚しくもぬけの殻。
周りを見渡し、他に隠れられそうな場所もなければ、テーブルの上に書き置きというベタな物さえない。
急に部屋が広いと感じるまでのことはないが、部屋には僕一人。
行方知れずの梅城さんを探すべきか、一人で掃除を継続するか……ひとまず水雲さんに会って、僕らの進捗状況を見てもらうとするか。
僕は担当していた部屋を後にして、水雲さんがいる洗面所を向かった。
洗面所のドアを三回ノックをする。
しかし、返事もなければ物音すらしない。
「水雲さーん……?」
応答が無いとしても居るかもしれない……そう思い、声を掛けつつゆっくりとドアを開けたのだが……やはり居なかった。
けれど、掃除は終わったのか、清掃用具は洗面所の隅に整理整頓された形で置かれている。
僕はドアを閉め、どうしようか悩んだ。
進捗確認をしてもらいたくて水雲さんに会おうとしたけど、どこに行ったのか分からなきゃな……梅城さんも同じく行方が分からないし、どうしたら……。
考えれば考えるほど悩みが深くなる。
……うん、こうしてる時間が勿体無い。
悩むなら行動しながらにしよう。
水雲さんに進捗を確認してもらう……これを優先事項として、水雲さんを探す。
清掃用具が綺麗にまとめられてたって事は、他の場所の掃除に移ったのかも。
僕はひと通り、別荘の中を見て回る事にした。
まずは真向かいの大きなリビングだな。
洗面所のドアに背を向けて、リビングに繋がる両開きのドアへ律儀にもノック。
誰が居るか分からないしね。
……でも、反応はなかった。
念の為そろりと開けてみたが、人っ気がないどころか埃の溜まり具合からして人が踏み行った気配もない。
それならと未だ行ってない反対側(厳密には玄関右手側の廊下に部屋が数部屋あるだけ)へ向かうとしよう。
掃除の優先順位は後にしようとしていたので、あちら側の部屋の中がどうなっているのかすら知らない。
誰もいないリビングを後にして、みっちゃんと鵜久森ちゃんが担当する部屋を通り過ぎて玄関へ。
自宅の僕の部屋の何倍も広い玄関に着くと……靴を脱いだ先である上がり框に段ボールがひとつと、茶色の紙袋がひとつ。
僕達がこの別荘に入った時にも、間取りを確認した時にも無かったものだ。
とはいえ周りには誰も居らず、そのふたつがポツンと置かれているだけ。
自然と僕の体は段ボールと紙袋に引き寄せられる。
……近付いて見ると段ボールと紙袋は共に封をされていない状態だった。
半開きになっている段ボールは自分の手で空けなければいけないが、紙袋の方は覗き込めば中身が分かる。
無視して、この先の部屋に行ってみる?
それとも中を……いや、誰も居ないのに勝手に中を見るのはな……。
中を覗こうとした僕だったが、寸でのところで踏み留まる。
すると、玄関扉の先から誰かの声が聞こえてきた。
喋り声からの判断だけど、一人じゃなくて複数人かな?
扉越しだから正確な人数は定かじゃない。
推測に時間を割いているのも束の間、玄関先の大きな扉が開く。
外からやって来たのは──
「あら、姫島くん。こんな所でどうしたの?」
最優先で探していた水雲さん、そして──
「ホントだ。何してんの?頼斗くん」
忽然と何処かへ消えた梅城さん。
「いや、それはこっちのセリフなんだけど……」
僕にとっての行方不明者である二人からそんな事を言われちゃ、ツッコまずにはいられない。
更にもう一人……二人に挟まれて現れた面識のない男性。
フォーマルな出で立ちからして、恐らくは水雲さんのお付きの人だろう。
「失礼ながら、こんな格好で申し訳ありません。私は真澄お嬢様にお仕えしている、阿川と申します」
丁寧な言葉で自己紹介してくれた阿川さんは段ボールを抱えていてた。
こんな格好っていうのはそれに対しての謝罪か。
僕的には両手が塞がってるだけでは、失礼とは思わないけども。
取り敢えず自己紹介しないと。
「どうも、僕は──」
「姫島様ですよね?真澄お嬢様からお話は伺っております」
自己紹介する前に知られてた。
これがお付きの人のスペックか……もう一人の千中さんといいレベルが高い。
「生徒会長としての役目を全うされていて、副会長のお嬢様も大変心強いと仰有ってました」
「ちょっと阿川さん!」
水雲さんは少し慌てながらも阿川さんを制止しようとした。
同時に照れも見える。
「おっと……口を滑らせてしまいました」
そうは言うものの、阿川さんは反省する様子もなく冷静に微笑を浮かべている。
「とはいえお嬢様。日頃の感謝はちょっとでも言葉にしておいた方が良いかと思いまして。第三者からの褒め言葉というのは、時に本人から伝えるよりも価値のあるものですし」
「たとえ、そうであってもその二人が目の前にいる時に言うのは控えてください……!ただただ恥ずかしいです!」
「はっはっはっはっ……次から無いようにしますね」
……凄く出来る人ではあるんだろうけど、若干水雲さんをからかい遊んでる感じがあるな。
主従関係が逆転してるように思える。
こういうやり取りをいつもしてるのかな。
普段の二人が気になる所ではあるけど……それ以上に目の前の事の方が気になっている。
「あのー……」
緩やかな場の雰囲気に流されず、言うべき事は言わないと。
「段ボール、ずっと持ってて重くないですか?僕が言うのも変ですけど、空いてる所に置いてください。あと二人もね」
情報量が多過ぎて伝えるに伝えられなかったが、二人の手にも、玄関に置かれている物と同じであろう紙袋がひとつずつ収められてある。
「これはこれは、お気遣いありがとうございます。では、失礼して……」
爽やかな笑顔と丁寧な言葉と共に、阿川さんは漸く段ボールを玄関に降ろす。
置き方を見るに、段ボールの重量はそれほど詰まっている感じではなさそうだった。
両隣の二人も軽快に紙袋を置く。
とはいえ、外は猛暑。
三人とも額や首元、出ている肌や薄着に汗染みと、邸内の快適さとはかけ離れている暑さの中を歩いてきたのが分かる。
水雲さんは手で扇ぎ、阿川さんは平然としているが……梅城さんはサイズが大きめの薄手のシャツという軽装なのに、胸元をパタパタとしていて目のやり場に困る。
胸の谷間が目に入ってしまう此方の身にもなってほしい。
気まずい感情が渦巻く束の間のインターバル(僕個人の感想)は、水雲さんにより終わりを告げる。
「ところで、姫島くんはここで何をしてたの?音寧ちゃんと一緒に居たと思うんだけど」
鵜久森ちゃんの所に行くって、水雲さんには伝えてないはずだけど……まぁ良いか。
「それはもう一件落着してね。今は水雲さんと梅城さんを探してところ。二人とも急に居なくなっちゃったから色々回ってたんだ」
二人が居た場所以外はリビングしか行ってないけど、三ヵ所も回れば色々でぼかしてもいいよね。
「そうだったんですね、伝えてなくてごめんなさい。洗面所のお掃除が終わった頃に阿川さんと合流しまして、お手隙だった梅城さんと一緒に荷卸しを手伝ってたんです」
「荷卸し?」
僕が疑問を口に出すと、水雲さんに代わって梅城さんがこたえてくれる。
「あれだよ、私達が食料や雑貨もろもろを無人島に持ち込む場合は検閲を受ける必要があるって、頼斗くんは真澄お嬢さんに説明されてたんじゃなかったかな?それとも色々あって忘れちゃってた?」
「そういえばそうでした。普通に忘れてました」
梅城さんが言った食料や雑貨に限らず、着替えが入ったスーツケースなども一旦検閲を入れた後、別の船で島に送られてくるという話があったんだった。
「頼斗くんって思ってたより、うっかりボーイ?それとも真澄お嬢さんの前だからって、わざとギャップを演出したとか?」
「見当違いも甚だしいですよ」
「なるほど、ターゲットは私だったか~」
梅城さんは解った上で僕に対しニヤッとしているが、その顔には「さて、頼斗くんは何て返すのかな?」と書いてある。
同じ穴の狢というか……茶目っ気を出してくる時は何処か、海江田先輩を彷彿させる瞬間がある。
彼女の先輩というのも納得できるな。
「ターゲットも何も、単に忘れてただけですよ。梅城さんの言う、ただのうっかりボーイですよ」
この手の投げ掛け……海江田先輩で慣れっこな僕は、感情を無にして平坦に返す。
「……うーん、頼斗くん。もうちょっと恥ずかしがって反論するとか、無いの?」
言わずもがな、梅城さんはつまらなそうな顔をする。
「したらしたで、却って喜ぶでしょ?」
「うん!!」
そしてすぐに満面の笑みへ。
「だからしません」
「ちぇー……」
ほぼ棒読みだ……感情が籠っているのかさえ怪しいな。
逸れた話も着地した所で、一連の会話を聞いていた阿川さんが水雲さんに尋ねる。
「お嬢様、私が聞いていた話では姫島様と梅城様達──大学四年生の方達とは今日が初対面だという話だったのでは?」
「そうですよ」
「にしては──お笑いをかじったような軽快なテンポで、ラリーをしてらっしゃるんですが……コントの真っ最中なんですか?」
他愛もない会話を冷静に分析されても困る。
あと阿川さんって丁寧な話し方をしてるけど、見た目以上に毒突くタイプなんだな。
男性の中でもひときわ穏やかな雰囲気を持ってる中で「お笑いをかじったような」なんて言葉、出てくるとは思えない。
パンチがあり過ぎる。
それを聞いた水雲さんは、阿川さんの化けの皮が剥がれたなと言わんばかりに、乾いた笑いが漏れ出ていた。
閑話休題。
探していた二人は意外な形で見つかり、手持ち無沙汰になっていた僕は話を切り出す。
「えーっと……梅城さんも加わってるって事は僕らが任された部屋の掃除は落ち着いたと思うんだけど、問題無いなら僕も荷卸しを手伝いをしようかな」
すると阿川さんから喜びの声が挙がる。
「本当ですか!正直な所、男手が足りなかったんですよ。お嬢様のご友人にお手伝いさせるのは恐れ入りますが、遠慮なくこき使わせて頂きます」
……恐れ入るとは一体?
まばゆい程の太陽光。
朝の時よりも陽射しが強くなっている事は、汗の量で理解できる。
丁度いい気温で掃除に勤しんでいたのもあってか、室内との温度差で早くもバテそうだ。
暑い。
夏が本気を出している。
阿川さん率いる僕達一行は、行きに歩いた別荘までの道のりを戻る形で船着き場へ移動。
桟橋の先には、僕達が乗ってきたクルーザーとはデザインの違うクルーザーが停まっていた。
デザインというより、まず配色が違う
「見れば見るほど凄いなぁとしか言葉が出ないよね。船を複数持ってるとか、真澄お嬢さんが本当にお嬢様なんだなって染々思うよ」
桟橋を歩く中、梅城さんが僕の心を読んだかのような感想を言う。
いや……視線は自然とクルーザーに集まってるんだし、心を読んだというのは大袈裟かもしれない。
「はい、そうとしか言えないです」
梅城さんへ返す僕のコメントが何とも微妙ではあったが、ここまで来ると許してほしい。
僕の脳はもう、見るもの全て「凄い」と思う事に関しての感覚が麻痺してきている。
ある意味、思考停止してるとも言える状態だろう。
潮風が肌にまとわりつく灼熱をふわりふわりと撫でてくれるが、桟橋を歩いているからといって常には吹いてくれない。
実質、海の上であっても風は気ままだった。
この拭えない暑さも思考停止の要因のひとつかも。
他にも要因を挙げるなら……僕の脳は今、目的地の光景の情報処理に時間を奪われ始めている。
先導していた阿川さんが背中を向けたまま歩きながら、僕達に向けて話す。
「真澄お嬢様のお父上からの届け物として、食材や差し入れとその他、持ち込みされる物を運ぶように命じられていたんですが、持ち込みが予想してた量を遥かに超えてきたのには私も顔が引きつりましたね。一人でどうにかなるだろうと思ってましたが、流石に想定外というか、ここまでとは予想だにしませんでした」
「いやぁ……はは、すみません」
阿川さんの話に、何故か梅城さんが悪びれた感じもなく謝罪する。
「ですから男手が欲しかったんですよ。中には重たい物もありましたから」
僕は歩を進めながら上体を横へ反らし、進行方向をひょっこりと覗いた。
僕達の目的地……桟橋の先端に停船していたのは、サイズがひと回り小さいが黒を主体にした存在感のあるクルーザー。
その降り口付近には色々な物がどっさり置かれていた。
あれが検閲を受けた持ち込み品?
離れた所からだと具体的な物は分からないけども……ちょっと多すぎでは?
今となっては真横にある漆黒のクルーザーよりも、持ち込み品の方が存在感を放っていた。
その存在感に引き込まれるように僕らは目的地へと到着する。
「着いて早々ですが──お嬢様と梅城様は先程と同じく運びやすい物を。姫島様は私と同じで、重たい物を運んでもらいますね」
阿川さんの指示通り、二人は要領よく持ち込み品を選び始めた。
初参加の僕はどれがパッと見で重い物かが判別できないが──取り敢えず中身を見てみるか。
僕はおもむろに一番手前にあった段ボールを開けてみた。
これは……大量のガラス瓶?
空き瓶もあれば、瓶の色で液体の色は無色透明なのかは分からないが中身が入ってるものが、段ボールいっぱいに詰められている。
ご丁寧に瓶同士がぶつかって割れないように仕切りで区切られているのと、瓶と仕切りの隙間には緩衝材が詰められている。
細かい所まで行き届いた対応だ。
……そんな事より、こんなの誰が何の為に持ってきたの!?
意図が全く分からない!
「おっ、旦那ぁ。そいつを選ぶたぁお目が高い……」
べらんめえ口調で僕に話し掛けてきたのは素知らぬ男性、などではなく……おふざけ満点、笑顔も満点の梅城さんだった。
「うちらが黙ってても、旦那にゃあ物の良さが筒抜けになっちまうんですぁねぇ。こんなのが続いちまったら、こっちも商売上がったりよぉ」
「いつの時代設定かは知らないですけど、瓶を売ってて商売上がったりなら商人としてのセンス無いと思いますよ?」
江戸時代なら瓶って高級品のはずだし。
「普通に聞きたいんですけど、何ですか?この大量のガラス瓶は」
「あー、それはまだ言えないんだよね。強いて言うなら、玲香ちゃんやみんなでやるヒミツのイベント……とでも言っておこうかな?こういうお楽しみってらやる時まで取っておくものでしょ?」
案外あっさりとべらんめえ口調を捨ててくれたのは、説明を聞く側としては有り難いけど……詳細が明かされてないのが非常に怖いというか、身の毛もよだつ話だ。
炎天下なのにね。
「納得いってないのは頼斗くんの顔を見れば何とな~く分かるけどね、お姉さんにだって言えない事はあるんだよ。このサプライズは玲香ちゃんから言いたいだろうし」
「……そのサプライズって、僕が喜びそうなやつですか?」
会って数時間の人にする質問じゃないのは理解してる。
ただ、この後の心構えとして絶対に聞いておきたい事。
「ううん、たぶん喜ばないと思う」
即答だった。
梅城さんの中で僕がどう映っているかは知る由もない……けども即答できる自信はあるって事か……。
「テンション落ちてるとこ悪いけど、その大量の瓶を運ぶ時は気を付けてね。どうでも良い瓶もあるけど、中には高級ブランドの化粧水が入ってるから落としちゃダメだよ。落とすのはテンションだけでよろしくぅ」
サプライズ予告を受けなきゃ、テンションは落ちませんでしたけどね……。
溜め息が出そうなのをギリギリ我慢して、僕は腰を落とす。
両手でガッシリと段ボールの底を持ち、抱えるようにした。
持ち上げても瓶同士がぶつかる音もなければ、中身が動いた様子もない。
運ぶ僕からすると、しっかりとした梱包に安心する。
不安があるすれば、そこそこ重量のあるコレを桟橋から別荘までの距離を歩く事だ。
そして、持ち込み品の量を考えると何往復するんだろう……持ちこたえてくれよ、僕の体力。




