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4月 鍵の謎と水平思考ゲーム

至極当然の様に、生徒会室で僕と海江田(かいえだ)先輩は雑談をしているのだが、ふと思い起こす。

そういや、どういう経緯(けいい)でこういう状況になったんだっけ?


入学式が終わった学校のとある一室で、現生徒会長と元生徒会長が会う約束も無しに鉢合わせするというのは、普通あり得ないんだけど。


いや、それ以前に…!


僕は肝心な事を忘れていた。


「海江田先輩!」


「どうした、改まって」


「先輩が何でここに居るんですか!?」


「ん?デジャヴか?ついさっき、同じセリフを言ってるお前が居たぞ?」


「違いますよ!」


「お前と違うのか」


「それは違わないですけど!」


「何だ、ハッキリ言えよ姫島。言ってる事が抽象的で、話が見えて来ねーじゃねーか」


「だから、先輩は何で生徒会室に居るんですか!?この部屋は鍵が掛かってたんですよ!?」


「聞くような事か?」


「え?」


「鍵を開けて入ったに決まってるじゃないか」


「でも職員室には鍵がなくて…」


「私が持ってる。ほらよ」


そう言って海江田先輩は鍵を僕に投げた。

鍵は放物線を描いて、僕の掌に収まる。


「いつ職員室から取ったんですか!?先生は僕が職員室に来るまで、誰も鍵を取りに来なかったって!」


「そりゃなぁ。教師が来る前に取ったんだから」


先生が来る前に?


「入学式をやってる最中に取ったんだよ。体育館を抜け出してな」


…簡単な事だった。

もっと複雑な何かがあると思っていたけれど、単純明快。


真に迫る程の事でもない、一人相撲みたいなもの。

その時の僕は、間抜けな顔をしていたのだろう。


「はっはっはっ。生徒会長ともあろうものが、とんだバカ面だな」


事実、笑われながら言われてしまった。


「姫島はひょっとして…生徒会室の鍵を誰が持ってるのか?とか、どうやって部屋に入ったのか?とか、そんな事考えて探偵気取りだったのか?」


「違いますけど…」


100%否定は出来ない自分がいる。

ちょっと、ほんのちょっと心が踊ったのは確かだ。


「そうだな。これじゃあ探偵というよりも、かませ犬だな。ははっ」


「探偵気取りのかませ犬で悪かったですね」


()ねるなよな、生徒会長。ちょっとイジったら拗ねるとか、まるで親戚のガキみたいだな。こいつは困ったもんだ………おっ、そうだ!」


「どうしました?また、くだらない事でも思い付いたんですか?」


「くだらないかどうかは聞いてから判断してくれないか」


「はぁ」


「姫島、今からちょっとした推理ゲームをやろうじゃないか」


「推理ゲーム、ですか?」


僕の問いに、海江田先輩はニヤリと笑みを浮かべて、こう言った。


「あぁ、水平思考(すいへいしこう)ゲームってやつだ」




「すいへいしこうげーむぅ?説明しようっ!水平思考ゲームとは…」


「何遊んでるんですか、先輩」


「ゲームは遊ぶもんだろ?」


「今のは明らかに説明だったじゃないですか」


「分かってねぇなぁ、姫島は。こういうのは入りが大事なんだよ。御通夜ムードで説明されて、面白そうと思うか?ルールの説明は、既にゲームが始まってるものと思え」


「はいはい、分かりました。続きをどうぞ」


「水平思考ゲームとは、問題の出題者1人と回答者に分かれてやるゲームだ。出題者は問題を出し、その他である回答者はYESかNOで答えられる質問を出題者にして、答えを推理していくという、何人であっても楽しめるゲームだぞ」


「えらく普通に説明しましたね」


「お前が水を差さなきゃ、もうちょい色々やってたさ。お前が水を差さなきゃ」


「そりゃあ、どうも」


「ざっくりとした説明はこんなもんだが、何か聞きたい事や質問はあるか?」


「そうですねぇ…問題に対して質問をするという事は、質問をしないと答えられない問題だという事ですか?」


「まぁそうだな。問題文を聞いても謎が多すぎて、質問しなきゃ正解には辿り着かないだろうな。何せ、問題文自体が叙述(じょじゅつ)トリックみたいなもんだから、そう簡単には答えられない。答えを知ってたら別だが」


「答えを知ってたら?」


「あぁ。水平思考ゲームは出回ってる数が少ないんだ。だから問題を聞いてみたら過去にやったことがあったなんてことが、ざらにあるのさ。良い問題なら尚更ね」


「だとしたら、今から出す問題も、僕が聞いたことある可能性はあるんじゃないですか?水平思考ゲームという言葉は初耳ですが、不意に問題だけ聞いたりしてるかも知れないですし」


「その点は心配ないさ。何故なら、今から出す問題は私が考えたからな」


答えはありふれていたとしても、文だけで解答させる気はないよ、と凄いドヤ顔で言う海江田先輩。


悪い事を考えていそうな顔にも取れる。

前から思ってはいたけど芸達者(げいたっしゃ)だな、この人。


「ルールに関しての質問は他にあるか?無いなら問題を出すぞ?」


「たぶん大丈夫です、問題をどうぞ」


「よし、では問題だ。


男は地元でも有名な幽霊屋敷に金目の物があるのでは?と忍び込んだ。

ところが金目の物は無く、挙げ句の果てには屋敷の中に閉じ込められてしまった。

扉は1ヶ所のみ、窓は天井に1つあるが男の身長では到底届かない。

そして屋敷中に聞こえる幽霊の声。

男は脱出する方法を明日考える事にして床に着いた。

しかし翌朝、男は誰の手も借りず、何もせずに屋敷を脱出した。

男はどうして脱出する事が出来たのか?」


「えーっと…、難しすぎません?」


「そうか?でも、鍵の件がちっぽけに思えてくる位、考え(ごた)えのある問題だと思わないか?」


「ポジティブおばけだ…」


「おっ、今回の問題と掛けたのか?」


「そういうつもりじゃ…」


水平思考ゲームって、こんなに難しいの?それともこれは、僕が初めてだからそう感じるだけ?

どちらにしても、質問無しじゃ答えられそうにないな。


「じゃあ質問します。男が閉じ込められたのは幽霊の仕業ですか?」


「NO、幽霊の仕業ではない」


「男は誰かに(いじ)められてましたか?」


「それは関係ないかな。苛められてたかは答えに結び付かない質問だ」


「質問の返答に関係ないとかあるんですか?」


「あー、言うの忘れてたな。話の根幹(こんかん)に関わりがなかったり、質問に対して不明な部分は関係ないと答える」


「確かに、判らないのに適当に答えられても、答える側は混乱するだけですしね」


「そういうこった。で、何か解ったか?」


「全然ですね。むしろ、この時点で解る人が居るんですか?」


「私は答えを知ってるからな、当てられるんじゃないかとヒヤヒヤしてるぞ~」


「作者ですからね…」


僕自身が感じている事だけど、海江田先輩とは明らかな温度差がある。


それが僕から出てしまった。


「何だ姫島、つまんないのか?楽しんでる雰囲気じゃないぞ」


どうやら海江田先輩も、この温度差を感じ取ったようだ。


「いやぁ、つまんなくはないんですけど、こんなに難しいとは思ってなかったんで」


「まだ2回しか質問してないだろ」


そうなんだけどさ、やっぱり難易度って重要じゃない?


物事には何にでも順序がある。

手軽な物から徐々に難しくする様に、きちんとしたステップアップがあるからこそ、高いハードルを越えられるというもの。

最初からハードルが高ければ、鉄棒みたくぶら下がるので精一杯だろう。


越えるなんて(もっ)ての(ほか)だ。



海江田先輩は腕組みをしながら、(ちゅう)を見ている。


どうやら、僕にやる気が出る方法を考えているらしい。

しかし、アイディアが浮かび上がるまで、さほど時間は掛からなかった。


海江田先輩は僕に向き直る。


「よーし、分かった。だったらこうしよう。この問題に姫島が答えられたら、私からご褒美をあげようじゃないか!」


「ご褒美ですか」


海江田先輩が言うと、ろくでもない物を渡して来そうで、素直に喜べない。


「けど、答えられなかったら姫島にとって嫌な噂を、学校中に行き渡る様に言い()らす!」


「メリットとデメリットが不釣り合いだっ!」


ご褒美以前に、正解しなかった時の方がろくでもなかった。


「こっちだって、身を削ってご褒美を出すんだぞ。それに、ちょっとハンデを背負ったくらいが、集中しやすいと思うんだけどな」


「ちょっとじゃないですよ!嫌な噂を言い触らすって、そんな事になったら僕はこの1年間、言い触らされた噂と付き合って行かなきゃいけないんですよ!?新学期入って早々、僕の生徒会長としての面目(めんぼく)丸潰れじゃないですか!」


「どうしてハナから答えられない(てい)でいるんだ?あまりにも悲観的過ぎやしないか?」


「あなたが楽観的過ぎるんですよ…」


この状況で、迷わず二つ返事をする奴がいるなら僕は見てみたい。


「まぁまぁ。良いじゃねーか、どんな不利があったって。当てれば良いんだよ、当てれば」


「ギャンブラーで失敗する人がよく言いますよね、そういうこと」


ただのイメージで言った。

それ以上でもそれ以下でもない。


「だとすれば、私からのご褒美が決まったようなもんじゃねーか。これで断る理由は無くなったな!」


嬉しそうな顔で言ってくる。


身を削るとか言ってたけど、ご褒美くれる気満々じゃん。

それが逆に怖い所だ。


「さーてと。そんじゃあ仕切り直しと行こうか、生徒会長。私とお前のプライドを賭けた推理戦、与えられるのはご褒美か、それとも噂の流布(るふ)か…水平思考ゲーム第2幕、ここに開演だ!」


海江田先輩は手をパーに開いて突き出し、大見得(おおみえ)を切った。


流れから察するに、僕に決定権と逃げ道は用意されていないのだと、痛感し理解した。


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