7月 タイトル「急転直下」①
「男はある計画の為、景色が売りのホテルに一泊二日で泊まる事にした。だが、そのホテル先で男は感動と後悔をしてしまった。それは何故か?」
言い終わる頃には、したり顔をしていた海江田先輩。
僕を含めた現役生徒会メンバーは考え込む。
そんな中、鵜久森ちゃんが問題に対してではなく、根本的な事を海江田先輩に質問する。
「……で、この問題に私達は、YESかNOで答えられる質問をすれば良いって事なんですね」
「あぁ、そうだ。そんで質問を何度も繰り返して、答えを導き出す……これが水平思考ゲームよ」
海江田先輩が少し前に水平思考ゲームのルール説明をしたが、その説明だけ聞いても分からない……というのは、よく分かる。
問題を聞いてから、ようやく"質問する意味"が分かるのだから。
なので、鵜久森ちゃんのこの反応は正しい反応。
にしても……聞きたい事が多すぎて、何から質問したら良いか分かんないな。
「さてさて……問題も出した事だ。さっき言った順番通り、鴻村から行こうか。どこから攻めるんだ?」
海江田先輩が経験者である、雅近の出方を窺う。
「取り敢えずは……質問です。男の行動に犯罪は関係してきますか?」
「犯罪っ?」
「犯罪っ?」
雅近の質問に対して鵜久森ちゃんと水雲さんが驚き、ハモった言葉が室内に響く。
すると、海江田先輩は笑いながらも間髪を容れず双方に言及する。
「ははっ!まぁ、初手にこれを放り込まれたら驚くか。この質問は水平思考に於いて、よくある質問なんだよ。登場人物が犯罪を犯してるのなんて粗だしな。んで、鴻村の質問の『犯罪が関係してるか?』だが、答えは『NO』だ」
「NOっすか……。なら、バイオレンスな感じになる可能性は薄そうっすね」
雅近は質問の返答1つで、次の質問と起こり得る展開を絞ろうとしてるようだ。
やっぱり経験者は違うな。
「次は姫島だ。さぁ、どこから斬り込む?」
感心している場合じゃなかった。僕の番が来てしまった。
にしても……何て質問しよう?
犯罪の線は無くなった……と見ていいとしても、何かの小さな事件に関わってる可能性は残ってる。
でも、事件性があるかを今ここで追及しても、まだ全体があやふやだし、違った場合、この質問が無駄になりやすい……なら、あまり得策じゃないか。
ここは確実に情報が欲しいところだよね。
だとすれば……。
「この計画は、男一人でする予定でしたか?」
「『YES』だ。初めの方の質問にしては、なかなか良いんじゃないか?」
そう言われると安心する。
これが重要な情報かはまだ分かんないけど、少しは可能性を潰せたかな。
「さぁ、ここからは未経験者達だな。何となくでも要領は得たか?どうであれ、まずはやってみよう。次は鵜久森、お前だ」
一番やる気の無かった鵜久森ちゃんだが、海江田先輩に促され、まんざらでもない様子で質問する。
「……その男は過去に、同じ計画をした事がありますか?」
鵜久森ちゃんから、思ってたよりもまともな質問が飛んできた。
やる気が無いとはいえ、参加させれれたからには真面目にやるんだな。
で、海江田先輩の答えは?
「そうだな……正しくは『関係ない』なんだが、バックボーンなどを考えると『NO』の方が答えに辿り着きやすいかな」
この返答に鵜久森ちゃんは、僕が水平思考ゲームをした時と同じ事を海江田先輩に聞いた。
「YESとNO以外にも答えはあるんですね」
「あぁ。関係ない内容なら関係ないって言わないと、認識に齟齬が出てくるからな。でも、返答がYES寄りなのかNO寄りなのかや、答えに近付きそうな答えを私の主観では答えるつもりだ。あくまでも主観だから、ミスリードになったら許せ。もしくは主観を排除して欲しけりゃ、そうするが?」
出題者としてのスタンスをどうしてほしいか問われた僕達だったが、質問した鵜久森ちゃんが意見を述べる。
「主観でも答えがあるだけ、良いんじゃないですか?私は初めてやるから、そこら辺は分かりませんけど」
その意見にすかさず、雅近が乗っかる。
「はっきりしない答えに、主観と一緒に答えが返ってくるのは悪くないと、俺は思いますね。迷う内容の時だけ主観を排除すれば、ミスリードになる回数も抑えられるんじゃないっすか?」
「そうだな。だったらそうしよう。主観で迷った時には明言は避けるようにしようじゃねーか」
二人の意見のお陰で、海江田先輩の出題者としてのスタンスが決まり、水平思考ゲームは続行。
「次は水雲だ。一体、どんな質問が来るんだ?」
「うーん、そうですねぇ……色々気になるところがあるんですけど……じゃあ、これにします!」
おっとりしながらも、水雲さんの目は真剣そのもの。
いくつか候補があったのか、悩んだ末に質問する水雲さん。
「そのホテルですけど、私のお父様が業務提携してるホテルですか?」
水雲さんの質問に一同が固まる中……海江田先輩だけは違う反応を見せる。
「ふふっ……何だその質問は。答えは全くもって『関係ない』だ。とんちんかんな質問してくるかもなとは思ってたけど、本当にすんのかよ。ブレなさ過ぎだろ。どういう考え方をすれば、その質問に至るんだよ」
鼻で笑っているので怒ってはないだろうが、凄く真っ当な返し……。
しかし、カウンターを物ともしない水雲さんは、真っ直ぐな目で海江田からの質問に答える。
「えっ……だって、その男性が泊まったホテルがお父様と関わりのあるホテルなら、後悔するはずないですし……」
生徒会室の時間が確実に二、三秒止まった。
時間を止めた本人は「これじゃあダメなんですか?」といったご様子。
その場の空気さえ自分のフィールドに引き摺り込む……天然って攻防一体型なんだなぁ……。
水雲さんからの返答を受けた海江田先輩は、目を瞑りながら「そうか」と零す。
沈黙が生まれるかと思われる場面だったが、間を置かずに目を開く海江田先輩。
口角は少しばかり上がっていた。
「質問の内容はともかく……私はまず、水雲のやる気とその父親に対する絶対的な信頼を評価しよう。今時そんないねぇよ、尊敬の言葉をハッキリと言い切れる女子高生は。だから、これは私の気まぐれだ……水雲には、出題者権限でもう一度だけ質問を許す。でも、さっきみたいな質問じゃ進展はしねぇからな、水雲は質問する前に前提として『これ』だけ頭に入れろ。この問題はフィクションであり、私が作ったものだ。そして今回に関して言えば、特定の団体や人物は関与していない。つまり質問は単純に、問題の中の男が『感動と後悔をしてしまった原因を浮き彫りにする為の質問』をすればいい。解ったか?水雲」
出題者からの手心、というべきか。
問題から大幅に逸れた質問をしてしまった水雲さんだったが、海江田先輩の説明を受け、咀嚼し、飲み込む。
「解りました。では……」
数秒の後、より一層真剣な眼差しを海江田先輩に向けて、誰よりも早い二度目の質問に入る。
「その男性ですが……そのホテルに泊まった理由は、ホテル側が開催するイベントがあったからですか?」
「この短時間にしちゃあ、なかなかに鋭い質問じゃねぇか?副会長を務めてるだけはあるな。……っと、感心してる場合じゃなかった。ちゃんと質問には答えないとな……答えは『NO』だ。ホテル側は何も企画していない」
「そうですか……」
何だか悲しそうな顔をする水雲さん。
YESと言ってもらえなかった事にでも憂いているんだろうか?
確かに僕もYESと言われた瞬間は、クイズに正解した気分になって嬉しくなった。
とはいえ、水平思考ゲームの正解は問題の謎を解いた時だから、悲観はしなくていいと思うな。
水平思考ゲームが始まってそんなに時間は経っていないけど、ここで一旦、状況の整理をするとしよう。
水雲さんの天然パワーが炸裂したのもあるし、ちゃんとした情報を纏めておきたい。
えーっと確か質問と答えが……。
Q男の行動に犯罪は関係している?
A『NO』
Q計画は男一人でする予定だった?
A『YES』
Q男は過去に同じ計画をした事がある?
A『関係ない』ただし『NO』と仮定する方が答えに近付くと予想
Q男がホテルに泊まった理由は、ホテルでイベント等があったから?
A『NO』
……と、こんな感じか。
今の情報を簡単に纏めたら、この男性は『一人で何かを計画したけど、結果的に感動と後悔をしてしまった』って事になるのか。
流石にこれだけじゃ、全然分かんないな。
感動と後悔をする原因を追及しなきゃいけないのは当然としても、どうやって答えを探そうか。
……まずは"感動と後悔をする原因"が男性自身にあるか、それとも外部にあるのか、これをハッキリさせた方が良いかもしれない。
他のみんなはどういうスタンスで動くんだろう?取り敢えず僕は、男性にフォーカスを当てて質問していくとするかな。
水雲さんの番が終わり、海江田先輩が一区切りを付ける。
「さぁ、これで一巡か。未経験者達も、水平思考に触れて要領が解ってきた頃だろう?てな訳で、ここからは少しテンポを上げて行くか。進行度で言えば序盤も序盤、こっからどっぷりと問題に浸ろうぜ」
在学中、ここぞという時に何度も見たあの笑顔。
海江田先輩が心底、このゲームを楽しんでいるのが判る。
水平思考ゲーム中だからまだ害は無さそうだけど、過去に実害が出ていたのを鑑みれば、母さんの顔より見たくない。
どっちも面倒事を持ち込んでくる厄介者だし。
「じゃあ二巡目に入るぞ。鴻村の番だ」
「質問です。男がした、感動と後悔は現実でも起こる可能性はありますか?」
「『YES』だ。感動と後悔をするかは別だが、有り得る。次は姫島だな」
「……男は泊まった次の日に予定はありましたか?」
「これも『YES』だ。どんどん行くぞ、次は鵜久森」
「男は、この計画をした事自体に後悔していますか?」
「『NO』だな。計画自体に後悔の要素はない。次は水雲。今度は一発で決めてくれよ」
「はい。男性が感動した理由は景色ですか?」
「『YES』だ。ここから三巡目か……さてさて、何巡目で答えが出るかな?ほい、鴻村」
「質問です。なら、後悔した理由も景色ですか?」
「それは『NO』だな。後悔した理由は別にある。次」
「計画は屋外でする事ですか?」
「『YES』だ。テンポが良いな。このまま行くぞ、次」
「計画は屋外……だったら、計画に景色は関係ありますか?」
「『YES』だ。良いとこに気付いたな、鵜久森。パスがなかなか良かったとも言える。この流れに乗って行きたい所だが?ほい、次」
「私も音寧ちゃんのを参考にしようかしら。その景色は……海ですか?」
「おぅおぅ『YES』だ。ナイス、チームプレー。良い感じに私を楽しませてくれるじゃねぇかよ。問題もちょっとずつ絞れてはいるな。でも、絞れてきたって事は逆に難易度も上がってくってもんだ。四巡目、行くぞ。そりゃ」
「質問です。そのホテルはリゾートホテルでしたか?」
「なるほどな……そうだな……答えだけに殉じれば『関係ない』になるかな。ただ、リゾートホテルと仮定した方が正解に辿り着きやすいとは思う。いやはや……こういう微妙な所を突かれると、出題者としても判断に迷うぜ……でも、それでこそ人とやってるって感じがして滾ってくるがな。さーて、次は姫島だ」
「リゾートホテルの方が辿り着きやすい?……男は経営者ですか?」
「『NO』だな。それなら別にリゾートじゃなくても成り立つだろ。ははっ、鴻村の質問に引っ張られたか?こりゃあ、流れが変わっちまうかもな。それ、次」
「男の職業は関係してきますか?」
「職業は『関係ない』な。気にしなくていい。じゃあ、水雲」
「はい。でしたら、男性の年齢は関係ありますか?」
「年齢も『関係ない』。男のステータスは、無視してもらっても構わない」
あれよあれよという間に、質問は四巡目まで終わってしまった。
しかし、答えに近付いている気配は全くなく、僕の心の中には「この四人で解けるのか?」という不安が生まれる。
問題の核心を突く一手が打たれなければ、真相を掴めそうにない状況。
海江田先輩には余興と言われたが……生徒会室に解き放たれたそんな余興は、いつしか熱を帯びていた。
水雲さんの番が終わって、また一巡し、順番通りに雅近の番が回ってくる。
僕は次の質問を考えながらも、雅近に期待を寄せた。
後続に繋がる進撃の一手を打ち込んでくれ、と……。




