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7月 7月27日③ 到着、そして自己紹介

梅城(うめしろ)さんからの報告を受け取った後、僕と空閑(くが)先輩は変わらずその場で雑談(内容は僕が誘った友達の話)をする事、約数分。


右舷に居た僕達にも、無人島が徐々に見えてくる。


梅城さんが言うには十分そこらで着くと話していた割に、案外早く到着するんだなと思っていたのだが……まじまじと見ていても一向に到着する気配がない。

無人島は既に視界に入っているというのに。


僕と空閑先輩の視線はその無人島から離れる事はなく、時間が経つに連れ、お互いの口数は減っていく。

クルーザーに揺られながら更に数分が経ち、無人島が目の前へと迫った時、僕は改めて思い知る。

生きてる世界、環境の違いというものを。


大きな桟橋が見え、あそこに停船するのが分かると同時に……理解(わか)る。

僕達が数日過ごす無人島の規模と、どれほど人の手が入っているのかが。


次第に海の上を走るスピードも落ちて行き、綺麗に整えられた桟橋へと近付く……と思いきや、クルーザーは緩やかでありながらも大きく旋回した。


視界から無人島は一度消え去り、目の前にやってきたのは先程まで渡ってきた航路……無人島はほんの十数秒で僕達の背後へと移った。

船首から聞こえていた賑やかな声はクルーザーが停まった今、左舷へ位置を替えていた。


船旅に終わりを告げて、僕も空閑先輩と一緒に左舷に向かう。


クルーザーから掛けられた梯子(はしご)で桟橋へ渡ると、僕が誘った一人である幼なじみのみっちゃんが出迎えてくれる形となり、桟橋に降りるや否やみっちゃんに話しかけられる。


「よっちゃん、船酔いとか大丈夫だった?いつの間にかどっか行っちゃってたから心配してたんだよ?」


僕は何をしてるんだろう……誘った友達にまで不安な顔をさせてしまうなんて。


反省の色はなるべく顔に出さないようにしよう……ここはもう楽しむ場だ。

みっちゃんからの心配そうな目から逃げる事もなく、しっかりとみっちゃんの目を見て僕は返答する。


「全然平気だよ。ちょっと考え事をしてただけ。でも、こんな所に来てまで考え事なんて勿体無いよね。僕も楽しまなきゃ」


みっちゃんに偽りのない本心で答えると、すぐさま話に割り込んで来たやつが一人。


「そりゃそうだ。誘われた俺らが騒いではしゃいで笑ってるのに、誘った本人に暗い顔されちゃ俺らの居心地が悪いっての」


そう言って僕らの元にやって来たのは、僕が誘った一人の人物……元バスケ部主将の同級生、智紘(ともひろ)だ。


「まぁ……そうだね」


反論が出来なかった僕は口を(つぐ)む。


僕の様子を見て智紘は快活に笑い、みっちゃんは智紘に釣られて微笑んでくれた。


桟橋の上、三人で和やかなムードが生まれつつある時……僕の斜め後方から咳払いがひとつ飛んでくる。

あっ……と思いながら僕は瞬時に振り向いた。

咳払いが飛んできた時点で時すでに遅し。


クルーザーから掛けられている梯子の両端の支柱部分に、両肘を突いて僕達を眺めている空閑先輩の姿がそこにはあった。


「和気藹々(わきあいあい)とするのは別に良いんだけどな……。ただ、やるなら俺が降りた後にして欲しいかな……」


「ははは……、すみませんでしたぁ……」


空閑先輩は怒ってる感じではなかったが、気まずくなった僕は謝りながら苦笑いを浮かべて、智紘とみっちゃんの二人と一緒にそそくさと桟橋を歩き始めた。


一歩二歩……と木製の橋を踏み締めながら、僕はまじまじと足元を見る。


三人で横並びに歩いてもまだ余裕がある程に大きく、綺麗に整えられた桟橋。

無人島だからと雑な部分も甘さも一切見受けられない、しっかりとした施工。

老朽化している感じなんか微塵もない。


僕自身、無人島=海難事故などで漂流してしまった島、というイメージがどうしても拭えなかったのだけれど……島の玄関から僕の想像とは全く違う。


果たして、ここは本当に無人島なんだろうか?


到着から僕が疑問を持ち始める事、およそ数分……これがまだ序の口だった事を知る。


桟橋を歩き進めた先の階段を上がると、一緒にクルーザーに乗っていた海江田先輩達に生徒会メンバー、その他にも梅城さんとその同級生二人も揃って立ち尽くしていた。

足元も一面コンクリートで固められて、随分と人の手が入ってるいるのがこの時点で分かったのだが、問題はみんなの視線の先だった。


バリアフリーのようなコンクリートのなだらかな坂の上に建つ、モノトーン調の屋敷があまりにも綺麗で目を奪われていた。

みんな、テンションが上がるよりも驚きが勝っている……船酔いにやられていた一名を除いては。


「これが本物の別荘かよっ!!すげぇな水雲(みずも)っ!!」


カンカン照りの太陽と澄んだ青空に負けないくらい元気な声が、前方から響き渡る。

陸から上がった前生徒会長はどうやら、無事に復活を遂げたようだ。


そんな元気な声を受け取った水雲さんはと言うと、僕らや海江田(かいえだ)先輩とも違う、困惑気味な表情で手を小さく横に振る。


「とんでもないです!そこまで立派なものじゃ……」


今度は海江田先輩と水雲さん……あと水雲さんのお付きの人以外のみんなが困惑する。

当然、僕も含まれているのは言わずもがなだ。


世界の違いを見せ付けられた僕達の表情も思考も固まる中、水雲さんはあまり気にせず、みんなよりも二歩三歩と前に出る。


すると水雲さんはお付きの人の横で、斜め前方……緩やかな坂の上にある別荘の方へと手を伸ばし「では、こちらへ」と先導してくれる。

まばらにもアヒルの行進みたく、僕達は水雲さんの後ろをぞろぞろと着いて行く。


歩きながら僕は再び、今いる無人島を視界で捉えられる範囲内で観察した。

桟橋から変わって今や足元に広がっているコンクリートは、別荘の方まで……続いてはいない。


目を凝らして見ると、別荘への道は草木で(ふち)取られてはいるが砂利(じゃり)で舗装されているようだ。

このコンクリートは左右……浜辺に沿うように続いていて、右手の先には桟橋とは別にコンクリートの波止場があった。

波止場の片側にはびっしりとテトラポッドが積まれてあり、人の手の介入度合いを物語っている。


歩きながらでもここまで見て取れるのだが、到着してから三十分どころか十分そこらで、全てを解った気にはなれない。

何せこんなのはまだ、この無人島のほんの一部でしかないのだと思うから。


もう既に今起きている事が規格外だし。


こうして僕が余所見(よそみ)をしていると当然と言うべきか、目の前の誰かの靴を──正確には靴の(くるぶし)部分を踏んでしまった。


「あっ、ごめんなさい!」


僕は脊髄(せきずい)反射で謝る。

完全なる不注意、周りばっかり気になって前を見ていなかった。

非は僕にある……そう思い謝罪したのだが、どうやら相手はそう捉えていなかった。


「いやはや、自分が悪いんすよ~。ボケーッと突っ立ってたのはこっちなんすから~」


振り返った彼は怒りを向けるどころか、自責を感じているようだった。


「じゃあ、お互い様ですかね……?僕もあちこち見ながら歩いてたんで」


僕は無理に悪いのがどちらかを決める事はせず、落とし所を見つけるようにした。


「あ~、そうだったんすね~。それならこうなったのは仕方ないっすね~」


ややぽっちゃり体型の彼が放つ、柔和(にゅうわ)でのっぺりとした締まりのない声が、僕の心に罪悪感を一片も残さない。

名前は知らない……でも、この人は梅城さんと同じく、海江田先輩の友人だ。


僕はここだと言わんばかりに口を開こうとした──が……ほんの一瞬、彼に先を越される。


「そういや名前、まだ言ってなかったっすね~。自分、竹並(たけなみ) 脩太郎(しゅうたろう)っす~。もう知ってるかもっすけど、海江田さんに誘われて……というか、他の二人にくっついて来た感じなんすけどね~」


穏やかな笑顔で話す竹並さんに、僕は相槌を打つ。


「そうなんですね。僕も自己紹介がまだでした。姫島(ひめじま) 頼斗(よりと)です。海江田先輩の一年後輩になります」


流れるように自己紹介もして、竹並さんと向かい合った形から足を一歩踏み出そうとした時、僕達の進むべき方向……つまり、目指さんとする別荘の方から男性が一人、こちらへとやって来る。


「脩太郎、なーにやってんだー?そんな所でよー」


「きょうちゃん」


呼ばれてすぐに竹並さんが反応した。


竹並さんに声を掛けて、はてな顔でゆっくりと寄ってくる彼……海江田先輩が誘ったという、僕がまだ挨拶をちゃんとしていない最後の一人だ。


茶髪で垢抜けた、如何(いか)にも僕が立つ陰サイドではなく日向(ひなた)サイドに立っていそうな見た目をしていて、身長は空閑先輩と変わらないくらいの長身。

だが、体格面ではやや細身っぽい。


そんな彼が急ぐ様子もなく、竹並さんと普通に話せる程の距離になる。


「実はっすね──」


かくかくしかじか……と、竹並さんが状況を理解してない彼に説明をする。


「はっはっ、そうだったのか!脩太郎は絡まれやすいからなぁ、変に心配して損したぜ☆」


そう言うと彼は、お手本のような高笑いを挙げる。

見た目だけじゃなく、中身も凄く明るい人だ。

喋り方や高笑いの姿がどうも身内に似ている節があるからか、それが(かぶ)ってしまい、彼には悪いが第一印象だけで苦手意識がある。


……想像の中だってのに、母さんとのシンクロ具合が嫌になるな。


彼の高笑いは徐々に収まり、僕の視線を釘付けにしているからこそ必然的に彼とは見合う形へ。

ちらちらと母さんが脳裏を(よぎ)るせいで集中できず、上手く言葉がまとまらないでいると、彼の方から声を掛けてくれた。


「あ~っと、気分は悪くしないでほしい。別にキミが脩太郎をからかってたと言いたい訳じゃないんだ。ただ、さっきも言った通り、こいつは絡まれやすくてね☆」


僕の表情が強張(こわば)ったりでもしてたのだろうか?

気を遣いながらも陽気な笑顔を僕に向けると、そのままあれよあれよと言葉が流れ出てくる。


「大人しくて優しいやつではあるんだよ。でも、それを解らず引っ込み思案だとバカにするやつも居たりしてね……。なよなよした部分が無いとは言わないが、それも個性だと思って、脩太郎と付き合ってくれたら嬉しいよ。えーっと……んっ?……あれ?……え~っと、何でだ?」


流暢(りゅうちょう)に喋る中、急に言葉に詰まり出す彼。

どうしたのだろう?と思ったのも束の間、すぐに理由が判明する。


「ん~、キミの名前が思い出せないなぁ……」


真剣な顔で深く考え込んでいるが、そりゃそうだ……だって、僕達はまだ──。


「……もしかしてだけどさ、俺達ってまだ自己紹介してない?」


「……はい」


この瞬間は何とも気まずい空気ではあったけれど、僕は小さく(うなず)く。

しかし、彼はそんな空気に飲み込まれる事はなかった。

どころか払拭(ふっしょく)さえやってのける。


「あっはっはっ!なーんだ、そうだったのか!道理でキミの名前を思い出せなかったんだな!」


快活な笑い、たったひとつで。

その姿はこの炎天下を作る陽射しと同じように明るい。

そんな彼は笑みを浮かべながら再び口を開く。


「取り敢えず、自己紹介をしとかないとな。俺は松之下(まつのした) 今日介(きょうすけ)。後輩の海江田チャンに誘われて参加させてもらってる。無人島に遊びに行くなんて誘い、そうそう貰えるもんじゃないしな~。こりゃあ、海江田チャンとその友達には感謝しかないぜ☆」


根が明るくて、後輩に対して偉ぶる雰囲気もない。

そしてまたしても、相手から先に自己紹介をさせてしまった。

年功序列で言えば僕からするべきなのに。


竹並さんの時と同様、後手に回ってしまった僕は松之下さんの自己紹介を終えたのを確認して、その流れに続いた。


「松之下さん、ですね。自己紹介が遅れました。僕は姫島頼斗です。海江田先輩のひとつ下の後輩になります」


「ふんふん……頼斗クンだな!よーし完全に覚えた。俺はね、人の名前を覚えるのは得意なんだよ。だからこそ頼斗クンの名前が出てこなかった時は内心かなり焦ってたんだよ。自己紹介してないんだから当然だってのにな☆」


性格や喋り方のせいか、動揺してる様には思えなかったけど……本人が言うならそうなんだろう。

流暢な喋りを取り戻した松之下さんは話が一区切りつくと、隣にいる竹並さんに話を振る。


「そういや脩太郎、お前は自己紹介したのか?」


「したっすよ。きょうちゃんが来るほんの少し前にっすね~」


「なんだ。タイミング的に脩太郎と大差なかったのか」


この人はアクセルしか無いのかと軽く疑っていたが、どうやらブレーキもしっかり搭載されてるらしく、松之下さんは僅かばかりに安堵の表情を見せる。


すると、聞き手に回っていた竹並さんが補足を入れる。


「そうなんすよ~。だからまだ名前くらいしか話せてないんす」


「なるほどねぇ……」


腕を組みながら状況把握……そして現状を飲み込んだ松之下さんの表情は、安堵からコロッと変わる。


「んじゃあ、立ち話はここら辺にしてさ、歩きながらざっくりと俺らの事をもうちょい詳しく話そうじゃないの☆」


……本当に母さんと似ていて分かりやすい。

これは僕の幻聴かもしれないが、松之下さんからアクセルを踏む音がした。



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