7月 7月27日⑤ 下準備
砂利道の緩い坂を、松之下さん達と笑いあり、突っ掛かりありの談笑をしながら登り進めると、遠くから見ていた別荘の全体が観えてくる。
白と黒を基調とした、古風で如何にもな洋館がドンと鎮座している姿に、僕は静かながら気分が高揚していた。
これぞまさに、別荘といった佇まい。
高さは二階くらいだが、何より横幅が広い。
僕が住む一軒家とは比べ物にならない存在感。
むしろ比べるのが烏滸がましいとさえ思えてくる。
はしゃいだり、僕みたく静かにただ眺めていたりする中、竹並さんが洋館をじっくりと観察しながら笑みをこぼす。
「うわぁ……ははっ。こういう建物、間近で見れるなんて思ってもみなかったっす。ミステリだと、連続殺人が起きたり別荘に閉じ込められたりして脱出不可能になったりするんすよねぇ」
映研メンバーの脚本担当としての血が騒いだのか、笑顔でやたらと物騒な発言をした竹並さん。
だが、梅城さんがすぐに反応する。
「脩太郎、不謹慎」
「すいませんっす……!つい……」
梅城さんが一言でピシャリと制止すると、竹並さんは笑いと申し訳なさが混在した表情で謝った。
とはいえ、この別荘にはそういった雰囲気が漂っているので、竹並さんの言いたい事はよく分かる。
まるで自分がドラマの登場人物にでもなったみたいだと。
凄みのある建物を前にして、感想の有る無しに関係なく呆然と立ち尽くしていると、水雲さんのお付きの人が別荘の扉を開ける。
そして、水雲さんはお付きの人の一歩前に立ち「では、中へどうぞ」と招き入れてくれる。
水雲さんの顔付きが神妙そうに見えたが、智紘やみっちゃんがウキウキで先陣切って別荘の中へ入ってくのを見ると、僕の見間違えかもしれない。
みっちゃん達に釣られて、ぞろぞろと入っていく松之下さんらと一緒に、僕も別荘に足を踏み入れる。
二歩、三歩と邸内に吸い込まれると、高揚感が抑えられずに舐めるように辺りを見渡してしまう。
入ってすぐのエントランスからインパクトがあった。
レトロチックなブラウンベースの内装と、エントランスから広々としたスペースはまるで、昔の華族が住まう屋敷のよう。
ひとつひとつ丁寧な内装なのだろうが、それよりも僕らの目を奪ったのは……エントランス正面にある室内の庭だ。
一面ガラス張りになっていて、立っている位置からでは全貌は定かじゃないが、庭は右奥の廊下まで続いているように思える。
太陽光が庭から溢れており、この明るさは室内の明かりなのか陽射しのものなのかが判断できないほど。
内装の煌びやかさと自然が調和していて、その美しさに感動して言葉を失ってしまう。
目の前の光景に、どんな言葉で感想を飾ろうとしても全て陳腐に聞こえてきそうで仕方ない。
正面の室内庭園に視線が釘付け真っ最中の僕らに、最後方から水雲さんが喋り掛ける。
「ごめんなさい。こんなにみすぼらしいお家で……」
水雲さんが恥ずかし気に言った瞬間、脳と直結してるかのように僕の口が動く。
「みすぼらしい……?」
つい僕が口から零れ出た言葉は偶然と言うか必然と言うか、ここにいる全員が同じ気持ちだったようで、十人近くもの人間の言葉が気持ち悪いくらい見事にシンクロした。
さながら合唱をするかのように。
言葉を零した殆どの人が固まる中、雅近が否定に入る。
「何言ってんすか副会長。どこをどう見たって、みすぼらしさなんてないでしょ」
建前とかではなく本音で話す雅近に賛同したのは、いつも雅近に食って掛かる鵜久森ちゃんだった。
「そうですよ。無人島にこんなご立派な別荘があるんですから、みすぼらしいなんて思いません。羨ましいくらいですよ」
これも純粋100%の感想。
後輩二人が水雲さんにフォローを入れた。
今更だけど……さっきのやり取りが今日、二人の声をちゃんと聴いた瞬間かもしれない。
というのは一旦置いといて……フォローを受けても依然として表情が晴れない水雲さんは「でも……」と零しながらあちこちに視線をやる。
僕はその視線を送られた先に目を向けた。
絢爛豪華な内装に気を取られるのは当然なのだが、それでもじぃーっと目を凝らす。
……水雲さんの言いたい事が少し分かった。
別荘であるが故に、放置されていた影響か各所に埃っぽさと、目の前のバルコニーのガラスに汚れが見て取れる……。
恐らく水雲さんはそういう細かい所を気にして、浮かない様子だったんだろうが、目的のひとつが"それ"であるというのを忘れているのかも知れない。
水雲さんの変わらない様子を見かねた海江田先輩が、対称的にキメ顔をして言う。
「水雲、私達がここに来た理由は覚えているか?」
水雲さんの反応を待つ事なく、海江田先輩が話を続ける。
「スケジュール的に無理言って、無人島を貸してもらう代わりに、別荘の掃除をするって話だろ?綺麗にしに来た私達に気なんて使うなよ。これから汚れを一掃するんだからよ」
海江田先輩の得意気な顔は無自覚だからこそ、頼もしさが滲み出ている。
格好いい事を言おうとせずして、格好いい人というのはカリスマ性の塊だからこそだろう。
僕には持っていない物。
悲観でも卑下でもなく単なる事実。
海江田先輩のセリフは、水雲さんを筋違いとも言える自責の念から解放するには十分過ぎた。
水雲さんの表情がぱぁっと明るくなる。
「そう……ですね!はい!!どれくらい皆さんのお手を煩わせるかは分かりませんが、よろしくお願いします」
こうして、別荘だけでなく無人島の主要となる場所を含めた大規模な清掃……文字通り、大掃除が始まった。
それでは早速大掃除を開始……とはならず、まずはメンバーを別荘本邸を清掃するグループと、島の浜辺のゴミ回収及び整備するグループの二手に分ける事となった。
本邸の方には所有者代表とも言える水雲さん、そして僕はその所有者代表から直々にご指名を頂き、本邸の清掃メンバーになった。
他の本邸メンバーは鵜久森ちゃんにみっちゃん、映研の紅一点である梅城さんの三人。
本邸メンバーが決まった時、智紘からやいのやいの言われたが、理由は分からないでもない。
こんなの両手に花じゃ収まらない、例えるなら四方に花だ。
僕へと向けられた智紘によるやっかみは当然、長引くものと思ったいたのだが、海江田先輩の仲裁により意外にもあっさりと幕を引いた。
となると、島内整備グループは自ずと決まってしまう。
現生徒会メンバーは残る一人である雅近に、不満をチクチク言ってきた智紘、ひとつ先輩で元生徒会メンバーの空閑先輩。
あとは映研メンバーの松之下さんと竹並さん。
そして忘れてはならない元生徒会メンバーでもあり、映研準メンバーの海江田先輩。
この六人と、監督兼案内役に水雲さんの御付きの女性、千中さんが島内整備グループをサポートするという形になった。
あちらのメンバーを見ると元バスケ部主将に、頭もキレてアグレッシブな元生徒会長……それを補佐してた元副会長と、外で動くには打ってつけな感じがする。
メンバーが決まり、外のメンバー達とは玄関で別れを告げて……水雲さんが第一声を発する。
「……さてと。では、私達もお掃除に取り掛かるとしましょうか」
取り掛かる……と言っても人数は僕を含めても五人。
この家の広さが分からないのもあるが、どうやって掃除を進めて行くんだろう?
などと気になっていると、水雲さんが僕に視線を向けて再度口を開く。
「まずは姫島くんにお願いがあるんです」
「えっ、僕?」
つい、間髪を容れず聞き返してしまったが、水雲さんと目を合わせて話を聞く態勢へ。
「はい。少人数でお掃除するには流石に広いので、出来る限り効率的にお掃除をするにはどうしたら良いか、一緒に考えて欲しくて。そういう業務の最適化って姫島くんの得意分野でしょ?」
なるほど……納得した。
水雲さんからご指名を貰って、内心ちょっと嬉しかったのも束の間、自分以外が女性ばかりで居心地の悪さを感じつつあったけど……ちゃんと理由のある人選だったんだ。
水雲さんから僕が指名された理由と目的を説明されて、居心地の悪さは払拭できた。
最初に感じた嬉しさがここに来て浮上してきた影響で、どうしても口元が緩んでしまう。
「任せてよ。ご期待に沿えるように頑張るから」
日々、生徒会で体よりも頭を動かしている身としては、外での活動をするよりも役に立てる。
屋内……もっと言えば室内が僕の主戦場だ。
僕が意気込みを伝えると、水雲さんはその場から歩を進め始める。
「では、間取り図があるので取ってきますね」
そう言って水雲さんはスタスタと玄関の端にある一室に入った。
扉は閉められそうになったが半開きのまま。
しかし時間も掛からずに、ものの十秒ほどで部屋から出てきた。
手には筒状に丸められた紙を持っている。
たぶんあれが間取り図なんだろう。
水雲さんはそのまま玄関出入り口近くに置かれていた四角いテーブルに筒状の紙を置くと、一人で僕達の方へテーブルを運ぼうとした。
僕はすかさず「持つよ」と駆け寄り、他の三人の近くへと動かそうとする。
見た目以上に重たかったが、何とか二人でえっさほいさと運ぶと、水雲さんは丸められていた丸められていた紙をテーブルに広げた。
僕を含めた一同は食い入るように広げられた図を見る。
「間取りはこうなっていまして──」
うーん……これはこの人数だと骨が折れそうだ。




