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7月 タイトル「急転直下」③

「男は、ホテルが企画する天体観測に参加し、満点の星空を観て男は感動。しかし、男はその後に生理現象でお手洗いに行ったが、戻ってくるとそのお手洗いの間に流れ星がいくつも流れたらしく、少しの間お手洗いに行くのを我慢していればと後悔……どうっすかね?」


雅近(まさちか)はスラスラと言葉を並べて解答した。


けれど淡々とした様子で、回答に自信がある感じには見えなかった。

全くと言っていい程に。


「なるほどなぁ」


雅近の回答に対して海江田(かいえだ)先輩はこの一言だけだったが、ほんの少し頬を緩めているように見えるのは僕の気のせいか。


すると、机に肘を突いたりと前傾姿勢だった海江田先輩は、何かを考えながら背もたれに寄り掛かり、もう一言。


「結論から言えば、ハズレだ」


それを聞いた雅近は悔しがるでも残念がるでもなく、あっさりとしたものだった。


「でしょうね。自分でも当たってるとは思ってないっす」

そして雅近は続け様に話す。


「重要そうな部分に質問を集中させて背景を絞ってくのは良かったんすけど、結果、その答えに当てはまる条件がかなり限定的になってきてるんすよね。裏を返せば、答えは本当にピンポイントな事なんだろうなというのが見受けられますが、そうなるとドンピシャで当てるのは現実的じゃない……。そう思ってある程度シチュエーションが近そうな状況を選んで解答してみたんすよ」


雅近はどうやら、現状を(かんが)みてひとまず解答に切り込んだらしい。

経験者だけのハンデキャップを背負いながら。


僕を含めた生徒会の四人の中で、状況判断に長けているのは?と投票を設ければ、票は間違いなく雅近に集まるだろう。

地頭(じあたま)の良さも恐らく、僕達より頭一つ抜けている。

そんな会計担当が考え、弾き出した推測なのだから見当違いにはならないはずだ。


未だ全体を(とら)えきれていない僕だが、雅近の推測なら疑問はない。

それ程までに信用している。


「で、海江田さん……。自業自得なのは百も承知なんすけど、このまま行くと俺達はいくら回答しても、答えに辿り着くのは厳しいと気がするんですが……?どう思います?」


雅近は自分の解答を突き付けながら海江田先輩の腹を探る。

恥ずかしながら、経験者の立ち位置である僕は雅近の指摘があるまで、現状を理解していなかった。

何なら言われて膝を打ったくらいだ。


水平思考ゲームの未経験者と経験者の間には、間違いなく差はあるけれど、経験者扱いの僕と雅近の間にも差があるのは明白。

今となっては同じ組分けなのを申し訳なく思う。


そんな、君臨者の風格を見せた雅近から指摘を受けた海江田先輩は……。


「そうだな。解答者の人数が多いからと言ってヒントを最低限に絞るのも悪くはないが、答えに導くのも出題者としての役目と言える。ゲームがアナログであれデジタルであれ、テコ入れはしなくちゃいけない。それに、ここまで誘導したのは他でもない私だ……少なからず責任の一端はある……良いぜ」


雅近の意見を受け入れ、出題者として動いた。


(おく)する事なく回答に踏み切った鴻村(こうむら)のチャレンジ精神を(たた)えて、ここでちょっとルールを追加しようか」


「ほう……」


つい、僕の口からは相槌が(こぼ)れ出たのに対し、言い出しっぺの雅近は黙ったまま小さな動きで頷いていた。


僕達から否定的な意見が出なかったのを確認すると、海江田先輩は再び口を開く


「ルールを追加すると言っても、そんな大層なもんじゃない。誰かが回答して不正解の場合、その度に私からヒントを出すってルールだ。でも、それじゃあつまらない……何より私のテンションが上がらない。やっぱり楽しさのバランスも平等でなくちゃいけねぇよなぁ?」


説明を聞いて、安心していたのは途中まで。

何やら不穏というか、隠す気のない私情が()じ込まれるご様子。


「今のを含めてあと三巡……つまり十巡目までにこの問題の正解に辿り着いたら、お前ら全員にご褒美をやろう。んで、正解を解答した奴には更にご褒美だ」


これは……数ヶ月前に体験したような展開だ……。

ならば逆に気になる事が出てくるんだけど……と思うや否や、鵜久森(うぐもり)ちゃんが海江田先輩に(たず)ねる。


「ご褒美と制限時間、とでも言えば良いんですか?これに関しては異論も無いですが、海江田先輩らしくないですね。私の知ってる先輩なら、交換条件に罰ゲームを設けてきてもおかしくないんですが?」


先ほどから鵜久森ちゃんは、僕の自動翻訳機みたいだ。

言いたい事や聞きたい事を先に言ってくれる。

玩具(おもちゃ)にされがちな僕からすれば、話を分散できる上、単純な接触が減って楽でいい……角も立たないし。


「罰ゲーム自体は今んところ考えてねぇよ。ここから見てるだけで十分楽しませてもらってるしな。ただ……このあとグダって興ざめするようなら、罰ゲームも視野に入れるとするかねぇ」


嘘かホントか、ただただ僕達に緊張感を持たせようとしてるのか、言い終わる頃にはニヤリと笑みを残す海江田先輩。


要は"ヒントを与えるんだから、過ぎた失望はさせるなよ"というところか。

これに関しては、別段気にしなくても良さそうかな。


「追加するルールについてはこんな感じだ。さて、ここからはお待ちかねのヒントをやろう。抽象的な事は控えないとヒントにならないのもそうだが、与え過ぎちゃいけないのが難しいところだな……ひとつのヒントでどこまで迫られるか怖いけども……よし、これで行こう」


口角が上がりっぱなしの海江田先輩から、ようやくヒントを言い渡される。


「"男は全部1人で自己完結している"」


与えられたヒントに僕達一同は考え出す。


「つっても、これも抽象的な部類か?もっと噛み砕けばだな、この問題に登場人物は主人公の男以外、登場しない。誰かに接触して変化する……って事が存在しないんだよ。だから鴻村が答えたシチュエーションだけを見れば、案外的を射ている。内容は全然違うけどな」


自己完結……ヒントであっても、これでまたシチュエーションの範囲が狭まった。

雅近の推察通り、ピンポイントな答えが要求されているのが解る。


とはいえ、与えられる新情報で積み上げていた考えが崩されて、選択肢が減るどころか振り出しに戻るを繰り返し、僕の頭ではピンと来るものがない。


「んじゃ、そろそろ次に行こうか。姫島(ひめじま)


それでも順番は回ってくる。

僕はまだ、この情報を活かす事ができそうにないので、ヒントを貰えるのは魅力的であるが、回答は先送りにして質問をしよう。


今は八巡目……みんなから得られる情報も取り入れて、考えを積み上げる。


「男の計画は季節に左右されるものでしたか?」


「『NO』だな。さぁ、次は鵜久森だ」


「では、男の計画は天候に左右されるようなものですか?」


「これは『YES』だ。つーか鵜久森、お前はえらく消極的だな?経験者の姫島は、回答で不正解ならペナルティがあるからまだ分からんでもないが、お前はいくら回答しても良いんだぞ?しかも、その後にはヒントも貰えるオマケ付きだ」


「放っといてくださいよ。ていうか何で不正解する前提なんですか、腹立ちますね。……別に良いでしょ?これっていう答えが見つからないんですから」


「へいへい、それはスンマセンでした~」


つんけんする鵜久森ちゃんに、海江田先輩は反省の色もなく雑に謝る。


「そんじゃあ次、水雲(みずも)


「はい。僭越(せんえつ)ながら、回答させていただきます。間違えてもヒントが貰えるなら、やって損はないですし」


ここに来て雅近に続き、水雲さんが回答に乗り出す。

海江田先輩も水雲さんが動くのは想定外だったのか「おっ?」と意外そうな顔をした。


「回答は……ズバリ、こうです!」


水雲さんは小説に出てきそうな探偵みたく、自信満々に言い放つ。


「男性は、ホテルが企画した期間限定のアクティビティ目的で、一泊二日の宿泊をしました。でも宿泊直後、そのアクティビティをしようと思ったらなんとっ、期間が過ぎているじゃありませんかっ!それに気付いた男性は、この事にもっと早く気付いていれば……と後悔しました。この回答……どうですか?」


身振り手振りで楽しそうに説明した水雲さん。


「『NO』……不正解だな」


けれども、残念ながら結果は(ともな)わなかった。


「えー、違うんですか?私、こういう事、結構あるんですけど……」


水雲さんは本当に自信はあったようで、反動でか若干しょんぼりする。

そこへ、すかさず海江田先輩がツッコミを入れる。


「実体験なのかよ。確かに、現実でも起こるとは言ったけどさ」


水雲さんらしいエピソードだが、一度や二度なら分かるけども、結構あるって……。

相変わらず、おっちょこちょいのレベルが高い。


「その話は置いといて、だ。それじゃあヒントを……って、どうした?」


ヒントを言おうとした海江田先輩だったが、話を途中で切り上げ、こちら側の誰かに視線を向けた。


海江田先輩の視線の先には、鵜久森ちゃんが(しお)れる寸前の植物のように、そろりと手を挙げていた。


「……すいません。回答をしてない私が言えた事じゃないんですけど、少し良いですか?真澄(ますみ)さんの解答の中に、どうしても気になった事があって」


「ええ、良いわよ音寧(おとね)ちゃん」


横にいる水雲さんの了承を得て、鵜久森ちゃんは申し訳なさそうに話し始める。


「真澄さんが"ホテルが企画した期間限定のアクティビティ目的"って言ってましたけど……確か、ホテル側はアクティビティとかの企画はしてなかったんじゃなかったでしたっけ?誰がその質問をしたのかは覚えてないんですが」


過去にやり取りした質問を引用して鵜久森ちゃんが回答に水を差すと、即座に反応したのは水雲さんだった。


「それ、言ったの私だわ!すっかり忘れてた!」


自分の質問によって、自分の回答が最初から間違いだと知った水雲さんは、深く落胆する。

その落ち込み様に鵜久森ちゃんは焦り始め、慌てて水雲さんにフォローを入れる。


「まぁ、その、情報量が多いですからね、いくら整理しても何かしら抜け落ちたりしますし、仕方ないですよ。私も、男の計画がアクティビティ目的って部分がずっと引っ掛かっていてですね、たまたまアクティビティ自体が、ホテル側と関わりがないって事をずっと覚えていただけなんで……そんな、そこまで落ち込まなくても良いと、思いますよー?ホント、あの、細かすぎる内容なんで気にするような──」


おどおどしながら、鵜久森ちゃんがあれやこれやと弁明していると、雅近が口を出す。


「ん?ちょっと待て……ずっと……?それだったら、さっきの俺の解答の時に言うべきだろ」


これはどう見ても不慮の事故。


慌てている鵜久森ちゃんの口から、雅近にとって聞き()てならない発言が飛んできたようで、雅近が話に割って入ると、鵜久森ちゃんの話す対象が水雲さんから雅近へ変わった。


「あんたに言う義理なんて無いでしょ。恥ずかしい思いをしないように黙っててあげたんだし、何なら感謝されても良いくらいじゃない?」


雅近からの物申しに一歩も引かない鵜久森ちゃん。

物理的な距離は1ミリも変わってないが、椅子に座りながらも二人の距離は次第に縮まっていった……ただし僕らが望まぬ方向へ。


「バカ言え。それをたった今、俺はバラされたんだが?」


「だから何よ」


「とんだ赤っ恥を掻いたんだよ。しかも時間差で」


「ざまぁ」


「んだとぉ……」


水平思考ゲームに興じていた状況から一変して、一触即発。

火花を散らした睨み合いが始まり、その先にある言葉での殴り合いが起きようとした時だった。


「おうおう。元気が良いな、お前らは。生徒会の役員同士、スキンシップを取るのは一向に構わねぇけど、今は楽しい楽しい水平思考ゲームの時間だぞ?夫婦喧嘩なら他所(よそ)でやれ」


海江田先輩のヘラヘラしながら茶化(ちゃか)すと、二人は目にも()まらぬ速さで反応する。


「夫婦じゃないっ!」

「夫婦じゃねぇっ!」


タイミングを合わせたかのように綺麗にハモり、お互い嫌悪感を全面に出しては、一石を投じた海江田先輩に吠えた。

その様子に海江田先輩は(ひる)む事なく「はっはっはっ」と高笑いを挙げる。


あわや喧嘩勃発となりそうだったが、すんでのところで回避は出来た……けれども、こんな状態じゃゲームの続行なんて……。


「茶番の続きはまた今度楽しませてもらうとしてだ、約束のヒント第二弾と行こう」


あ、普通に進行するんだ……。

強靭なメンタル、というよりかは水平思考がしたいだけの人だ。


しかもあんな喧嘩寸前のを茶番扱いって。


「水雲の解答は不正解だった訳だが、非常に良い所を突いている点があった」


「えっ、本当ですかっ?玲香(れいか)さん!」


見せ場があった事に、水雲さんは目をキラキラさせながら喜んでいる。


「あぁ。だから今回のヒントはそれを教える」


落ち込んでいた水雲さんは何処へやら。

今やこの場に漂う重い空気を払拭させるほどに、水雲さんの笑顔が救いとなっている。


ニコニコとギスギス……前者がやや優勢の中、海江田先輩は僕達にヒントを告げる。


「このヒントに対する追加の質問は受け付けない。そして一言だけだ。"男は計画を実行できなかった"……これが非常に良い所を突いている点だ」


実行できなかった……?

つまりは……




男はある計画の為、景色が売りのホテルに一泊二日で泊まる事にした。だが、そのホテル先で男は感動と後悔をしてしまった。それは何故か?




というこの問題文だけど、男はホテルに泊まりはしたが計画は実行できなかったのか。

失敗ではなく、行動にすら移せなかったとすると……何が考えられるんだろう。


またまたシチュエーションが狭まった……難し過ぎない?この問題。


「これで八巡目が終了っと。さて、残るはあと二巡……どうなるか楽しみだな。ってな訳で、鴻村の番だ。まぁ、経験者のハンデキャップで今回は質問しか出来ねぇけどな。これがどう影響するのか……たまんねぇよ」


一人で(えつ)に入っちゃってるな……海江田先輩。


その分、僕達が罰ゲームをする可能性が低くなるから悪い事じゃない。

先輩が楽しそうなら何よりでございますとも。


僕の意識が別の所へ持っていかれてると、順番である雅近がゲームを進行させる。


「質問です……男は外に出ましたか?」


新たに得たヒントに振り回されている僕とは違い、雅近に迷ったような様子はない。


「答えは……『NO』だ」


「なるほど。あっ……いや、ミスったか?これなら別の解釈も出来てしまう……絞り込みが甘かった、くそ……」


海江田先輩の返答に、雅近は何やら一人で自問自答している。


焦るのも無理はない。

雅近は回答するのが次しかないと決まってる以上、ここで自分の欲しい情報を引き出しておくべきだった。


とはいえ、それは僕も差して変わらない同じ状況だ。

回答権をここで使えばラストターンは質問しか出来ないし、僕もここで最大限、欲しい答えを引き出さなければならない。


「さぁ、次は姫島だ。ここで回答すれば、私からするとそれはそれは面白いんだが?」


しないしない。

雅近でさえ情報が揃ってないのに、この僕が動ける状態なはずないじゃないか。

海江田先輩を喜ばせるなんて事はせず、安全策を取らせてもらう。


「男が感動と後悔をするにあたって、天候は関係しますか?」


「ま、そうだよな。ここで回答だったらヒヤヒヤするっての。質問の答えは『YES』だ」


天候は関係してくるのか。

雅近と同じで断定が出来る質問をしたかったが、こればかりは仕方ないな。


正直今の僕の質問も、決め付けが怖かったのもあって完璧に欲しい答えは貰えていない。


でも策はある……厳密に言うとこれは策なんてものじゃなく、他力本願なんだけど。


「んじゃ、次は鵜久森。回答するか?不正解ならヒントをやるぞ?」


「しませんよ、まだ」


「まだって、鵜久森。次で最後なんだぞ?解ってんのか?」


海江田先輩の言い分は正しい。


次の番が回り終えればタイムアップ、このゲームも終了の時間だ。

チャンスは限られている。


「解ってますよ。でも、答えに検討がつかないから質問するんです。それにヒントばっかり(あて)にしてたら、自分で解く意味がないじゃないですか」


「解った、鵜久森のスタンスにはもう口出ししねぇ。お前の考えにも一理あるしな。質問、いいぜ」


小さな議論の末、海江田先輩が折れた。

そして、そのまま鵜久森ちゃんは自分の持論を突き通し、質問の入る。


「天気は晴れですか?」


「あぁ。『YES』だ」


二人の問答はお互い一言。

さっきとは打って変わって、やけに淡白なやり取りだった。


誰がどう見ても、今のこの二人のやり取りは薄味に思えたかもしれない……しかしながら僕は……少なくとも僕は違った。


天気は晴れ、ねぇ。


ありがとう鵜久森ちゃん、まさかこうもすぐに他力本願が形になるとは。

お陰で僕がし損ねた天気の断定が出来た。


さて、あとは問題のシチュエーションだけども……。


「次は水雲、お前の番だ」


「はい。私は今回も回答しますよ~」


水雲さんは凄いな、果敢(かかん)に攻めて。

ペナルティが無いとしても、そう簡単に行動に移せるものじゃない。

僕は素直に尊敬する。


「ほう、じゃあ聞かせてもらおうか」


海江田先輩の口元は緩む。


「まずですが、この男性の方は景色が売りのホテルに泊まりました。翌朝、男性はホテル内で何かの理由で感動し──」


…………ん?


「嬉しい気持ちになりましたが、後から感動した事が手違い、間違い、勘違い、そのどれかで──」


み、水雲さん?海江田先輩を見よ?顔から笑顔が消えてるよ?


「男性は感動すら薄れていた所、感動した出来事の影響で絶望しました」


今、この場で絶望してるのは海江田先輩だよ?回答、取り消しにしない?


「そして男性は喜ぶんじゃなかったと、最終的に後悔するのでした。以上です。どうでしょう!」


水平思考ゲームの経験が浅い僕でも分かる……不正解だと。

火を見るより明らか、海江田先輩の言葉を待つまでもない。


「おい、水雲……説教だ」


「な、なんでですかぁぁ~?」


案の定、お叱りが入った。

当の本人はどうしてこうなっているのか、いまいち解ってない感じだが……。


ルールに縛られない天然ってこうもパワフルなんだな……何事にも勢いよく踏み出せるのは、少し羨ましい。


「あのなぁ、水雲。私は挑戦するのが悪いとは言わない。形式もある程度は揃えてきてる。でも形ばかり整えても中身が無けりゃ意味がねぇ。それを踏まえてどうだ?回答の中に虫食いが多過ぎるだろ。虫食いがあったとしてもだ、こういうのは大抵一つなんだよ。こんだけ虫食いがあれば私の方が回答者になるぞ」


「はい……」


何度目のしょんぼりか……淡々と並べられる言葉を、真摯(しんし)に受け止めた水雲さんのテンションは右肩下がりで落ちていく。


「でもなぁ……」


水雲さんのテンションがどんどん下がっていく中、下げた本人はどうも煮え切らない様子。

待ったが掛かると、水雲さんは海江田先輩の方へ視線を向ける。


「どうしたもんか、あまり強く言えねぇんだよなぁ……困った事に」


そう言うと水雲さんだけでなく、僕を含めた他のメンバーの頭上にもクエスチョンマークが浮かんだ。

より一層、視線は海江田先輩の元に集まり、中心人物の海江田先輩は煮え切らなかった理由を告げる。


「さっきの回答の中に、正解に繋がるレベルのキーワードがあった」


「本当ですかっ!」


首元をポリポリの掻く海江田先輩を余所(よそ)に、水雲さんは手放しで喜んでいた。


「しかも今回だけじゃなく、さっきも良いポイント突いてたろ?ぶっちゃけ怖ぇ―よ。何で二連続で、重要なワードを掘り当てられんだよ。お前は良パス製造機か」


でも、そういえばそうだ。

僕も水雲さんの「本当ですか!」に何処と無く既視感があった。


にしても良パス製造機……野球のノックとか、バレーでアタックする人に良いボールをトスする人みたいな感じがする。

残念ながら、水雲さんにはピンと来ていなかったけれど。


「あーだこーだ言っても仕方ねぇ……惜しい部分があるのは違いねぇんだ。それにこれは質問じゃなく"回答"……不正解なんだし、ちゃんとヒントをやらないとな」


中身が空っぽの回答と、それでありながらピンポイントで答えに近付く何かを叩き出した水雲さんに、複雑な感情抱いている様子の海江田先輩。


眉間(みけん)に皺が寄るのも無理はない。


「……男は行動を起こした中で"何かを間違えた"……それは水雲の言った手違いなのか、間違いなのか、勘違いなのか、はたまたそれ以外の何かなのか……これがヒントだ」


ヒントとしては至ってシンプルなものだけど、間違いの種類って結構あるような……。

でも、水雲さんがピンポイントで答えに急接近したからこそ、あそこまでスッキリしない表情になってるんじゃ……?


それを踏まえると手違い、間違い、勘違いの三つのどれかが、答えを紐解くキーワードの可能性が高いかもしれない。

僕の推測(人間観察)がどこまでのものかは分からないけども。


ヒントを告げて九巡目も終了。


海江田先輩は突如、背伸びをし始めた。

胸から上がぐぐぐっと伸び、ストンと脱力した瞬間、彼女の双丘に地響きが伝わる。


……目に入っただけ、ただそれだけだから。

別に僕はこれっぽっちも、やましい気持ちなんて無かったし、これっぽっちもまじまじとなんか見ていませんとも。


言葉が重複してる?気のせいだよ。


背伸びを終えた海江田先輩は、続いて首のストレッチを始め、左右に動かしながら再開の言葉を口にする。


「……色々あったが長いようで短かったな。これでいよいよ十巡目……泣くも笑うも最後のターンだぜ。さぁ、どうなるのか楽しませてほしいもんだ。ほれ、鴻村……私にとびきりの回答をくれ」


どうやら、背伸びや首のストレッチがリフレッシュになっていたようで、先ほどまでの複雑な表情は少し(やわ)らぎ、じんわりと口角が上がっている。


海江田先輩によるラストターンの前口上で、考え(ふけ)っていた雅近の目に活力が増した。


「いいっすよ。これが俺の回答です」


海江田先輩のノリを損なう事なく、雅近は最後の回答を始めた。



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