7月 7月27日④ 他己紹介
「えいけん?」
松之下さんがドヤ顔で言い放った所、非常に申し訳ないが僕は聞き返してしまう。
勉強に重きを置いてるせいか、この場に於ける単語を正しく理解する事が出来ず、恥ずかしながら英検と聞き間違えた。
これぞまさしく、同音異義語による罠。
「そう……俺達、もとい俺と脩太郎と天理の三人は映画研究サークルなんだ」
天理というのは……あぁそうか、梅城さんか。
「代表が俺で、副代表が天理になる。つってもあとは脩太郎と、頼斗クンが知ってる海江田チャンが不定期で顔を出すくらいだけどね。聞いて分かる通り、サークルとしては底辺レベルの小規模サークルさ☆」
松之下さんは特に悲嘆もなく、何なら満面の笑みで話す。
「サークル内の役割としては天理がカメラ、脩太郎が脚本、そして俺が演出兼監督だ。その他の細かい雑務は協力して三人で分担してる。正規メンバーじゃない海江田チャンにも雑務は手伝ってもらったりしてるな」
「えっ?海江田先輩って、映研のメンバーじゃないんですか?」
不定期で来るとは言っていたが、話の流れからてっきり海江田先輩は映研に入ってるものだと思ったのだが。
「残念ながら違うんだなぁコレが。活動自体が週二もしくは週一なんだけど、海江田チャンは週二で来る事もあれば平気で二週間来なかったりする。位置付けで言うなら準メンバーってところかな?☆」
「意外と緩いんですね」
サークルって、そういうものなのかな?
あまり興味がないから、指定校推薦をした学校のサークルとかも詳しく調べなかったけれど。
僕の些細な疑問は、すぐさま松之下さんが打ち消してくれる。
「まぁ、部活じゃなくサークルだから。活動が多いって所でも週三だな☆」
「へぇ~、そうなんですね」
松之下さん、竹並さんと僕の三人は別荘へと続く砂利道をサクサクと音を鳴らしながら歩き、映研での関係性を話してくれた。
気軽にできるのがサークルなんだと知った僕は遅れ馳せながらも情報をインプット……すると、松之下さんは私生活の事も包み隠さず話してくれる。
「つっても、俺らは映画を見るのも作るのも好きだからな。バイトもサークルに活かせそうな所で働いてるんだよ。俺は撮影のアシスタントを色々と」
続いて、松之下さんからアイキャッチを受けた竹並さんも明かす。
「自分は本屋で働いてるっす。好きなジャンルもっすけど、触れてこなかったようなタイプの作品にも触れられるっすから」
「んで、天理は映画バーで働いてる。緩~くサークルやってる割りには、案外サークルが中心なんだよな。それは俺にも言える事なんだけど☆」
類は友を呼ぶっつーのかな?と言った直後、松之下さんは初めて会話した時と同じく高笑いをした。
目を見て、話を聞いて、喋る姿を見ていて解る。
この人達は心底、自分の好きな事に全力を注いでいるんだろうなと。
特に松之下さんは他の二人よりも輝いて見える。
今の僕にはこれといって打ち込める何かはないけども、いつかはこういう風になってみたい。
松之下さんの高笑いに羨望の眼差しを向けていると、僕らの進む先から砂利道を踏み鳴らし、映研のラストピースである梅城さんが颯爽と現れた。
「なーにバカみたいな笑い方しちゃってんの?今日介は。玲香ちゃんのお友達と仲良くなってるのは素晴らしい事だけど」
梅城さんはちょっと小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、松之下さんとの距離を詰める。
話し掛けられた松之下さんはというと、さっきまでと打って変わって眉間に皺が寄っていた。
その表情は一目瞭然な程に。
「しょぼくれてるよりは断然マシだろうが。ってか、前に居たのに何でこっちに来たんだよ」
松之下さんの反論込みの問いに、梅城さんが答える。
「特に理由はないよ。あんな風に笑ってたから、何の話をしてるのかな~って思ったから来ただけ」
どうやら梅城さんは、ちょっとした好奇心でこちらに来たらしい。
「別に大した話じゃない。俺と脩太郎、あとお前について少し話してただけだ」
松之下さんの返答に梅城さんの目が少しだけ大きくなり、声にも喜びが乗っかった。
「えっ、なになに?私の話をしてたの?」
「メインじゃねーよ、ちょっとだけだわ。頼斗クンに映研メンバーがどんな感じか教えてたんだよ」
やんわり否定した松之下さんだったが……梅城さんは別の部分が気になったようで……。
「へぇ……君、よりとくんっていうんだ」
僕の名前という新しい情報が入った事で、先程までの気持ちいい会話のテンポは途端に消える。
言われてみればそうだ。
僕はギリギリ梅城さんの名前を覚えていたが、自分が名乗った覚えはない。
「なんだよ天理。まだ名前聞いてなかったのか。船で海江田チャンの容体をみんなに報告しに行ったんだろ?」
「あの時は言葉の通り、報告だけしかしてなかったんだよ。後でゆっくり自己紹介すればいいやって思ってたし。で、どこまで話したの?」
「どこまでって、映研でカメラマンやってて、映画バーで働いてるって事くらいだよ」
松之下さんがそう説明すると、梅城さんは大袈裟ではなく手の平を額にベチッと当てて、悔しげな顔をする。
「あちゃー……それを言われちゃったかぁ。まぁ、まだ自己紹介の取り分を残してくれてたから許せるけど、乙女の情報は自分の口から話させてよ。本来なら、私がいる場でよりとくんと自己紹介をし合うってがお約束なのにさ。これじゃあ他己紹介になっちゃったじゃん」
落ち込み気味に話す梅城さんに対し、松之下さんは僕と同じく少し考えるような仕草をした。
「タコ紹介?何言ってんだ、天理は。お前って海鮮系の食い物に名前を付ける気の毒なやつだったのか?あと、自己紹介の取り分ってなんだよ」
僕も同じ所で引っ掛かったが、松之下さんはそれをしっかり言葉にして梅城さんへ返した。
海鮮うんぬんまでは頭が回らなかったけれど。
「……今日介はもうちょっと言葉を勉強しようね。周りにバカがバレるよ?」
梅城さんの言葉は松之下さんだけでなく、理解できなかった僕もまとめてやんわり傷付けた。
「よく分かんねぇ事、言うんじゃねーよ。天理のバーカバーカ!」
「子供か」
このやり取りを僕と同様に静観している竹並さんは、特別慌てる様子もない。
むしろ、笑みを浮かべているのを見ると常日頃から映研でもこういう会話があるのかもしれない。
「第一、天理がタイミング逃したのが悪いんだろ?お前が先に頼斗クンに自己紹介してたら済んだ話じゃねーか」
「うーわ……正論振りかざしちゃって、大人気ない。そういうとこだよ?今日介に彼女が出来ないのは」
「今それ関係ねーだろーが!そういうとこって言っときゃ何でも片付くと思うなよ!?あと、自己紹介の取り分ってなんだよっ!?」
相当気になってたのかな……自己紹介の取り分って言葉……。
言った張本人の梅城さんはというと、怒り気味の松之下さんを見ながら大笑いしている。
勢いそのままに「笑ってんじゃねぇ!」と松之下さんがストップを掛けると、笑いは段々と内に秘めるものに変わった。
一頻り笑った梅城さんは、話題の主導権を握る。
「はー、笑った笑った。さてさて……この際だし、よりとくんにも自己紹介をしてもらおうかな。私はもう今日介にされちゃったしね」
前髪を手櫛でささっと整えると、優しい笑みを僕に向けてくれる梅城さん。
そんな様子を見て、松之下さんはボソッと「あっ……ホントに答えてくれないんだ……」とつぶやいていた。
近くにいたのもあって耳で拾えた時は、梅城さんへ向けた寂しそうな表情がとても印象的で……滲み出ていた人間臭さに惹き付けられる物があった。
畏まらず、言葉を選ばず簡潔に言うと好感が持てるくらいに面白かった。
ただただ明るいだけの人じゃないんだと。
母さんには悪いけど、同じ明るさを持つ人の中ならまだ、この人の方が仲良くなれる気がする。
僕は松之下さんを横目に、梅城さんに返事をする。
「そうですね、分かりました。といっても……大した自己紹介は出来ませんけど」
こうして僕は、かなり遅めの自己紹介を梅城さんにする事になった。
生徒会長をしている事や、どうしてこの無人島に来ることになったか等を話し、目的地である別荘までの距離はあと僅か。
けれども結局、松之下さんが気になってたであろう自己紹介の取り分という言葉は、梅城さんから言及されはせず、この会話中に松之下さんのしょんぼり顔は晴れなかった。




