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7月 初心者と経験者

「さてと……そんじゃあ、ルール説明なんだが」


そう言いながら、海江田(かいえだ)先輩は(おもむろ)に座っていた机から降りて歩き出したかと思えば、今度は僕が座っている生徒会長専用の机の端に座るという、ポジション変更をしてから説明に入った。


「まずは初歩の初歩。水平思考ゲームは通称、ウミガメのスープと呼ばれる事が多いんだが、聞いた事は?」


僕を含めた皆に問い掛けるが、僕は過去に海江田先輩とした事があるので無言。

鵜久森(うぐもり)ちゃんは「名前だけは」と答え、経験者である雅近(まさちか)は僕と同じように喋らない。

質問の順番は、自然と水雲(みずも)さんへ回ってくる。


「ウミガメのスープなんて食べ物があるんですね。今度シェフに頼んでみようかしら?」


笑顔で話す水雲さんに、僕は我慢できずにツッコんでしまう。


「質問の趣旨(しゅし)が違うからね……」


ウミガメのスープが実在するのかは知らないけど、今はそういう話じゃない。


僕のツッコミに対して水雲さんは、頭上にクエスチョンマークを浮かべている。

それを見かねて海江田先輩が話を一つ進めた。


「水雲、今のは私が悪かった。ウミガメのスープを知ってるか聞いたのは、知識欲を満たしてやれればと思ってした質問だ。あんまり気にしなくていいぞ。肝心なのはここから……水平思考ゲームがどういうルールか、だ」


水雲さんが(いだ)いたクエスチョンを一旦フラットに戻して、ルール説明を始める海江田先輩。


「水平思考ゲームは問題の出題者1人と、回答者に分かれてやるゲームだ。出題者は問題を出し、その他である回答者はYESかNOで答えられる質問を出題者にして、答えを推理していく。出題者は1人と決まってるが、回答者は何人いてもいい。基本的なルールはこれだけ。至ってシンプルではあるんだが、今回は初心者と経験者がいるって事で、ルールを二つ追加する」


「ルールの追加……」


確認するように僕がオウム返しすると、海江田先輩は反応しながら追加事項を話す。


「あぁ。回答者は基本、質問する時や回答する時に順番は無いんだが、今回は経験者と未経験者が入り交じってる。簡単に言うと、経験者はある程度の立ち回りを知ってる分、圧倒的に未経験者が不利だ。私はそれを無くしたい。つー事で、公平性を()す為に追加する一つ目のルールは"回答者の順番を固定する"ってルールだ」


これに対し、経験者筆頭の雅近が(うなづ)いた。


「なるほど……。経験者と未経験者の間で起こりやすい、質問する頻度の差を無くして、全員に質問権を行き渡らせるってことっすね」


「そういうこった」


海江田先輩の意図を汲み取り、正解を叩き出す雅近。

さすがは経験者と言うべきか。


「そして二つ目のルール、これも経験者と未経験者の有利不利に関わる事だ。経験者にはハンデを背負ってもらう。未経験者は、順番が来たらルールに則った上で質問なり回答なり、自由にしてもらっていい。だが経験者は、質問権と回答権を分けた上でプレイしてもらう」


「ほう……」


このルールには雅近も考えを巡らせているようで、海江田先輩の次の言葉を待つ。


「質問する場合は特に何もないが、回答……つまり、答えを決め打ちする場合は『回答する』とコールしてから回答してもらう。そして不正解だった時は次の番、回答権は一回休み、というルールだ」


「つまり、回答を間違えたら次の番は質問だけ可能……という事っすか?」


「理解が早くて楽で良いな、鴻村(こうむら)は。とまぁ、これが追加する二つのルールだが……未経験者にはさほど影響は無いと思ってる。どちらかと言うなら──」


海江田先輩の視線はスッと雅近へと向けられ、パスを出されたかのように雅近が口を開き、感想を述べる。


「経験者側にとっては、なかなか厳しいペナルティっすね……」


水平思考ゲームの経験者である雅近は、追加された二つ目のルールがどれほど経験者側に影響を与えるのか、瞬時に理解したらしい。

重たい制約なのだろう。

雅近の表情がそれを物語っていた。


「厳しいのは分かってるが、回答にリスクを付けなきゃ帳尻(ちょうじり)が合わねぇんだよ。経験者の考え方や捉え方の差は、何をどうしたって埋まらねぇからな。でも鴻村からすると、これくらいの方がやり甲斐があって良いんじゃねえか?少なくとも、ぬるゲーは回避できるだろ?」


海江田先輩の出題者としての葛藤(かっとう)吐露(とろ)しつつ、雅近を(さと)す。

すると、難色を示す表情を浮かべている雅近が一言。


「……逆に燃えてきますね」


全然大丈夫だった。

何なら、やる気に満ちた表情に変わっていった。


雅近の言葉を聞いた瞬間、海江田先輩は「最高」と言わんばかりの顔をして、右手でパチンと指を鳴らす。

まさに、ご満悦と言った感じ。


そんな二人を白けた目で見る鵜久森ちゃんと、全体的によく分かってなさそうな水雲さんは、僕と同様にずっと静観している。


生徒会室の中で、こうも熱量が違うのは海江田先輩も重々(じゅうじゅう)認識しているだろうが、今の流れからゲームを始めようとしている時点で、引き返す気が毛頭ないのが分かる。


「んで、追加ルールである質問と回答の順番だが……まずは、どんな感じで質問するかというお手本も含めて、経験者組の鴻村を一番、二番に姫島なのは確定だ。それから未経験者組の──」


「ちょっ……、ちょっと待ってください!」


順番を発表してる途中だったが、僕は斜め前に座っている海江田先輩に慌てて待ったを掛けた。

海江田先輩は体をこちらに向ける事なく、顔と視線を寄越す。


「どうした姫島(ひめじま)、トイレか?なら今の内に行っとけ。集中力が途切れたら、お前が不利になっちまうからな」


ただの優しさか、出題者としてフェアであるべきという気持ちかは定かじゃないが、僕が声を挙げたのは生理現象が理由ではない。


「そうじゃなくって。……あの、僕って経験者になるんですか?もしかして、さっきの質問と回答を分けるってルールも適用される……的な?」


恐る恐る聞いてみると、間を空ける事なくバッサリと言い切られる。


「当たり前だろ。姫島は前に、私と一対一でやったろうが。寝惚(ねぼ)けてんのか?」


「覚えてますよ。覚えてますけど、僕が水平思考ゲームをやったのって、その一回だけなんですけど?」


そう……僕はあれ以来、水平思考ゲームに触れていない。

だからこそ、経験者組のルールは僕にとって相当な足枷(あしかせ)になる。


それでも、海江田先輩は聞き入れてはくれない。


「たった一回でもだ、有るのと無いのとじゃ天と地ほどの差が出るもんなんだよ。それ以降はぶっちゃけ、個人のセンスになってくるけどな」


他人事(ひとごと)だと思って追加ルールを聞いていたのに、まさか自分にも降り掛かってくるとは……。


雅近がどれくらいの経験者かは知らないけど、二回目以降は人によるって海江田先輩が言ってるし、これ以上あれこれ言うのは止めよう。

水平思考ゲームもだし、その先の話も進まない。


「ギャーギャー言うやつが多いと、説明もままならねぇな、話を戻すぞ。回答の順番は一番が鴻村、二番が姫島、そして三番は鵜久森にしよう。最後が水雲だな……さてと」


紆余曲折(うよきょくせつ)ありながらも順番が決まると、海江田先輩は座っていた机から降りて、すぐさま僕の方へと振り向いた。


「仕切り(やす)くする為にそこを出題者席にするから、席を変われ姫島。回答者のお前はあっち側だ」


海江田先輩はさも当然のように、ギラついた笑みを浮かべながら親指で後ろを指す。


「えっ?」


移動するのが若干面倒なのもあり、一度聞き返してみたが通用する訳もなく……。


「は・や・く」


ギラついた笑顔のまま、威圧感を帯びた三文字を投げてきた海江田先輩に僕は逆らえない。

そそくさと僕は机を明け渡す。


生徒会室に入ってきて三十分……どころか十五分も経たずして、机の上を転々としていた海江田先輩は最終的に、僕の席を奪い取った。

一年前は会長だった海江田先輩の席ではあるが、それを言ってしまえば切りがない。


その時はその時、今となっては僕の席だ。


制服姿で座っているのは何度も見てきたけれど、私服を着て会長の席に座る海江田先輩を見るのは、新鮮な気持ちよりも違和感の方が強かった。


頑強(頑強)で荘厳(そうごん)な扉の先にある城がカラフルみたいな……そういう、ちぐはぐから来る違和感。


当の本人は昔みたく、机に片肘を突いている。


自分の席から逃亡を余儀なくされた僕は、雅近の横……海江田先輩からして雅近の奥手側の席へと向かい、座ろうとした。

一息吐くどころか、着席しようと亡命してきた僕に雅近が質問をする。


「会長、いつの間に元会長とウミガメやったんすか?」


付け入る隙が無かったからか、時間差での追及。

あの日は色々ありすぎた……本当に濃い一日だった。

記憶から、質問された部分の前後を瞬時に思い出す。


水平思考ゲームをしたその後は……口外すべき内容じゃないな……絶対に。

でも、いつ遊んだかについては話しても問題ないか。


秒速で精査を済ませて、雅近の横に座った僕は質問にさらっと答える。


「入学式があった日だよ。たしか、雅近も海江田先輩と会ったでしょ?」


「あー……あの時っすか。……って事は、俺と副会長がここに戻ってくる前に元会長と一戦交えてたんすね。その時の問題がどんなもんだったか気になるな……」


ガチじゃん……水平思考ゲーム大好きじゃん。

プレイヤーとしての挑戦欲が凄い。

想像以上の執心っぷりに戸惑って、乾いた笑いが出てしまう。


雅近が過去を思い返しつつ真剣な顔付きをしていると、その背後から海江田先輩の声が飛んでくる。


「姫島しかやってない問題であるが、出来る事なら前回のは忘れてくれ。あれは駄作だ。初めて作ったにしちゃ良いのかもしれねぇが、他の問題に触れてたら解る。問題として地に足が着いてなかった」


海江田先輩にしては珍しく、目を瞑り口をへの字にしながら自分を落とす言い方をした。

けども束の間、つい先程まで見せていたギラついた眼差しを、こちら側に向けて言い放つ。


「だが、今回のは私個人としても非常に満足してる。難易度もクオリティも前回と比べると上がってると思うしな」


じゃあ尚更、ハンデがのし掛かる僕が不利なんじゃ……やめだ、もう何も言うまい。


「どうだ、心の準備は出来たか?出来てなくても別に良い。これは遊び、余興なんだからさ。そろそろ始めるぞ。ったく、ここまで来るのに何分掛かってんだか……と愚痴をこぼしてる場合じゃねぇな。さぁ、テンション上げて水平思考ゲーム開始と行こうじゃねぇか!そんじゃあ、お待ちかねの問題だ!」


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